ぽこけん

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06月

ブータンの旅 その5

2019年6月5日

おはようございます。ブータン3日目の朝です。昨日は首都ティンプーのホテルに泊まりました。写真の建物が泊まったホテルです。街中にあるので周辺の散策にも便利、まだ朝食まで時間があるので、早朝のティンプーを散歩してみることにしましょう。

ティンプーの町並み、ホンコンマーケット付近です。まだ早いので人はまばらですが、犬はいっぱいいました。

ティンプーの目抜き通りにも犬がいっぱいです。

何と、ユニクロの看板!後で、ガイドのソナムさんに聞くと、もちろんユニクロの支店ではないし、かといって偽物を売っているわけでもなく、商店主がバンコクへ買い付けに行ったり、個人的に輸入して売っているんだとか。ユニクロはブータンでも人気があり高くても売れるんだそうです。

ブータン人の家は農家でも大変立派なのに、何度も掘っ立て小屋に住んでいる人々を見ました。首都ティンプーにもそんな一角がありました。土木や建設業の出稼ぎインド人が住む一角です。汚れたり、危険な体力任せの仕事はブータン人はやらずに、インド人がやっているようにみえました。
ブータンの一番の援助国はインドだし、ブータン一の産業である水力発電の電気を買ってくれるのもインド、軍事的にもインドに守られていて、一番多い観光客もインド人。でも、ブータン人より安い給料でブータン人の嫌がる危険な仕事に従事するのもインド人。なんだか、ブータンのねじれた構造の一角が見えた気がしました。

写真の子供たちは綺麗な制服を着て通学するブータン人、後ろの掘っ立て小屋にインド人労働者が住んでいます。一般ブータン人にはとても住めないような低レベルな暮らしをするインド人もたくさん居るし、ブータン人にはとても払えないような大金を叩いてブータンで豪遊するインド人も沢山居ます。

ブータン人から見るインド人像はどうなっているんでしょうか。私の滞在日数はあまりに短くそのあたりをとことん聞くことはできませんでしたが、歓迎しているという話は聞くことができませんでした。

ホテルの朝食。ビュフェ式ですが、インド人や西洋人向けなので、米や煮物などのブータン料理は出てきません。しかたなく、チャパティーやオムレツなどを取りました。

今日最初の訪問地はティンプー市内の高台にある、デチェン・フォダン僧院。8年間仏教について住み込みで学ぶ学校だそうです。ブータンには一般的な学校の他に、お坊さんになるための学校があり、どちらへ行っても良いそうです。ちょうど、寺院で使われる長いラッパのようなラグドゥンの練習をしているところでした。

本堂で聞く、上手なお坊さんの奏でるラグドゥンと違って音も小さくとぎれとぎれ。かなり肺活量も必要なのでしょう。

みなさん、真剣に練習しています。

お寺には犬もたくさん居て、可愛がられているようです。近づいても完全にリラックスしています。初対面の私が揺り動かしても起きません。

毎日聞くラグドゥンの音色が子守唄なのかもしれません。

僧院を歩き回る犬。

ラグドゥンの練習をする前段階は竹の笛で練習するそうです。

さらに、その前段階はペットボトルに水をためて、息継ぎせずにストローを長い時間吹く練習をするんだとか。ラグドゥンをちゃんと奏でられるようになるには長い道のりがあるんですね。

デチェン・フォダン僧院を出て、ティンプー市内を見下ろすチョルテン(仏塔)におばあさんがいたので、挨拶して写真を撮らせてもらいました。

ティンプー市内のチャンガンカ・ラカンへ向かいました。

お寺で井戸端会議中のおばさんたち。

お参りに来ていた地元の方と記念撮影。

マニ車を回しながら時計回りに回ってお参りします。

国獣ターキン放牧場、動物園ではなくあくまで放牧場、望遠カメラで遠くに居るのが確認できる程度でした。

ドゥプトプ尼僧院。イベントがあったようでお参りするひとでいっぱいでした。マニ車を回し続けるおじさんが良い味だしてます。

ドゥプトプ尼僧院付近からの眺め。手前では棚田で田植えをしていました。

タシチョ・ゾンも眼下に見えました。

昼食は市内へもどって、ガイドのソナムさんおススメのブータン料理店へ。そしたら何と、ティンプー在住のひろこさんに昨晩連れて行ってもらったゾンバラレストランではありませんか。同じ店ってどんだけ有名店なんでしょうか。

