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15日

北朝鮮旅行 最終回 (韓国側から板門店へ 2013年9月10日~13日)

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韓国のソウルへやって来ました!ソウルでは韓国のバイク友達と1年ぶりの再会です。ローカルムード漂う居酒屋へ連れて行ってもらい、美味しい料理とマッコウリ、韓国焼酎で乾杯。何だか最後の頃は良く覚えていないんですが、気持ちよく酔っぱらうことができました。

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翌日、板門店へ向かうはずでしたが、急遽南北間での対話が板門店で行われることになり、板門店ツアーは翌日の12日に延期となりました。ネットで調べてみると、今日の対話の中で、4月からストップしていた開城工業団地の操業が16日から再開されるように決定したそうです。その他、金剛山観光の再開や離散家族の面会なども検討されたということです。

金剛山というのは北朝鮮側にある景色の美しい観光地です。現在は北朝鮮側からしか行けませんが、2003年から2008年までの5年間だけ、観光事業として韓国側からも入れた時期がありました。韓国人女性が誤って立ち入り禁止区域に入って北朝鮮兵に射殺された事件を覚えてる方も多いと思います。射殺された2008年7月11日以降現在まで、韓国側からの金剛山観光は中止されたままです。

ツアーが延期になったので、今日は戦争記念館へ行ってきました。午後から見学をはじめましたが、想像以上に見応えのある施設で閉館時間ぎりぎりまで見学してしまいました。入場料も無料だし、ボランティアで日本語のガイドをしてくれる人もいて、朝鮮戦争についての理解が深まりました。ガイドに疑問に思っていたことを質問してみました。朝鮮戦争の停戦協定調印式に国連と北朝鮮と中国が参加したが、なぜ、韓国が参加しなかったのか。ガイド曰く、当時の韓国大統領の李承晩は停戦に反対して南北統一を進める考えだったから、という答えが返ってきました。統一というと、軍隊をさらに北進させ北を全滅させるということですか?と聞き返すと、ちょっと、嫌な顔な顔をして韓半島の統一を願っていた、ということです、といって、すぐに別の話題に切り替えました。

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北に占領されていたソウルを仁川(インチョン)上陸作戦で奪還したときの様子を紹介したコーナーもありました。

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戦争記念館を出るともう夕方になっていました。見学しようとしていた世界遺産の景福宮も時間的に無理。地下鉄で安国駅まで移動して、三清洞あたりをぶらぶら散歩してみます。この付近は韓国の伝統的なもの、と現代的なものがうまく融合したオシャレなエリアのようです。

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仁寺洞まで歩いて適当なお店に入り夕食。ビビンバ、スンドウフチゲ、ビールで2人で3000円ほど。韓国料理は北朝鮮より美味しいと思います。

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翌12日、板門店&DMZツアーに出発です。ツアー料金は一人10000円でした。

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北朝鮮の板門店ツアーと違って韓国の板門店ツアーには厳し規則がありました。服装は、Tシャツ、半ズボン、軍服、サンダル不可、車椅子、傘、杖の持ち込み不可。北側を指さしてはいけない、軍人に話しかけてはいけない、見学中は2列になって歩くなどです。途中ずっと写真撮影が禁止されていて、ここ、韓国側の自由の家まで入ってきてはじめて正面の写真撮影のみOKとなりました。向こう側には1週間前に訪れた北朝鮮側の板門閣が見えます。

板門店で起きた有名なポプラ事件についての説明が、北朝鮮側と韓国側で違っていました。北朝鮮側では、共同管理区域にあるポプラの木を国連軍が勝手に伐採を始めた、直ちに中止するよう申し入れたが聞き入れなかったため事件が起きた、と説明を受けました。韓国側では事前にポプラの木を剪定することを申請済みだったので合法的な作業だったのに、北の兵士が中止するよう言ってきた。さらに作業を続けると、斧を振りかざしてきて2名が殺された、という説明でした。どちらが正しいのか、どちらも正しくないのか、今となっては謎です。

