ぽこけん

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09月

北朝鮮旅行 その3 (平壌から板門店へ 2013年9月4日)

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平壌ナンバー1の高級ホテルである高麗ホテルに宿泊しています。私たちの泊まっている13階の部屋からも街の様子をちょっとだけ見ることができます。これはちょうど朝の8時ころ。平壌市民の出勤風景です。

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平壌市の中央部とはいえ、たいして車の交通量もないわけですから、道路を歩行者が渡っても危なくはないのですが、市民の皆さんひとり残らず、きちんとルールを守って道路の向こう側へ渡るときは地下道を利用しています。

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ガイドと一緒に今日は、開城(ケソン)にある板門店の観光へ向かいます。開城は高麗時代には首都であったところで、第2次世界大戦終結時は、アメリカとソビエトによって引かれた38度線より南にあったため韓国側の町でしたが、その後の朝鮮戦争終結時には両国軍の支配下にあった地域に基づいて国境線が現在のように引かれるようになり、開城は北朝鮮の町となったそうです。この絵は板門店に掲げられていました。朝鮮民族の祖国統一を願う意味が込められているということです。

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軍のガイドです。最初に板門店の経緯や全体像などを朝鮮語で説明してくれました。それを、ガイドが日本語で私たちに通訳してくれます。何度も朝鮮戦争という言葉がでてくるわけですが、その前に必ず「アメリカの引き起こした」という言葉が添えられるのが興味深かったです。中国と北朝鮮側の主張ではそのようになっているようですが、それ以外の世界のほとんどの国、ロシアでさえも、それを否定しているのが現状です。

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中国人の団体観光客、アメリカ人2名、私たち2名がひとつのグループとなって、軍のガイドと一緒に朝鮮戦争停戦会議場、停戦協定調印場へ向かいます。それぞれ乗ってきた車に乗って移動するのですが、ちょうど軍のガイドさんが私たちの車に便乗してきました。そこで軍のガイドのトークが熱くてちょっと参りました。内容は「私たち朝鮮人は自分たちの国を守るために軍備を強くしなければならない、それをアメリカに邪魔される筋合いは全くないはずだがそれに対してどう思うか?」とか、「韓国とアメリカが合同軍事訓練をし、それに日本も協力している、それに対してどう思うか?」「南の同朋を奴隷にし、私たち朝鮮民族の祖国統一を邪魔するアメリカをどう思うか?」などです。それが、一点の曇りもなさそうな純粋な眼で見つめられながらの質問だから本当に参るんです。北朝鮮の軍を相手に議論する勇気もないので、よくわかんないな~、ごめんなさい、と情けなく答える他ありませんでした。

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朝鮮戦争の停戦会議場です。国連は停戦の調印式をテントで行おうとしたそうですが、テントだと、証拠がきちんと残らないことを危惧した北朝鮮が5日間でこの建物を建設したそうです。停戦協定の調印は北朝鮮と国連で行われ、韓国は参加しませんでした。韓国が参加しなかった理由はその1週間後後、韓国の戦争記念館を訪れたときに聞きました。当時の韓国の大統領、李承晩は完全なる独立、南北が統一した国家を作るために、さらに北進し戦いを続けるべきだと主張し停戦には反対していたからだそうです。アメリカは米軍を韓国に駐留させて、北朝鮮の南進を防ぐことを条件に交渉を続けて、最終的には韓国側もこの意見に応じることとなったそうです。右側に座っている大きな体の人はアメリカ人観光客です。ちなみに、北朝鮮にはアメリカ人は入国できますが、韓国人の入国は認められていません。

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北朝鮮側から見た韓国側の「自由の家」です。北朝鮮のあと、中国から大韓航空で韓国へ飛び、一週間後にはあちら側からこちら側を見学する予定です。一体は共同管理区域と言って、調停を遵守するようお互いを牽制しあっているということです。板門店というのは本当は単にこの場所の村の名前だそうですね。真ん中にある建物を横切るように軍事境界線があります。7つある建物のうち、3つの青い建物は国連が建設したもの、グレーの4つは北朝鮮が建設したものだそうです。

