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クチ地下トンネル見学 2013年12月21日

クチ地下トンネル見学 2013年12月21日

今日はクチの地下トンネル見学に行ってきました。

以下、ベトナム戦争がなぜ始まったのか、クチの地下トンネルはなぜできたのか、どんな特徴があったのかを書いておきます。興味のない方は、ここは飛ばして読んでもかまいません。

 

 ベトナムは1940年までフランスの植民地でしたが、第二次大戦初期ドイツがフランスを占領したので、同盟国である日本がベトナムに進駐しました。日本の進駐政策で米の生産は最小限にし、戦争に役に立つ麻を作らせていましたが、1944年の大干ばつで200万人のベトナム人が餓死した、というようなこともあり抗日運動も盛んに行われました。

 1945年に日本の降伏で第二次大戦が終結し、ベトナムは独立を宣言します。ところが、よせばいいのにフランスが独立はさせぬと軍を率いて再支配を試みます。これに反発したホーチミン率いるベトナム独立同盟会が衝突して1946 年、インドシナ戦争が勃発します。

 1954年にジュネーブ協定が結ばれ、ベトナムは北緯17度で分断されます。北はホーチミン率いる社会主義政府南はフランスが撤退する代わりにアメリカが後押しするゴ・ジン・ジェム政権が誕生しました。なぜ、アメリカが介入してきたかというと、ベトナムの共産化、しいては東南アジア全体の共産化を恐れたからです。

 ゴ・ジン・ジェム政権は独裁政権で大量に流れ込むアメリカからの経済援助を一手に握り、官僚組織は腐敗し、カトリック教徒の一部の役人や軍人に富みが集まり、一般の人々は困窮していました。

 そんな中、1960年、 ゴ・ジン・ジェム政権に不満を持っていた、学生・労働者・知識人・共産主義者の混合団体、南ベトナム民族解放戦線が誕生しました。ベトナムからのアメリカ軍の撤退、ベトナムの独立を目標として、ゴ・ジン・ジェム政権へのテロ活動や農民への教育を行いました。後に、ソ連・中国の支援を受ける北ベトナム政府軍と協力して戦うことになって行きます。

ベトナム戦争はどちらが宣戦布告したわけでもないのですが、このあたりから、本格的戦争になっていきます。

南ベトナム民族解放戦線は日中は普通に農作業をしていて夜になるとテロ活動をします。アメリカ軍は攻撃すべき南ベトナム民族解放戦線が誰なのか、どこにいるのかわかりません。それで、怪しいと思われる村を全滅させるなどの攻撃を行います。

クチ地下トンネルは、南ベトナム民族解放戦線の最重要拠点でした。というのも、ソ連や中国からの支援物資がラオス、カンボジアを経由する、ホーチミンルートを通って入ってきます。そのカンボジアまでの距離が70キロメートル、攻撃すべきアメリカの支援する南ベトナム政府の首都サイゴンまで65キロメートル、ちょうど中間地点という距離が拠点に最適でした。日中は地下で隠れて過ごし、夜間地上に出て活動を行いました。アメリカ軍に勝つためには地下に拠点を置くことが防衛面でも攻撃面でも、最も有効な手段だったのです。もし、地下でなく地上に拠点を作っていたら、アメリカ軍の空爆に屈してあっというまに戦争に負けていたでしょう。

 トンネルには何千もの人が暮らしていました。中には、病院、学校、会議室、武器や食料の貯蔵庫もあり、トンネルは上下何層にもなってアリの巣のように地下に張り巡らされ、カンボジア国境付近までも伸びていて、総延長は250kmにもなるそうです。クチ周辺の7つの村の人口は戦争前2万人でしたが、戦死やけが、病気のため死亡し、戦争終結時には8千人に減っていたということです。

 アメリカはトンネルの存在を探し当て、何とか攻略しようとしましたが、上手くいきませんでした。どこにいるのかわからないから、ジャングルを枯らしてしまえ、と枯葉剤を散布しましたが、それでも、トンネルを攻略できませんでした。軍事力では何倍も上回っていたアメリカですが、粘り強い南ベトナム解放戦線と北ベトナム軍部隊に敗れて行くことになります。

 

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さて、入場料90000ドン(450円)を支払ってクチの地下トンネル見学です。クチには2か所トンネルがあり、ベンユオックという方へ行きました。テーマは重いんですが、この際、テーマパーク感覚で楽しんじゃいましょう!南ベトナム解放戦線の実物大人形が迎えてくれます。アメリカ軍と違って解放戦線は戦争の素人の集まり、何と村人の20%が兵士だったそうですよ。

 

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アメリカ軍の落とした爆弾もたくさん見られます。爆弾に関しては、アメリカはラオスにもカンボジアにも落としたので両国をツーリングした時もたくさん見かけました。鉄なので売れるということでだいぶ少なくなったそうですが、家の前にゴロンと置いてあったりするところもありました。

 

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ガイドさんが付いて説明してくれました。地下トンネルの断面図です。食堂、リビング、会議室、病院、学校、井戸、炊事場、ありとあらゆるものが地下にあったそうです。炊事は夜中にのみ行い、煙は何層ものフィルターを通し、屋外へ出る煙を最小限にする工夫がされていたそうです。トンネルの総距離が250kmというのにも驚かされます。

