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枯葉剤の撒かれた大地 2013年12月31日

枯葉剤の撒かれた大地 2013年12月31日

プレイクの町を出発。朝から快晴です。やはり海岸沿いより内陸部の方が天気が良いようです。天気が良いと気分も盛り上がってきます。

今日向かうルートはベトナム戦争時代、アメリカ軍によって最も大量の枯葉剤を撒かれた地域です。

なぜ、アメリカ軍がこの地に大量の枯葉剤を撒いたのか? それは以下のような理由でした。

当時、敵である南ベトナム民族解放戦線と北ベトナム軍はラオス、カンボジア国境に近いこのあたり一帯のジャングルに潜伏し、ゲリラ活動を行っていました。また、中国やソ連からの物資や武器が、このジャングル地帯を通るホーチミンルートと呼ばれる道を経由して南ベトナムへと運ばれていました。

つまり、このジャングル地帯を攻略しないとアメリカ軍に勝ち目がありません。

しかし、すべてのものが鬱蒼とした樹木に覆われているため、アメリカ軍が空から攻撃しようとしても彼らのアジトや攻撃すべき対象を特定することができません。かといって陸から攻めようとしても相手はジャングルを熟知しているので、全く歯が立ちません。

それならば、ジャングルを枯らしてしまえ。

邪魔な樹木がなければ敵を見つけやすいし、彼らの食糧を生産する農地も枯らすことができて一石二鳥、という理由で枯葉剤が撒かれたのです。あまりに乱暴で短絡すぎる作戦です。枯葉剤の影響は敵だけでなく味方のアメリカ兵にも及んでいます。

ところで、日本で最も有名なベトナム人は誰でしょう? ホーチミン? ひょっとして、べトちゃんドクちゃんかもしれませんね。

1981年、下半身が1つ、上半身が2つという奇妙な体で産まれてきてしまった2人は、1988年、日本人医師団によって分離手術が行われました。そのことは日本でも大きくニュースで取り上げられましたね。残念ながらその後、ベトちゃんは26歳で亡くなりましたが、ドクちゃんのほうは現在、結婚して子供も生まれ、元気に暮らしているようです。

ベトナム戦争が終結してから38年、最近でも、枯葉剤に含まれるダイオキシンの影響でべトちゃんドクちゃんと同じような症状の子供たちが生まれて来ているそうです。放射能も恐ろしいけれど、枯葉剤もかなり恐ろしいですね。

さて、そんな枯葉剤の大量に撒かれた台地は現在、どうなっているのでしょう?

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宿をチェックアウトして町中にある食堂にPho Kho(フォーコー)の文字を発見してバイクを止め、店に入ってみます。フォーコーは汁なしのフォーということで、この地方の名物料理だそうで、食べてみることにします。出てきたのがこれ。湯通ししたもやしの上に細麺、その上にパラパラと揚げ玉ねぎが乗っています。汁は別のお椀に来ました。

 

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はて、これはどうやって食べるのかと、二人で悩んでいると、お店のお姉さんが見かねて食べ方のレクチャーをしてくれました。ソースのような調味料とニョクマムをかけてグルグルかき混ぜます。

 

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かき混ぜた状態がこれ。そこに、薬味のハーブ類をお好みで混ぜて食べるのだそうです。なんだか、焼きビーフンみたいです。これはこれで、フォーの新しい食感で美味しかったです。25000ドン(125円)でした。

 

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プレイクからも国道14号線を走ります。交通量も少なく、アップダウンのある真っ直ぐな道が続き快適です。標高1000メートルくらいあるはずですが、海沿いより暖かい、いや、暑いくらいです。いくら天気が良いといっても、標高1000メートルが海辺より暖かいなんて日本では考えられませんが、これが、南国の太陽のパワーなんでしょうね。バイクに乗ってるからこそ長袖ですが、Tシャツでも過ごせるくらいの気温です。

 

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田んぼの管理でしょうか、竹を鉈で短く切っては差し込んでいく作業をしているおじさん。竹を打ち込むたびに、水紋ができて綺麗でした。

 

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ベトちゃんドクちゃんの出生地、コントムの町です。この辺り一帯がベトナムで最も大量の枯葉剤が撒かれた地域だそうです。それなりに活気のある普通の町です。

 

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現在、一帯はゴム栽培が盛んです。樹木に傷を付けて、ゴムのエキスを採取します。

 

