ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


被災地ツアー 2014年11月22日

被災地ツアー 2014年11月22日

私は福島の被災地の様子を全国の方に見ていただきたいと思っています。

被災地を興味本位で見学するのは悪いのでは?とか、放射能は大丈夫なの?

という意見はあると思いますが、ツアーに参加すれば、語り部さんから震災当時の臨場感あふれる話を聞くことができたり、放射能について学ぶこともできますし、放射線量が高いところへも行かないので安全です。

自分で参加してみないことには他県の人に責任をもって薦めることもできないと思い、11月22日に行ってきました。

 

PB2102590

福島の被災地ツアーはいろいろな団体でやっているようですが、私たちは今回、いわき市が開催している無料のツアーに参加してきました。ツァーのスタートはいわき駅です。いくつかコースがあるようですが、今回は「久ノ浜・北コース」に参加しました。参加者は23名でバスは満席。バスに座れなくてもレンタカーを借りて後ろをついて回るという4名の希望者も入れ、合計27名のツアーとなりました。参加者は関東の方が多かったですが、中には名古屋や金沢から参加されている人や、マレーシア人の大学院生も居ました。福島からは私たち2名だけでした。

 

PB2102631

まず、はじめに向かったのは久ノ浜地区。ここは、大震災の津波と火災で壊滅的な被害があった地区です。福島第一原発からは32キロ離れているため、避難指示はありませんでしたが、風評被害で物資が届かず苦労された地域です。商店街も火災で消滅してしまいましたが、2011年9月3日、久之浜第一小学校敷地内に仮設店舗の「浜風商店街」がオープン、「1日も早い久之浜の復興を!久之浜に1人でも多くの笑顔を!」掲げ、今日現在も元気に笑顔で営業しています。

 

PB2102712

道の駅よつくらでの昼食休憩の後は、福島第一原発事故復旧の拠点であったJビレッジを過ぎ、20キロ圏内へ入って行きます。第一原発から約17キロほどの天神岬へ行きました。参加者の中にはモニタリングポストを初めて見るという方もいらっしゃいました。岬の展望のきく場所からは、保管場所が決まっていない除染物質の黒い袋が大量置かれている模様を見たり、風力発電施設を洋上に試験的に設置している様子を見ました。

 

PB2102854

福島第一原発から約7キロ。第一原発と第二原発の間にある富岡駅前です。海に近かった富岡駅周辺は甚大な津波の被害を受けました。原発の南側に位置するので、風向きの影響で放射線量は高くなかったのですが、原発からの距離が近かったため警戒区域に指定され、行方不明者の捜索やがれきの撤去が遅れた地区です。復旧復興が遅れ、今だに津波の爪痕が色濃く残る地域です。

参加されていた大学教授の方が、ここはこのまま残してメモリアルパークにすればよいのではと言っていましたが、その土地をどうするかは、地元の人の意見が一番重要視されるので、ここで多くの人、身内が亡くなった人の気持ちを考えれば、残すという選択はなかなか難しいだろうということでした。

 

PB2102813

同じく、富岡駅前の慰霊碑です。

 

PB2102865

富岡駅前の住宅一階部分には軽トラが突っ込んだままです。

 

PB2102916

宮城や岩手と違って福島は原発被害があるため、除染作業も並行して行わなければならないため、がれきの撤去、復旧復興が遅れています。今、急ピッチで行っているので、このような無残な風景の残る地区はどんどん減り続けています。もうすぐ、こういった場所が無くなり、被災地ミュージアムのような場所ができ、映像でしか見ることができなくなるでしょう。

 

PB2103238

ツアーの最後は、周りの住宅が全て流されたにも関わらず、残った奇跡の神社、久ノ浜秋葉神社で語り部さんのお話を聞きました。実際に震災当時この場に居合わせた方のお話は臨場感があります。この神社の周りは住宅が建ち並んでいましたが、全て流されてしまったそうです。この見える範囲だけで55名の方が亡くなり、現在も行方不明の方が居るそうです。

ざっと、ツアーの流れを書いてみましたが、写真と文章だけでは上手く伝えられません。現在の富岡駅前のような地区もどんどん復興が進むにつれ、震災当時の姿を想像しにくくなってしまうと思います。温泉旅行のついででも良いと思います、ぜひ、県外の方にこのようなツアーに参加していただき、この場に立って何があったのか思いを巡らせていただければと思います。

 

 

« »

コメント

  • kamomosi より:

    こんにちは
    地震と原発。震災とひとくくりにしてしまうにはあまりにも大きな出来事すぎてピンとこないのが正直なところです。
    先日、お邪魔した時に2階へ上がる階段で感じた違和感は、ある意味で衝撃的でした。
    神戸に行った時にも感じましたが、未だに震災の爪痕が見られる場所があり、本当の復興とはなんだろうと考えていました。
    街は建物だけでなくそこに住む人と一体のもので切り離して考えることはできませんが、個々の思いもそれぞれです。行政と住む人の気持ちがマッチせず様々な問題があることは聞きますが、いい悪いの問題だけでは片付けられない話です。
    残念ながらご一緒することはできませんでしたが、お話を伺うことができたのは幸いでした。

  • けんいち より:

    kamomoshiさん、我が家は地震で家が傾いているので違和感を感じたのですね。傾きを直してもらうため、業者に頼んだのですが、角度を水平まで直すと、歪みの影響で玄関の扉や窓ガラスが閉まらなくなってしまう言われ、ほんのちょっとしか戻せませんでした。今は傾きに慣れるしかないと思って生活しています。

    しかし、世界に目を転じれば、人々の生活はもっともっとシンプルです。恵まれない子供たちと言われている子供たちは本当に恵まれないのか、貧しい国々といわれている国々が本当に貧しいのかはわかりません。

    家の傾きなどは些細な事のように感じてしまうのも長い旅の影響かもしれません。

  • メガラッキー より:

    復興して欲しいと同時に、決して忘れてはいけないと思う複雑な気持ちもあります。

    • けんいち より:

      本当に、その通りだと思います。天災も人災も忘れては行けないと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です