さらに、北朝鮮側では聞かなかった説明があります。過去に何度か板門店は亡命の舞台となっているということです。1984年には、ソビエトの大学生が北朝鮮の板門店観光ツアー中に南側へ走って亡命、銃撃戦となり、北の兵士3名、南の兵士1名が犠牲になったということです。その亡命した大学生は今はアメリカで暮らしているそうです。1998年には警備中の軍大尉が北から南へ軍事境界線を越えて亡命したそうです。

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軍事境界線上にある軍事停戦委員会本会議場に入りました。ここで南北の重要な会議が開かれているわけですね。

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国連軍の兵隊さんです。

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こちらは、板門閣を警備する北朝鮮の兵隊さんを望遠レンズで撮影したもの。

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昼食はツアーの皆さんと一緒にドライブインでプルコギ定食でした。ドライブインで飼われていた犬です。板門店で緊張したので犬で和ませていただきました。

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昼食後は第3トンネル見学です。ここはモノレールで地下まで下ることができました。トンネルは1978年に発見されたそうです。トンネルは長さ1635メートル、高さ1,95メートル、幅2,1メートル、深さ73メートルの地下にあります。北朝鮮側はトンネルは韓国側が掘ったものと主張し、韓国側は北朝鮮が掘ったものと主張しています。ガイドの説明ではダイナマイトの破片から北から南へ掘削したことが明らか、トンネル内に塗られた石炭のススは発見されたときカモフラージュするためのもの、掘削の角度が北の方角に3度低くなっている、トンネル入口に向かって水が流れるよう掘るのが掘削技術の常識で逆はありえない、以上3点から、北が掘ったことを証明できると言っていました。また、脱北者の証言が発見の決め手になったということです。現在、4つのトンネルが発見されていますが、他にもまだたくさんあるのではないかということです。

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臨津閣(自由の橋)の鉄格子とトンボ網。昨年韓国ツーリングをしたとき、日本海側の海岸線に延々何キロにも渡ってこのようなトンボ網が張られていたのを思い出します。

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ガイドも最後に言っていましたが、北朝鮮側が嘘を付いている、決まりを守らないなど憤りの感情は韓国人皆が持っていると思う、でも、私たちは北も南も同じ民族である、私たちには兄弟同士で殺し合いをしなければならなかったような、悲しい歴史がある、北も南を誤解し、南も北を誤解している面がある、望むのは憎しみ合うことではなく、統一して今度は一緒に歴史を歩んでいくこと、そう言っていました。

韓国と北朝鮮は、道路はもちろんのこと鉄道もいつでも走れるよう準備できているということです。ここ都羅山駅は、現在は使われていませんが、統一されれば韓国側の一番北側にある重要な駅になるそうです。統一を願う象徴的な場所として観光コースに組み入れられているようです。

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都羅山駅のプラットホームには平壌205キロ、ソウル56キロの表示版がありました。線路はつながっているし、列車もスタンバイOK、あとは祖国統一を待つだけというわけです。

駅構内には統一されれば韓国からヨーロッパまで鉄道でつながることが世界地図で表記されていました。

バイク好きの私たちとしては、釜山発のユーラシア大陸横断なんて面白そうだなと思います。かつての冷戦時代、中国やソビエトが今のような国になることを誰が想像できたでしょうか?

夢が夢で終わらず、いつの日か統一万歳!と叫ぶ日が来ることを切に願います。

 

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北朝鮮旅行 その7 (中国の湯崗子温泉へ 2013年9月8日~9日)

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昨日、北朝鮮から中国へ戻ってきて、そのまま鞍山という町までバスに乗ってやってきました。バスターミナルのすぐ前にある安隆賓館が私たちの泊まった宿。1泊朝食付き2人で130元(約2200円)。招待所と呼ばれる宿泊施設はもっと安いのですが、外国人は泊まることを認められていません。外国人が泊まれる宿となると、このくらいから上のクラスになってしまいます。こんなに発展してしまう前にもっと中国を良く見ておくべきだったなぁと思います。

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宿の朝食はバイキングスタイルでした。なかなか美味しいです。中国の人はたくさん食べるんですよね。周りの皆さんのお盆はどれも山盛りでした。