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微動だにしない北朝鮮軍の兵隊。韓国に徴兵制度があることは知っていましたが、意外にも北朝鮮は志願制だそうです。軍隊志願者は多く、人気の職業だそうです。皆、国を守るという誇りをもって任務にあたっているのでしょう。

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板門店のお土産屋さんで地図を買ってみました。驚いたことに、朝鮮半島全体が一つの国として表示されています。南と北に国境が引かれていません。そして首都が平壌になっています。ソウルは、と見てみると、申し訳程度に小さな星印で示されているに過ぎません。

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昼食休憩のため、開城市内へ移動しました。今日の昼食は宮廷料理と参鶏湯(サムゲタン)。参鶏湯はエクストラで3000円ということでしたが、北朝鮮でケチってもしかたないし、せっかくなので注文してみました。参鶏湯は朝鮮人参も入っていてとても美味しかったのですが、量が多すぎて食べきれませんでした。北朝鮮は美人が多いんですよね。このレストランのお姉さんもその一人。

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開城の史跡群は今年、世界文化遺産に登録されました。ガイドによると、朝鮮戦争で古い建物が大分壊れてしまったけれど、開城は戦火を免れ比較的古い建物が残ったのだそうです。この南大門も1000年以上前のものだそうです。古い建物だけを見ると南も北も変わらないなぁと思います。古い時代の絵画には、自由に商売が行われていた賑やかな街並みが描かれていました。

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そして、現代の開城の町を見てみると、こんな感じ。

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平壌へ戻ります。祖国統一三大憲章記念塔です。朝鮮の民族衣装、チマチョゴリを着た女性2人が向かい合い、朝鮮半島を支えあっている構図となっていました。

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宿で少し休憩してから、アリラン祭りを見学するため移動します。これは平壌駅前付近の様子。

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大通りを歩く人たち

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北朝鮮の国旗を持って歩いている人たちは、99日の独立記念日のパレードの練習に向かうところらしいです。

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夕暮れ時の平壌の町を自転車で移動する人たち。後ろに見えるのは主体(チュチェ)思想塔。

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金日成広場です。ここでも、独立記念日に向けてイベントの練習が行われていました。

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交通安全員の白バイです。

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アリラン祭りの前に早めの夕食です。この日のメニューは鍋でした。

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夕食後、アリラン祭りの会場であるメーデースタジアムに向かいました。パラシュートを開いたようなユニークな外観の巨大な建物で15万人の観客が入ることができるそうです。

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アリラン祭りのチケットは特等席が300ユーロ、1等席が150ユーロ、2等席が100ユーロ、3等席が80ユーロと4種類あります。ガイドに聞くと、アリラン祭りは高い位置から見た方が楽しめるが、3等だと低い席や端の方になるというので、2等席にしました。アリラン祭りの土産屋のお姉さんも美人でした。

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いよいよアリラン祭りの始まりです。後ろに見える金日成と金正日は壁に書かれた絵ではありませんよ。大勢の人が色ボードを掲げて巨大な絵を表現しています。絵が文字になったり、模様になったり目まぐるしく変わっていきます。どれくらい練習すればできるようになるのかわかりませんが、それが寸分違わぬタイミングで変わっていきます。

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バックボードだけでなくスタジアムの中で踊ったり演じたりする人達のレベルもプロ並みです。が、プロではなく一般市民が労働の後に練習しているということです。出演者は10万人。7月から9月まで週に4日開催されるそうですが、出演する皆さんも大変だなぁと思いました。

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これはテコンドーをテーマにしたショーでした。それ以外にも、朝鮮労働党の偉大さをテーマにしたもの、、抗日運動から朝鮮戦争までの北朝鮮の近代史をテーマにしたもの、幸福な子供たちの未来をテーマにしたもの、発展した科学技術をテーマにしたもの、祖国統一をテーマにしたものなどがありました。

