ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


14日

コロニア・オキナワ 2015年10月13日

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コロニア・サンファンからコロニア・オキナワまでは約130キロ離れています。午後4時過ぎに到着。サンタクルス郊外とは言ってもかなり離れているので日帰りで二か所見るには、そうそう、ゆっくりしていられません。「めんそーれ、オキナワ」の看板が迎えてくれました。

 

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オキナワ釣り倶楽部なるものもありました。釣り好きの方が多いのでしょうか。

 

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コロニア・オキナワの広場には鳥居もありました。

 

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歴史資料館の場所を人に聞きながら行って見ると、文化会館がありました。そのまま、日本にあっても違和感のない建物です。同じ敷地内に資料館もありました。

 

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日本語でスタッフの女性に案内され、資料館へ入ってみることにします。

 

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コロニア・オキナワへの移住の始まりは1954年と、コロニア・サンファンと同時期ですが、経緯は少し違うようです。1900年初めごろから南米へは日本人の移民が増え始めました。最初はペルーに渡った人たちの中でもボリビアへ移っている人たちもいました。もともと、移民の中で沖縄県出身者は多かったのですが、戦後の日本の荒廃、米国の占領下に置かれた沖縄に救いの手を差し伸べたいという思いから移民計画がスタートしました。

 

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サンシンを持って移住する人も多く居たということです。現在もサンシン作りの職人さんが居て文化を伝承しているということです。

 

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古いレコード。当時レコードを持っている人は少なく、繰り返し何度も皆で聞いて日本を懐かしんだそうです。

 

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沖縄の新聞。「新天地に楽園を」の文字が。本当に楽園へ行くという意識で向かったのでしょうか。それだけ、日本、沖縄の状況が酷かったということなのでしょうか。

 

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伝染病や、原生林の開拓と苦労されたようですが、今のコロニア・オキナワは大変平和に見えます。小学校の前では、子供を迎えにくる親御さんたちの車が何台か停まっていました。

 

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コロニア・オキナワの場所。

サンタクルスへ戻るころには日が暮れてしまいました。駆け足で回った2つの日本人移住地、移民の歴史をさらっと垣間見たにすぎませんが、何か重く心に残る一日となりました。南米の別の移住地も訪ねてみたいですし、日本へ帰ってからでも、移民の本をじっくり読んでみたいと思いました。

 

 
 

 

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コロニア・サンファン 2015年10月13日

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サンタクルスから150キロ離れた・コロニア・サンファンへやってきました。真っ先に歴史資料館を見学したかったのですが、到着したのが12時で14時までは昼休みで見ることができません。

 

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まずは、腹ごしらえとコロニア・サンファンの村の中を探すと、小料理ITOの文字が。日本食レストランのようです。

 

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チャンポンを注文。35ボリビアーノ(600円)。コロニア・サンファンは長崎県出身者が多いそうなんで、チャンポンもメニューにあるんですね。中盛りを頼んだはずなのに、凄いボリュームです。味の方は、私自身がチャンポンを今まで数回しか食べたことないので何とも言えませんが、こんなんだったけ?という微妙な感想です。

 

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町並みはというと、ごく普通のボリビアの町だし、歩いている人もほとんどボリビア人ばかり。日本人が230世帯、約800人くらしているそうですが、どこにいるの?という感じ。でも、車を運転している日本人は居たし、豪邸の表札が日本人の名前でした。確かに住んでいるのでしょう。地主が多いということなので、暑いさなかぷらぷら町を歩いたりしないのかもしれません。

 

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資料館を見学するためには、日本ボリビア協会で受付をして、鍵を借りる必要があります。受付のお嬢さんたちは、日本語で資料館への行き方を説明してくれました。

 

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元々、日本人がなぜ南米へ移民として来ることになったのか。移民第一号は1899年のペルー行きですが、理由は日本が貧しく失業者が多かったこと、そして、当時の南米諸国は日本より豊かで土地があまっており、労働者が不足していたことがあります。両国の利害が一致して移民政策が行われるようになったのです。その後、ブラジルへも移民が増えて行きました。