昨日ドライデーでビールが飲めなかったので、今日は飲みます。そして、昨日は山椒を入れ過ぎて舌がしびれてしまい味がわからなかったので今日はかなり控えめに。さらに、トゥクパではなくきし麺のように麺が太いバサップにしてみました。もちろん、モモも食べました。美味しくて、ビールも飲めて満足でした。

ブータンの旅 その4

今日の午前中はチェリ・ラ(チェリ峠)でハイキングしながらヒマラヤの青いケシ、ブルーポピーを見ました。午後は首都のティンプーへ向けて移動します。西岡チョルテン付近からパロ南部、ポンデ地区の見事な棚田を見下ろしたところです。すぐ近くに山が迫っているように見えますが、ブータンでは、これでも国一番の平地の広がるエリアで農業が盛んな他、国際空港も近くにあります。

首都ティンプーエリアのゲート、インドと国際空港、首都を結ぶ道でブータンで最も交通量の多い道路だそうです。インドから来るトラックなどが荷物チェックを受けるのもここだそうです。

ティンプー市内ではホテルへ行く前に織物工房に立ち寄りました。

とても細かい織物です。ブータンの織物のレベルは高く、1枚織るのに1か月かかるような緻密なものもあり、1枚何十万円もするのだとか。

次に行ったのはティンプー市内のメモリアル・チョルテンです。巨大な仏塔の周りを時計回りにぐるぐる回っている人々や五体投地で祈りをささげている人々もいます。仏塔の左側にはマニ車が並んでいます。マニ車とはお経の書かれた円筒形のもので、手動で動かすことができ、統計周りに1回転させるとお経を1回唱えたと同じ効果があるとされているものです。マニ車周辺は、日がな1日仏塔で過ごす人々の憩いの場のようになっていて、お茶や食べ物を持ち込み、周囲の人に勧めたり、おしゃべりしたり、お経を唱えたりと和気あいあいとした雰囲気でした。

108個の数珠を片手で器用に時計回りに回しながら、さらにマニ車を時計回りに回しつつ、お経を唱えながら時計回りに歩き続けるおじさん。

ホテルにチェックインした後、1時間ほどのフリータイム。ティンプー市内で最もにぎわいのあるホンコンマーケット付近をぶらぶらと散策しました。

夕方より、タシチョ・ゾンを見学。ゾンとはブータンでは県庁と僧院が合体したような存在です。ティンプーの場合は首都だけあって、国会議事堂と王様の住居と僧院が一緒になったような国一番の重要なエリアです。ガイドのソナムさんもかつては財務省の職員としてここで働いていたそうですが、今のガイドの仕事の方が面白いと言っていました。

タシチョ・ゾンの寺院の本堂エリア。

どの建物も、ブータンの伝統建築で、装飾が美しい。

一般の民家では見られない豪華な装飾。

タシチョ・ゾン内の僧院ではたくさんのお坊さんが修行しているそうです。

修行中のお坊さん。

夕食は、ティンプー在住でJICAのひろこさんおススメのゾンバラレストランへ。モモ(チベット餃子)が美味しかったです。ビールも飲みたかったのですが毎週火曜日はドライデーとのことでレストランでは飲めずに残念。

モモのほか、トゥクパ(チベットの汁麺)も美味しかったけど、山椒を入れ過ぎたのは失敗。日本の山椒より強力で、しびれて味がよくわからないまま食べ終わってしまいました。

ブータンの旅 その3

2019年6月4日

おはようございます!ブータン2日目がはじまりました。夜勤明けで羽田空港へ移動し深夜便でバンコクへ、早朝便でブータンへ飛んできたのでまるまる2日間横になって眠っていなかったので、昨日は爆睡でした。朝8時に居間へ行くとウゲンさんがバター茶をついでくれました。

そばをこねてパン状にしたものにバターやはちみつ、ご飯に唐辛子の煮込み料理などの朝食。

民家のオス猫ププーが膝に乗ってきます。

泊まった民家の前で記念撮影。左からガイドのソナムさん、けんいち、民家のご主人、ドライバーのウゲンさん、JICAのひろこさん、通りがかりの近所のおじさん、ぽこゆうこ。