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この丸い器にゴムのエキスがゆっくり垂れて行きます。

 

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それと、この辺りではコーヒー栽培も盛んです。日本人にとってコーヒーはすごく身近で、毎日かかさず飲んでいる人も多いですよね。でも、意外とどんな風に実がなるのか知られていないような気もするので、せっかく産地に来ているのでちょっと紹介しちゃいます。これがコーヒーの木です。コーヒーは赤道に近く標高1000メートルくらいの高地が栽培に適しているようです。モカはイエメンやエチオピア産だし、キリマンジャロはタンザニア産、ブルーマウンテンはジャマイカ産、どれも赤道に近い高原地帯です。

 

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この白いのがコーヒーの花です。豆の形は誰でも想像できますが、花は見たことのない人も多いのではないでしょうか。

 

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そうして、赤い実を収穫して、天日に干して乾燥させます。まんべんなく日が当たるよう、天日干ししているコーヒー豆をかき混ぜる作業をしていたおばさんがいたので、

写真を撮らせてもらいました。

 

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ダクトの町の中心にある広場に、セダン族の家が展示されていました。ぜひ、本当に人が住んでいる家を見たいものだと思いましたが、国道14号線沿いにはありませんでした。もっと、田舎へ行けば見られるのでしょうか。

 

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同じく、広場に展示してあった北ベトナム軍の戦車です。ダクトの町周辺は、ベトナム戦争の激戦地のひとつだったということです。ここは、ラオスやカンボジア国境にも近く、ソ連や中国からの武器や援助物資を運ぶためのホーチミンルートも近くを通っていた筈です。

 

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いろいろ見学しているうちに、午後2時です。お昼を食べなければ。ダクトの広場前の食堂に入りました。2人で60000ドン(300円)支払ってしばらくすると、お店のご主人と奥さんの夫婦喧嘩が始まってしまいました。お客がいるので、一旦、中断されていたタイトルマッチのゴングが再び鳴ってしまたようです。道のことを聞こうとしていたので、一応声をかけて見ましたが、お前は関係ないからあっちへ行ってろみたいな感じで、全く取り合ってもらえませんでした。

 

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国道14号線を外れ、ラオスとカンボジアの国境に近い町、ゴックホイに向かいます。

 

 

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ゴックホイは高原の広々とした地形で見晴しの良い町でした。大きな町ではあませんが、国境へ通じる交通の要所なので宿は何軒かありました。この、ギアカンホテルに泊まることにします。200000ドン(1000円)。

 

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ゴックホイの市場を散策してみることにします。山の町なのに、魚屋さんには海の幸がたくさん並んでいました。

 

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カブがそのままお店になっている豆腐屋さん。

 

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おにぎりを焼いて売っているお姉さん。隣にはテーブルと椅子もあって、座って食べられます。

 

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食堂の前で昼寝中のワン公。

 

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100円ショップで売ってるようなものをたくさん並べて売っている雑貨屋さん。

フエ1ゴックホイまでのルート

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コメント

  • メガラッキー より:

    汁なし?てっきりざるそばやつけ麺かと思いましたが、違ったみたいですね。天候が回復してきて良かった。日本はお正月です。明けましておめでとうございます。

  • Djebel60 より:

    31日、Rayongの街まで南下しました。Tシャツ1枚で十分な気温です。300kmも走った罰なのか、安宿が見つかりませんでした。

    街中心のナイトバザールは大晦日で大賑わい、何を胃袋に収めるか選択を楽しめました。私の食事の注文は、過去の写真を見せるか、人のを指さして”アレッ”です。お二人のようには、とてもできません。
    でも、何を食べても美味しいです!

  • ぽこけん より:

    メガラッキーさん、このときは正直言って、汁ありの方がいいな、名物だから仕方なく食べてみた、という感じでしたが、かなり美味しかったです。別にスープも付いて来たし。

    何でも、体験してみるもんだなぁと思いました。

  • ぽこけん より:

    Djebel60さん、タイは暖かいんですね。

    私たちは昨年、ラヨーンでは海岸沿いの400バーツのホテルに泊まりました。朝食を食べる店が近くになかったので、バイクで国道まで出るのが面倒でしたが、プールも付いていて良い宿でしたよ。

    タイの食事、何を食べても美味しいとのこと、良かったです。カンボジアへ行くと辛さもマイルドになり、更に日本人好みの味付けになりますよ。

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