 

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ガイドさんの後について、地下トンネルに入ってみます。

 

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これは、観光用に穴を広げたもので、実際の穴は人ひとりかがんで通るのがやっとの大きさだったそうです。

 

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こちらの穴が実際の入り口だったところ。けんいちなど体がデカいので、肩をすぼめても入ることが難しいです。アメリカ兵なら尚更入れなかったことでしょう。そのため、アメリカ軍は協力軍のタイ、フィリピン、韓国などの東洋人部隊を潜入させるトンネルラット作戦を行いましたが、トンネル内の構造を理解していない部隊に勝ち目はなく、入っても入っても殺されるだけだったということです。

 

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これはブービートラップというもの。地面を踏み抜くと穴に落ちて串刺しになってしまう仕掛け。アメリカ軍の兵士がトンネル周辺を歩くと、このような穴に落ちて負傷したということです。殺してしまうと兵力がマイナス1でしかないが、1人負傷させれば、ケガの手当てや助けるためにさらに2人必要になり、マイナス3の効果があるからだそうです。

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実物大人形が、アメリカ軍の落とした不発弾から火薬を採取し、加工して地雷を作っている様子。

 

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ここは、地下の会議室

 

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地下トンネル周辺に残されたアメリカ軍のヘリコプターの残骸。その他戦車やジープの残骸も多数ありました。

 

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南べトナム民族解放戦線の面々。

 

ということで、4時間くらい見学し、出てきたらもう130分、近くのローカル食堂に入って昼食にします。

 

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今日はベトナム風チキンカレーと魚のココナッツ&ニョクマム煮込みでした。2人で40000ドン(200円)。ちょっと、不潔な店でしたが、だいぶベトナムモードになってきたので何とかOK。セルフの野菜がしなびてるところを見るとあまり流行ってない店みたいです。

 

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クチの地下トンネルから田舎道を南下していると、巨大な墓地がありました。墓地の入り口にはアメリカ軍と戦っているレリーフがありました。

 

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中に入って見ると無数の墓石が並んでいます。死亡年月日も1968年1975年くらいのものが多く、1960年代前半のものもありました。。

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さらに中へ進むと、ベトナム戦争の戦死者を祭った慰霊塔がありました。

 

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ツーザウモットの町に泊まることにします。ホーチミンからも近い中都市、関東で言うと大宮みたいなものでしょうか。町はクリスマスムードで盛り上がっていました。教会のイルミネーションに見入るカップルがいました。

 

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コメント

  • 相模のコン より:

    興味深く「地下トンネル見学」を読みました。

    1960年代、米軍相模原補給廠から横浜ノースドック経由でベトナムへと向かう、「米軍戦車搬出阻止闘争」に加わった頃のことが思い出されます。20年ほど前、ホーチミン市を訪れたことがあります。コンさんには、人々の生活や町の様子に大きな変わりはないように見えます。ザワザワゴチャゴチャした、そんなベトナム下町の雰囲気が好きです。

    また、「ぽこけん紀行」を追っかけてまいります。

  • ぽこけん より:

    相模のコンさん、こんにちは。

    1960年代、そんなことがあったんですね。

    ベトナム戦争真っただ中の1964年に、アジアで初開催の東京オリンピックが行われたんですね。あっちはあっち、こっちはこっち、という感じだったのかなぁ。

    20年前に行かれたんですか。あまり変わってないですか、タイにはどこにでもあるコンビニもないですし、本屋に洋書があまり置いてなかったです。ドイモイで一気に経済が盛り返したというけど、やっぱり社会主義国、まだ、規制が多くてそれが、今以上に成長していかない理由なのかな?なんて思いました。

    ベトナム人、みなさん、勤勉ですよね。

  • まち より:

    興味津々読みました! 歴史の流れをよく理解せぬまま観た映画「インドシナ」も前半のジュネーブ協定が結ばれたところまでに重なって、とてもガッテンです!
    ベトナム戦争のことも、このクチの地下トンネルのことも、自分が現地に行ったとしてもここまで整理して理解出来なかっただろうと思います。有難うございました!^^

  • ぽこけん より:

    まちさん、興味をもっていただき嬉しいです。「インドシナ」という映画があるんですか、面白そうですね。

    カンボジアも王様は中立を目指していたのに、ベトナム戦争中、アメリカが軍をけしかけクーデターを起こさせ、アメリカに都合の良いロン・ノル親米政権を打ち立て、ベトナム戦争が終わってアメリカが引き揚げたら、今度は中国の支援を受けたポル・ポトが首都に突入して、クメール・ルージュ政権になり、翌日から大虐殺がはじまったんですよね。

    この事実そのものも、もちろん驚きですが、私は、小学生から高校生くらいまでの間、日本で平和にくらしていて、インドシナでこんな悲劇が繰り返されていたことに全く興味を示さなかったのはなぜなのかな?と考えてしまいます。テレビのニュースではやっていたはずなのに、全く記憶にありません。

  • メガラッキー より:

    戦争はやっぱり良くないです。

  • ぽこけん より:

    メガラッキーさん、まったく同感です。
    なんでもっと平和的解決ができないのでしょうか

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