今日は標高3800Mのチェリ・ラ(チェリ峠)まで、九十九折れの坂道を車で登って、ヒマラヤの青いケシなど高山植物を探しながら標高4000M付近をハイキング。お弁当を食べてから首都のティンプーへ向かう予定です。

「ハ」の村をチェリ・ラへ向かう坂道の途中から見下ろします。のどかな村に見えますが、この村にはインド軍が駐留しています。

ブータンは中国とインドという大国に挟まれています。ヒマラヤの小国として政治的に微妙なかじ取りが重要なのでしょう。実際、チベットは中国に侵略されてしまいましたし、シッキム王国もネパール系移民を受け入れすぎたため、血こそ流れなかったものの、投票でインドに併合せざるを得ない道を選ぶことになってしまいました。ブータンはインド寄りの政策を取りながら、ある意味、インドに守られる形で独立を維持し続けています。

ドライバーのウゲンさんとスズキのワゴン車。スズキはインドに工場があるため、ブータンでもポピュラーなんだそうです。

ブータンではお墓はありません。人が亡くなると、その人ゆかりの眺めの良い丘の上にダルシンという108本の白い旗を立てるのだそうです。1年ほどで撤去するのだとか。

ブータン在住のひろこさんが、最もブータンで印象的な光景という、岩に三角の団子のようなものが置かれた状態。サッツァと呼ばれる団子状のものは、亡くなった人を火葬した後に骨を粉々に砕き、泥とまぜてこねて108個作るんだとか。このサッツァを白い旗同様、眺めの良い岩場やその人ゆかりの場所、パワースポットなどに置くそうです。置いた後は雨や風によって自然と朽ち果てるままにするのだそうです。

サッツァの底には小さなお経が埋められているんだそうです。

至る所にサッツァが置かれています。

まだ新しいサッツァ。

朽ち果てそうなサッツァ。風に吹かれていずれ跡形も無くなるのでしょう。
日本のお墓の維持管理が大変なのと比較し、考えさせられる光景でした。

チェリ・ラ(チェリ・峠)に到着。3988Mと表記してありますが、ガイドのソナムさんによると、正確には3800Mほどで看板が間違っているんだとのこと。

それでは、高山植物を探しにハイキング開始!

人が亡くなったときの白い旗の他に、赤や青や黄色の鮮やかな旗がたくさんありました。これは、ラダックやチベットにもあるルン・タ(風の馬)というものです。お経や馬が書かれており、風がはためくことで、馬が風に乗って宇宙を駆け巡り経を広め平和な世界を作るという意味があるのだとか。

チェレ・ラに着いて最初は曇っていたのですが、だんだん晴れて来てブータン第2の高峰、ジョモラリ(7314M)が見えました。花のシーズンである6月の雨季に頂上が見えることは珍しいそうで、ラッキーでした。

まず最初に目にした花は黄色いシャクナゲ。

ピンクのシャクナゲ。

ディティンクラータ・サクラソウ。

シッキメンシス・サクラソウ。

ナデシコの仲間?とリンドウの仲間?

エンゴサクの仲間?

サクラソウの仲間?

おお!咲いてました。ヒマラヤの青いケシ、ブルーポピー。

こっちにも。

こっちにもブルーポピー。

花の撮影をしながら歩いていたらあっという間に2時間経過。標高4000Mを越えても高山病にならなくて安心しました。

犬も風の通り道でくつろいで、気持ちよさそう。

笑ってますね。

ブータンの犬は良い顔しています。

チェリ・ラ(チェリ峠)から車で、今度はパロ方面へ向かってしばらく降りたところでお弁当タイム。

唐辛子たっぷりのブータン料理です。

とっても美味しいのですが、日中何度ももよおすんですよね、トイレへ行くと実際は出ないんですが、あまりに大量の唐辛子を取っているので、体が拒否反応を示して排出しようとするんでしょう。汚い話ですが、実際ブータンにいる間、便の色が唐辛子で赤色っぽかったです。