 

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コロニア・サンファンの場合は、1955年に移民がはじまったのですが、日本で精糖業をしていた西川利通という人が、当時、移民政策に積極的なボリビアで精糖業を起こそうと計画し、呼びかけに集まった14家族88人が最初に入植して、今まで発展してきたようです。

 

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南米で農業で成功したいという思いでやってくる人は多かったようです。船で40日かかってブラジルへ着き、底から列車でボリビアのサンタクルスへ、そこからさらに奥地のサンファンへやってきました。

 

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最初は原生林を切り開いての開拓が続き大変苦労されたようです。当時はもちろん舗装などされておらず、道がぬかるみ移動も困難。ジャングルの中には、危険な動物もいたようです。日本で育った私には、写真や文字で当時の様子を見ても、今一つ実感が湧いて来ません。貧しい日本から豊かな南米へ行き夢とチャンスを掴むというのも想像しがたいことです。

 

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今年で、コロニア・サンファンは移住60年を迎えました。ここで作られるサンファン米はラパスの市場でも見かけました。大変質の良いお米のようです。私も日本食レストランで食べましたが、日本米のように美味しかったです。今はみなさん農業で成功されているようです。半日見学したくらいでは何もわかりませんし、移住初期の苦労も想像できません。ですが、南米にたくさんの日本人移住者が暮らしていることについてもう少し知りたい、というきっかけにはなりました。パラグアイやブラジルにも移住地があるようですので、機会があればまた訪ねてみたいと思いました。

 

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コロニア・サンファンの場所。

 

 

 

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サンタクルスでの1週間 2015年10月8日~13日

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サンタクルスでは、まず、タイヤの交換をしました。タイヤを履き替えました。前タイヤは、カナダ・バンクーバー以降4万2000キロぶり。後ろは、コロンビア・ボゴタ以降1万7000キロぶり。しかし、良くも減らないものです。私が日本で乗っているテネレ660など8000キロも走ると交換時期です。このバイクが軽量なことと、長距離ツーリングなので、ストップ&ゴーが少ないからこれだけ持つんでしょうね。タイヤは前後で1050ボリビアーノ(18000円)。

 

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サンタクルスの町並みです。首都のラパスに比べると洗練されたイメージがあります。サンタクルスはボリビア第2の都市ということですが、実際はラパスと町の規模はほとんど同じだそうです。高地のラパスに対して、標高400メートルのサンタクルスは気候が全く違い1年中温暖です。ラパスとサンタクルスは対抗意識があるようで、ラパス人はサンタクルス人を怠け者と蔑み、逆にサンタクルス人はラパス人を温かみの無い取り澄ました人と蔑むそうです。

 

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「けんの店」という日本食レストランに行きました。サンタクルスではほぼ毎日通うことになりますが、まずは大好物のカツ丼から攻めてみます。52ボリビアーノ(900円)。味の方はだいたい完璧と言って良いと思います。しいて言えば卵が半熟の方が好みですが、ボリビアのお客さんを意識してしっかり火を通しているのでしょうか。実際いつ行ってもボリビアのお客さんで超満員なんです。土日などは席が空くまでしばらく待たないといけません。後は、汁がもうちょっと少なくても良かったかなという感じです。味噌汁がとても美味しかったです。油揚げなど本当に久しぶりでちょっと感動してしまいました。

 

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「けんの店」来店2回目は醤油ラーメン。36ボリビアーノ(600円)。ここサンタクルスが本店でラパスの「けんちゃん」は2号店ということです。ラパスでも同じくラーメンを注文しましたが、麺がサンタクルスの方が美味しいです。私としてはもう少し細目の方が好きですが、喜多方ラーメンっぽくてこれはこれでなかなかでした。

 

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「けんの店」来店3回目は生姜焼き定食。52ボリビアーノ(900円)。味は完璧でした。私も料理は好きな方なので生姜焼きは良く作ります。こういうの食べると日本が懐かしくなりますね。キャベツの千切りはもう少し細く切ってほしかったですね。お米はラパス店よりおいしい気がしますが、標高の違いでしょうか。量を考えるとカツ丼よりお得感もありました。

