2015年8月17日
バイクのリアサスペンションの部品も無事交換完了。日本ならもう少し綺麗に仕上げてくれるだろうけど、グリスをたっぷりと入れてくれていることは分るし、工賃もオイル交換込みで60ソル(2400円)と安く済んだので良かったです。さあ、これでバイク旅行を再開できるようになりました。
明日はリマを出発するので、納豆も食べおさめです。次はいつ、どこで納豆に再会できるでしょう。
2015年8月18日
リマから東へ向かい標高4800メートルのアンデス山脈の峠を越えてラ・オロヤという町で泊まることにします。小さい町ながら交通の要所にあるので宿と食堂がたくさんあって過ごしやすい町でした。ただ、標高が高いので夜はかなり冷え込みました。そういえば、リマに1週間居て再び高地へ戻って来ましたが高山病になりませんでした。身体が覚えているんでしょうか。
今日の走行距離220キロ、合計50324キロ。
2015年8月19日
ラ・オロヤの宿を出発します。リマでインターネットで調べ物をしていたとき、プカルパという町の画像が目に止りました。ペルーのアマゾン地方にある町で、アマゾン川上流とはいえ川幅はかなり広く、三輪バイクが走り回っています。その雰囲気がまるで東南アジアのベトナムやラオスのように見えました。
エクアドルでも標高の低いアマゾン地域へ行ったけれども、今一つアマゾンらしい雰囲気が味わえなかったこともあるし、ペルーの別の表情も見てみたくなりました。かつて、ペルーで観光ガイドのアルバイトをしていたころ、ペルーには、海岸部の砂漠地帯、標高の高いアンデス高原、そして熱帯のアマゾン地帯があり南米の縮図のような国だとお客さんに説明していたのに、実際はペルー・アマゾンには行ったことがありませんでした。
海岸部のリマからアンデスを越えてアマゾンの町プカルパへ、景色の変化や人々の暮らしの変化を見ながら向かうことにします。
しばらくは標高4000メートル以上の高地を走って行きます。
森林限界を越えているので木々は生えていません。動物の放牧が盛んなエリアです。日差しが強いので高地の人々の肌はカサカサに乾燥し真っ黒に焼けています。
アマゾンへ向かうにつれ、標高はどんどん下がり緑が目立つようになってきました。
ビラ・リカまで来ると何と道路工事のため午後5時まで通行止めとのこと。午後5時のはずが結局通れるようになったのは5時半。ここで4時間も待たされました。
宿のある村までと走っているうちに日が暮れてしまいました。ヘッドライトに飛び込んで来る虫の数が半端ではなく、ジャングル地域に入っていることを実感しました。ここは、サンファン・デ・カカスという村。標高は900メートル。水シャワーでも充分という気温です。
今日の走行距離268キロ、合計50592キロ。
2015年8月20日
サンファン・デ・カカスの村を出発。
このあたりまで下りて来ると高床式の木造の家々が多くなってきました。木材を運搬するトラックも見かけます。何となく東南アジアっぽくなってきました。
川渡りをしなければならなくなり、まさかの転倒。大慌てで荷物を外してバイクを引き上げましたがエンジンがかかりません。かなり焦りましたが暫くほおって置くとエンジンが復活しました。水深は30~40センチくらいでしたが、サイドバッグのおかげでマフラー部分はかろうじて水没しませんでした。
川とジャングルの風景が続きます。アマゾンらしい雰囲気がでてきました。
途中、時間が止まったような集落をいくつも通っていきます。人々は何をするでもなくハンモッグにユラユラ揺られて、昼寝したりおしゃべりしたり。
食堂に入って昼食です。肉じゃがみたいな料理でした。5ソル(200円)。
今日は100キロ以上もダートが続いてなかなか距離が伸びませんでしたが、途中からアスファルトの直線道路に変わりました。この分だと今日中にプカルパまで行けそうです。
リマから約850キロ、3日かけてアマゾン川の上流部にあるプカルパに到着しました。
ムッとする蒸し暑さです。標高150メートル。この川はここから何千キロも先の大西洋までわずか150メートルの標高差をゆっくりと曲がりくねって旅して行くのですね。大西洋まで何日かけてこの水は流れていくのでしょう。この流れを見れただけ来て良かったと思いました。
今日の走行距離357キロ、合計50949キロ。
プカルパまでのルート。
すごい4000mに4時間待ち川で転倒、夜間走行!ものともしない強さに憧れます。アマゾン、確かに東南アジアっぽいですね。のんびりとした感じが伝わります。
僕はもう少しアメリカで過ごします。明後日にはサンディエゴの友人宅へ、ここで荷物を整理してタイヤを交換、予備パーツの購入など中南米の旅に備えるつもりです。英語もたくさん話しておかないと忘れてしまいそうです。