ブータンの旅 その2

ブータン西部の「ハ」村に到着。宿泊するのはブータンの伝統建築の民家。民家でブータン料理の昼食を食べてから、午後は「ハ」の村を散策です。

民家から歩いてすぐのラカン・ナクボ(黒寺)へ。子供を背負った地元のお母さんたちがせっせとお祈りを唱えながら時計回りにお寺をグルグルと回っていました。

ラカン・ナクボ(黒寺)の入り口のカギは立派な金色の魚の南京錠。中に入って私たちも五体投地のお祈りを行いました。

次に歩いて訪ねたのは、ブータン最古のお寺のひとつラカン・カルボ(白寺)。ここは僧院なので修行中のお坊さんがいっぱいいました。

ラカン・カルボの窓の装飾。

ラカン・カルボの壁の装飾。

お寺の中は犬がいっぱいいます。皆お坊さんに可愛がられていて、幸せそうでした。殺処分など考えられないブータンでは、野良犬を連れて来て予防注射を受けることお金がもらえる制度があるとのこと。野良でも地域でエサがたっぷりともらえるので食べ物に困ることはないんだとか。避妊去勢も積極的に行われています。これには、仏教の輪廻転生の考えも影響しているそいうで、野良犬も、もしかしたら、自分の先祖かもしれないと思い大事にするんだそうです。同時に、魚も先祖なので、ブータンでは川で釣りなどもってのほかの野蛮行為となるそうです。

ラカン・カルボ入り口の看板には正装でお参りするよう呼び掛けていました。ガイドのソナムさんによると、外国人にまでブータンの正装は求めておらず、襟付きのシャツでもOKとのこと。

車で「ハ」の村の中心部へ移動し、歩いてあちこち散策してみます。これは、スマホなどを扱うモバイルショップ。

ここは、ゼネラルショップと呼ばれる何でも屋商店。日本で言うとコンビニのような存在です。

ゼネラルショップのおじさん。飴玉、ジュース、衣類まで売っています。

学校帰りの女子学生。

こちらは男子学生。

インドのバイク、エンフィールドにブータンの民族衣装「ゴ」で乗る人もいました。

町角に設置されているブータンのポスト。

「ハ」村のメインストリートは伝統建築の町並みと民族衣装の人々であふれ、洋服を着た自分らがかなり浮いた存在に思えてきます。何だか、江戸時代にでもタイムスリップしてしまったような妙な感覚です。

食堂の入り口は、臭いをかぎつけ犬がいっぱいです。

伝統民家の壁にはトラが描かれていました。実際、ブータンでは、トラはポピュラーな動物で、最近首都のティンプーにも現れてニュースになったのだとか。

夕方、民家へ戻ってきました、写真の人物はガイドのソナムさん。

民家の中庭で、大学時代の同級生、現在はJICAの織物と草木染の専門家でブータンで活動するひろこさんと。

アフリカ、南米と世界中を回っており、冬山やマラソンもされているひろこさん、私たちも共通点が多く話が尽きません。

民家のもう1匹の猫、ププーのお母さんもでてきました。

夕食前に、ブータンの石焼風呂、「ドッツオ」の準備ができたとのこと。焼いた石を薬草の浮いた水風呂に入れていき、ちょうどよい湯加減になったら入浴OK。人が入る湯舟と石を入れる部分は仕切られているので、火傷する心配はありません。

ドッツオの湯舟に浸かるけんいち。なかなか良い湯加減。日本から来てすぐなのでそれほどの感動はありませんでしたが、ブータン在住のひろこさんは久しぶりにお湯に浸かって気持ちよかったとのこと。

そして夕食です。唐辛子、チーズ、アスパラ、キノコ、ヤクの肉、野菜などなど。辛いけど、ブータンビールと共に、とても美味しくいただきました。

夕食後はブータンの民族衣装、「ゴ」と「キラ」に着替えて民家の仏間へ。

お寺であれば写真撮影禁止ですが、ここは民家の仏間なのでじっくりと観察して写真も撮ってよいとのことでした。仏具や仏教画などをまじまじと観察させていただきました。左側にある縦長の飾りはトルマというバターでできた飾り物です。

民家のオス猫ププーが仏壇を我が物顔で闊歩しております。

タントラ密教の仮面もありました。優しく穏やかな表情の仏像だけではなく、怒りや狂気の表情の仏像があるのもチベット系タントラ密教の特徴です。

伝統民家の仏間で再び記念撮影。

ヤクの毛で織った布。専門家のひろこさん曰く、田舎の民家には何気なく大変貴重は織物の宝が眠っているのだとか。これも、相当貴重なものだそうです。

明日は、標高2700Mのこの村から、標高3800Mの峠、チェレ・ラへでブルーポピーを見る予定ですが、高山病にならないか、花は咲いているのか、ちょっと不安になりながら眠りにつきました。

