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コロニア・オキナワ 2015年10月13日

コロニア・オキナワ 2015年10月13日

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コロニア・サンファンからコロニア・オキナワまでは約130キロ離れています。午後4時過ぎに到着。サンタクルス郊外とは言ってもかなり離れているので日帰りで二か所見るには、そうそう、ゆっくりしていられません。「めんそーれ、オキナワ」の看板が迎えてくれました。

 

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オキナワ釣り倶楽部なるものもありました。釣り好きの方が多いのでしょうか。

 

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コロニア・オキナワの広場には鳥居もありました。

 

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歴史資料館の場所を人に聞きながら行って見ると、文化会館がありました。そのまま、日本にあっても違和感のない建物です。同じ敷地内に資料館もありました。

 

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日本語でスタッフの女性に案内され、資料館へ入ってみることにします。

 

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コロニア・オキナワへの移住の始まりは1954年と、コロニア・サンファンと同時期ですが、経緯は少し違うようです。1900年初めごろから南米へは日本人の移民が増え始めました。最初はペルーに渡った人たちの中でもボリビアへ移っている人たちもいました。もともと、移民の中で沖縄県出身者は多かったのですが、戦後の日本の荒廃、米国の占領下に置かれた沖縄に救いの手を差し伸べたいという思いから移民計画がスタートしました。

 

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サンシンを持って移住する人も多く居たということです。現在もサンシン作りの職人さんが居て文化を伝承しているということです。

 

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古いレコード。当時レコードを持っている人は少なく、繰り返し何度も皆で聞いて日本を懐かしんだそうです。

 

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沖縄の新聞。「新天地に楽園を」の文字が。本当に楽園へ行くという意識で向かったのでしょうか。それだけ、日本、沖縄の状況が酷かったということなのでしょうか。

 

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伝染病や、原生林の開拓と苦労されたようですが、今のコロニア・オキナワは大変平和に見えます。小学校の前では、子供を迎えにくる親御さんたちの車が何台か停まっていました。

 

ボリビア6

コロニア・オキナワの場所。

サンタクルスへ戻るころには日が暮れてしまいました。駆け足で回った2つの日本人移住地、移民の歴史をさらっと垣間見たにすぎませんが、何か重く心に残る一日となりました。南米の別の移住地も訪ねてみたいですし、日本へ帰ってからでも、移民の本をじっくり読んでみたいと思いました。

 

 
 

 

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コメント

  • kamomosi より:

    こんにちは
    ペンションアミーゴでボリビアの人はシャイな方が多いと聞きました。移住された方もきっとシャイなんでしょうね。南米で聞く日本語はきっといいものなのでしょう。日本語の看板もどこか異国情緒漂う感じがしました。

    • けんいち より:

      ブラジルでは3世4世になると日本語をしゃべれない人も多いと聞きますが、ボリビアの移住はブラジルに比べると歴史が浅いからでしょうか日本語を話す人が多かったです。

      パラグアイのイグアス移住地へも行って見たいと思います。

  • メガラッキー より:

    お疲れ様です。ただの観光ではきっと訪れる事がないであろう場所のご紹介、たいへん貴重なものだと思いながら拝見しました。

    • けんいち より:

      今でこそ舗装されていて60キロ先のサンタクルスからすぐ来れますけど、来た当時は、雨季には道がぬかるみサンタクルスまで何日もかかったこともあるそうです。

      写真で歴史を見るといかに今の生活を築くのが大変だったか、異国の地で日本を大事に思ってきたかがわかりました。

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