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2001/05/29の日記 晴れ 三島公園(愛媛県伊予三島市)→66番雲辺寺(徳島県三好郡池田町)

2001/05/29の日記 晴れ 三島公園(愛媛県伊予三島市)→66番雲辺寺(徳島県三好郡池田町)

「ポコ、ごきげん」 涼しい朝のうちはポコも元気でうれしい顔。三角寺で。

「最後の難所、雲辺寺へ」 66番札所、雲辺寺は標高900m。最後の難関と言われる。急坂の山道のへんろ道を行く。

■ 昔の遍路話を聞く
三角寺への道すがら、三角寺まで歩くのを日課にしているという、地元のおじいさんと一緒になって登りながら話を聞いた。昔はハンセン氏病の人が実家から追い出される形で四国遍路に出され、死ぬまで歩き続けたので、昔のへんろ道沿いにはそういう人たちのお墓がいくつもあったらしい。今のへんろ道は、そんな昔の道とは違う場所に造られていることが多いそうけれど、そういえば、無縁仏らしいものがいくつも並んでいる場所もあった。あれがそうなのか。
「台車を引いたり、犬の引かせたりしてな」「四国を回れば病気が直るなんて言われて家を出されるんだけど、直るわけないから死ぬまで回るんだよ」「死んだら墓を作れるくらいのお金を持たせてな。そうすると、行き倒れた先の村の人が葬ってあげるんだ」
ハンセン氏病ってどんな病気だったっけ? おじいさんも子供の頃に、そういうお遍路さんを見てきた、と言っていた。現在でも、13年回っているという「おばあ」をはじめ、何年も続けている帰る場所のない人達は、ハンセン氏病でこそないけれど、やっぱり死ぬまで歩き続けるのだろうか?
■ 酒屋でドロボウする
三角寺からは、いよいよ難所と言われる雲辺寺だ。番外札所の椿堂へ寄り、R192を数km歩いてから雲辺寺へのへんろ道に入る。車道は大きく回り道をするか、途中からロープウエイを利用するが、歩く人は急坂の山道を標高900Mまで一気に登るのだ。今日は山の上に泊まることになるので、
その前に食料を買い出し、酒も忘れずに買いこもうと一軒しかない酒屋に寄るが休み。店先の販売機で焼酎を買おうとお金を入れたら商品が出てこない。しかも返却レバーを押しても730円入れたのに230円しか戻ってこない。コノヤロー! 家には人はいないようだし、このまま泣き寝入りか、と思ったが、健ちゃんが玄関先にあったタバコを2箱(500円分)頂戴した。これってドロボウ?
■ ようやく雲辺寺へ
そんなこともあったが、とりあえず明日の朝食までの食料と缶ビールを1本ずつ確保して山道に突入。地図によると3時間の行程だ。最初はかなり急な坂道が続く。汗ダクダクになるが、国道でカンカン照りの中、流す汗に比べて格段に爽快な気分。ポコも放してもらって張りきって先行している。急坂の山道が終わるとアスファルト道になり、あとは雲辺寺までダラダラ坂を行くのだが、難所だと覚悟していたわりにはあっけなく、2時間弱で到着してしまった。さすが登山経験豊富なポコファミリー。大荷物や急坂もなんのその、なのでした。
夕方5時近かったため、歩き遍路以外の人はロープウエイで降りてしまったようで、寺はひっそり。そんな静かな境内でちょうど托鉢を終えた白須さんと再び出会い、今日はここで一緒に泊まることになった。テントを張る場所を探していたら、お寺の人が物置にしている広い部屋を貸してくれた。標高900mの高所だし、風も強い上、明日はどうも天気が崩れそうだったので大助かり。テントもいいけれど、やっぱり電気があって広いスペースはありがたい。
ところで今日で愛媛県は終了(雲辺寺は3県の境にあり、住所は徳島県になる)。明日からはとうとう香川県に入る。


<メモ>
●コース:三島公園(愛媛県伊予三島市)→66番雲辺寺(徳島県三好郡池田町)
●歩行距離:27km
●今日の札所:
65番三角寺(愛媛県川之江市 N33°57’50” E133°35’22”)→落ちついた雰囲気の山寺。山門までの石段が急で長い。山門に鐘がある。
別格番外14番常福寺椿堂( N33°59’11” E133°38’17”)→弘法太子が椿でできた金剛杖で疫病を封じ込めた場所から生えたという、ゆかりの椿がある。
66番雲辺寺(徳島県三好郡池田町 N34°05’56” E133°43’21”)→標高900mの山頂にあり、88個所の寺では最高所。普通の人はロープウエイで登る。
●宿泊地:雲辺寺境内B→もと宿坊だった建物の1階にある物置用の部屋を提供される。電気、電源あり。トイレ、水場は駐車場のものを利用。

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