ブータンの旅 その1

2019年6月3日

ブータン旅行へ行くことにしました。長い休みは取れないので令和元年6月2日から7日の6日間の旅です。羽田空港を6月2日の深夜、ANAで飛び立ち、3日早朝4時半にバンコク着。6時発のブータンエアラインズに乗り換えなければなりませんが、ここで問題発生!

旅行会社からもらった「旅のしおり」通りにトランスファーエリアへ進もうとしますが、係員に止められます。イミグレを通って荷物を受け取ってから出国カウンターへ行けとのこと。羽田のANAのカウンターでもブータンエアラインズとは提携していないので、一度バンコクで荷物を受け取ってくださいと言われていました。

2度も言われたので、こりゃあ本当にダメなのかもとイミグレへ行ってみるも凄い長い列。いちいち入国して荷物受け取って、出国手続きをしていたら6時出発に間に合わないので、トランスファーエリアの職員を説得して突破。そしたら何のことは無い、トランスファーデスクにはブータンエアラインズの職員がいて、バンコク行きのタグをブータン行きのタグに張り替えてくれました。荷物は空港職員がブータンエアラインズに運んでくれるとのこと。

ANAにしても、バンコクの空港にしても、末端のスタッフまで理解が行き届いていないため振り回されてしまいました。


無事にブータンエアラインズのチケットと荷物タグを受け取り一安心。パロとはブータンの空港がある町の名前です。

バンコクから約3時間のフライトでブータンのパロ空港への着陸態勢に入りました。さすがにヒマラヤの山国、山が迫り、深い谷へ飛行機が降りていきます。

これでも、パロはブータンでは最も平地が確保できるから空港があるのであって、首都のティンプーは山がちな地形のため、空港が作れないのだとか。

パロ空港に到着しました。お客さんは全てブータン人のようで、観光客は私たちだけだったようです。

空港には王様の肖像がありました。東日本大震災の後、日本を励ますために来てくれたのを覚えています。

パロ空港ではガイドのソナムさん、ドライバーのウゲンさん、ぽこゆうこの大学時代の同級生で今はブータンで織物と草木染の専門家としてJICAで活動されているひろこさんが出迎えてくれました。今日はブータン西部の小さな「ハ」という村へ行き民泊する予定です。

「ハ」へ向かう車窓。のどかな田園とブータンの伝統的な建築の民家の風景が続きます。

道端の農家の周りには犬がいっぱい。

トイレ休憩で寄らせてもらった食堂兼商店。

道端に保育園があったのでちょっと止まって見学させていただきました。

ブランコで遊ぶ子供たち。男の子は日本の和服にも似たブータンの民族衣装「ゴ」を着ています。

約3時間のドライブで標高2700Mの「ハ」に到着。今日はブータンの伝統的な民家に宿泊します。

民家の部屋はこんな感じです。

ココが居間。台所兼食堂です。

家の外は犬がいっぱいですが、家の中には猫がいました。

猫の名前は「ププー」でオス猫です。

台所で使う道具もみな手作りなんだそうです。

右が今回の旅行のガイドソナムさん、奥さんが日本人で日本語がしゃべれます。「ゴ」を着ていなければ日本人みたいです。左がドライバーのウゲンさん。

ブータンは個人が自由に旅行することはできません。ブータンの一番の援助国であるインドの国民は別でパスポートもビザもいらずにブータン国内を自由に旅行できるそうです。インド人以外は食事、宿泊、移動費をすべて含めた公定料金制度となっており、ガイド、ドライバーと共に行動することになります。季節や人数によって公定料金は違ってきますが、2019年6月に2人で旅行の場合は1日当たりひとりUS230ドルかかります。ホテルに泊まっても民泊しても、トレッキングでテントに泊まっても料金は変わらないそうです。

居間で皆でブータン料理をいただきます。ご飯の上に見える黄色っぽい料理がブータンを代表する料理の「エマ・ダツィ」唐辛子をチーズで煮込んだもの。