 

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「けんの店」来店4回目。エビフライ定食。65ボリビアーノ(1100円)。エビフライが3本、白身魚フライとコロッケが付いていました。タルタルソースが付いているのが良いですね。これだけ日本ののままの定食がボリビアで食べることができることに感謝です。

10月10日には、NHKラジオ第一の「ちきゅうラジオ」という番組に電話で生出演して南米の温泉やお祭りのことなど、約10分間ほどしゃべりました。ボリビアの回線の影響でしょうか、本番直前電話がつながりにくくなるハプニングはありましたが、本番中は電話が途中で切れたりせずに良かったと思います。

 

当初は、サンタクルスに1週間も滞在するつもりはありませんでした。金曜日に日本人移住地であるコロニア・サンファンとコロニア・オキナワを見学して、土曜日のラジオ収録が終わったら旅立つ計画でした。ところが、天気が良かったのはサンタクルスに着いた当日のみ。翌日から崩れて雨や曇り、時には雷雨となり日本人移住地へ行くのは延期せざるを得なくなり、1週間の滞在となりました。大陸性の天気というのでしょうか、崩れるとなると1週間くらい崩れるんですね、今までもカナダやメキシコで同じように足止めをくったことがありましたっけ。でもまあ、サンタクルスは「けんの店」のような美味しい日本食レストランはあるし、泊まっている宿も大道芸人や路上ミュージシャンご用達の商人宿のようで、部屋でケーナの練習をしていても誰も文句は言わないので、居心地はすこぶる良かったですけど。

 

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「スーパーオキナワ」というのがサンタクルスの町にあります。中には日系の食料品店や魚屋、食堂などの店舗が入っています。ここで何と私の大好物、納豆を見つけたのですが...4パック入り、日本の私の家の近所だと48円くらいで売ってそうなやつですけど、それが何と56ボリビアーノ(950円)!ガ・ガ・ガーン!確かにハンガリーで800円出しておかめ納豆を買ったことはあるけれど、950円は高すぎだよ。宿代よりも、生姜焼き定食よりも高いなんて。思えば、3ドルくらいで買えたカナダは安かったな~。見なければ良かった...

 

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喉から手が出るほど欲しい納豆が950円とあって、頭をガツンと殴られたような気分ですが、気を取り直して行きましょう。「スーパーオキナワ」には食堂もあります。オキナワそばが食べられます。一応メニューではUDONとなってますが、味はオキナワそばでした。35ボリビアーノ(600円)。とにかく、スープが美味しい。何でしょうね、鳥とか豚とかの出汁なんでしょうか。醤油ベースでこってり何だけどスッキリみたいな絶妙なバランスです。ボリビアでは決して安い食べ物ではないけれど癖になる味です。「けんの店」も良いけれど、「スーパーオキナワ」あなどれません。

 

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サンタクルスには長く居たので動物園へも行ってみました。「なまけもの」とか居ないかなと期待していましたが、居ませんでした。ペルーのアマゾン地域のプカルパでも動物園に行ったので、基本的に同じような動物ばかりでした。トラ系やカラフルな鳥類が見ごたえがありましたが、日本人の私にはこのアルマジロのような動物も珍しく観察しました。

 

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サンタクルスの町では男性はオーバーオール、女性は中世ヨーロッパのような時代がかった服装で、とても目立つ白人の集団を見かけます。メノナイトと呼ばれる人たちで、電気や自動車(タクシーには乗っていました)という現代では必要不可欠と思えるのものさえ使用せず、原始的な生活を続けています。アーミッシュとはまた違う考え方を持った人たちのようです。今から500年ほど前、宗教的迫害から逃れるためヨーロッパから逃げてきたそうです。世界にはいろいろな人が居るものですね。

 

10月13日、やっと天気が回復してコロニア・サンファンとコロニア・オキナワの両日本人移住地を見学してくることができました。

レポートはこちら。

コロニア・サンファン

コロニア・オキナワ

 

明日は、サンタクルスを出発します。
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