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路線バスに30分くらい乗って、湯崗子温泉へ行ってみました。周辺では巨大なスパリゾートを建設中でしたが、私たちが目指すラストエンペラーのために作られた「龍池」があるのは病院もありホテルもありという温泉療養センターの一角です。中国の温泉はロシア人に人気のようで、観光客もたくさん見かけました。

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日本植民地時代の1930年代、対翠閣という旅館の中にラストエンペラー溥儀を迎えるために「龍池」は作られたそうです。「龍池」はそのままに、対翠閣は龍宮温泉と名前を変え1997 年にリニューアルされました。

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館内にはラストエンペラー溥儀が「龍池」を訪れた当時の写真が掲示されていました。

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入浴料金296元(約5000円)を払って中へ入ります。貸切で2時間ということですが、あまりにも高すぎます。もう、ここまで来たらやけっぱちです、「龍池」入浴を目的にここまで来たんだから入るしかないでしょう。温泉は柔らかなアルカリ性の泉質でした。調べたところによると、ラドン、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、硫黄、アルミニウムなどを含むとありましたが、ごく微量と思われます。日本の温泉法では単純温泉に分類されるのではないかと思いました。お湯の良さもさることながら、壁と天井に施された龍の立体的な模様に圧倒されます。浴槽は直径2メートルくらいの円形でした。分不相応に立派なお風呂というのはあまりリラックスできるものではなく、日本に戻ったら東北の鄙びた温泉に浸かりたいなぁ、と思うのでした。

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浴槽のある部屋の奥にはシャワーや寝そべって休憩できるスペースもありました。

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温泉を出て鞍山までバスで戻って昼食です。「地下街美食城」という、名前そのままの地下の食堂街です。色々なメニューをそろえた店が集まっているし、料理が写真で一目瞭然なので、このシステムは中国語がわからない旅行者にはありがたいです。

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四川担々麺7元(約120円)と小籠包7元とビール5元(約85円)の昼食。中華料理万歳!本当に何食べても美味しい!

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中国の白バイです。もちろん中国製のバイク。今回びっくりしたのが、エンジン付きのバイクはこれだけしか見かけなかったこと。瀋陽市でも鞍山市でも見かけるバイクは皆電動バイクばかりでした。ヘルメットをかぶらなくても良いらしく、しかも、歩道走行可のようでした。広い国なので、他の地域はどうだかわかりませんが、遼寧省の市街地近郊はエンジン付きバイクは乗ってはいけないことになったのかもしれません。いつか、中国大陸を自分のバイクで走り回りたいという夢を持っているので、これはいやな傾向ですね。

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瀋陽市へ戻ってきました。中国は毎回の食事が楽しみ。手前右から豚肉とにんにくの芽炒め22元(約370円)、白菜と木耳炒め12元(約200円)、餃子16元(約270円)、後ろがチャーハン8元(約140円)、ビール5元(約85円)。チャーハンにキュウリが入っているのにはびっくりでしたが、新鮮な感覚で美味しかったです。

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翌日は朝鮮人街へ行ってみました。瀋陽の朝鮮人街は中国では最大のものだそうです。なぜ、中国に多くの朝鮮人が住んでいるのかというと、日本植民地時代に朝鮮を統治するために置かれた朝鮮総督府という機関がありました。その朝鮮総督府による政策で朝鮮から旧満州に移住された人たちが約60万人居たということです。日本が敗戦して朝鮮が独立したとき大部分の人たちが故郷へ戻りましたが、中国に残留した人も居て、その人たちの子孫が中国東北部にたくさん住んでいるのです。

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写真は自分のできる仕事内容を書いたプレートをぶら下げて仕事の誘いを待つ人たち。

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次に回族人街へ向かいました。中央アジアを旅したときに食べたのと同じようなパンを窯で焼いているおじさんがいました。ちょうどお昼時なので1枚買ってみることにしました。1枚3元(約50円)。

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隣の屋台でシシカバブも買いました。1本3元。

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んん~ん。中国に居ながらにして思いは遥かかなたシルクロードを駆け巡っています。たまらんなぁ。

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北朝鮮と違って、中国には野良猫もいっぱいいました。

明日は韓国ソウルへ飛びます!
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