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最後は、「朝鮮労働党の声は全世界へ鳴り響く、永遠の勝利のアリラン」というテーマで幕を閉じました。テーマはさておき、10万人がスタジアムをいっぱいに使って演じきる迫力に圧倒されましたし、一瞬も目が離せないショーのレベルの高さに感動もし、アッという間に時間が過ぎてしまった感じです。

明日は平壌の市内観光をすることになります。

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北朝鮮旅行 その2 (国際列車で平壌へ 2013年9月3日)

 

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中国の旅行会社とのメールでのやり取りでは、93日の朝830分に丹東駅入り口でまっていれば、王さんという女性が現れ私たちに北朝鮮のビザと平壌までの国際列車の切符を渡してくれるということになっています。ここまで来てみたものの、本当に王さんなる人物が現れるのか830分までは不安が少しありました。

 

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時刻は830分、大丈夫なのか?と思っていると、王さんが現れました。北朝鮮のビザと平壌行きの切符をもらいます。日本語は話せませんが、英語で、845分から丹東駅2階で出国手続きが始まること、列車の番号と座席番号の確認、平壌までは私たち2人だけになるが、平壌駅に着いたら北朝鮮のガイドが待っていることなどを説明してくれました。

 

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これが北朝鮮のビザです。表にツーリストカードと書かれています。

 

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中身はこういうふうに、顔写真とデータが書かれています。北朝鮮への出入国のスタンプは全てこのツーリストカードに押されるため、パスポートには北朝鮮に入国した証しは残らないということです。

 

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これが切符です。

 

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丹東駅2階の出国カウンターです。たくさんの朝鮮人に交じって意外にも外国人観光客も数名いました。日本人も私たちの他に男性が1名いました。旅行コースがほとんど一緒のため、彼とはこの後いろいろな場所で再び会うことになりました。

 

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いよいよ出発です。列車には北朝鮮の国章と丹東発平壌行きの文字が書かれていました。

 

 

ところで、北朝鮮という国をなぜ旅行しようと思ったか、ですが、きっかけは昨年の韓国ツーリングです。韓国の北部の海岸沿いは鉄格子があり厳重に警備されています。バイクで行けるところまで行って見ようと軍事境界線近くまで走り、兵隊さんと記念撮影もしてきました。束草(ソクチョ)という町では故郷は北朝鮮だけれど、戦争で帰れなくなったという80歳のおじいさんにも会いました。同じ民族なのに、北と南になぜ別れてしまったのか、そして、なぜいまだに統一が叶わないのか、本などは読んでみたものの、それでは飽き足らず、軍事境界線の北側にはどんな町があってどんな人たちが暮らしているのかという思いが強くなり、実際に見てみたくて今回の旅行にきました。北朝鮮というお国柄、旅行に行ったからといってベールに包まれた外側の姿しか見れないかもしれません。でも、それもこの国の姿には違いがありませんし、将来、南北両国が統一し、自由にツーリングできるような時代が来たとき、自由に旅行できなかった時代を知っていた方が楽しめるはず、と思って今回来てみました。

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最初に止まる北朝鮮側の駅で出入国管理と税関の職員が列車内に乗り込んできて、ひとりひとりの荷物をチェックします。パソコンは持ち込みOKでした。それと、携帯電話もメーカーと品番を控えるのみで持ち込みOKGPS機能のあるものはダメらしく、カメラなどをみても、GPS機能付きかどうかを確認していました。地球の歩き方韓国編を持っていたのですが、写真付きのページを興味深々という感じで見入っていました。没収されるのかと思いましたが、ちゃんと返してくれました。

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いくつかの駅を通りすぎていきますが、必ず、金日成と金正日の大きな肖像画が掲げれれていました。このコンビを見ると、ああ、本当に来たんだなぁと実感します。

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車窓から見える田舎の風景。もちろん日本や韓国に比べれば格段に貧しそうな人たちの営みが見えるわけですが、マスコミで報道せれるように食べるものに困っているようには見えません。のどかな田舎の風景に見えます。しかし、何かが不自然なんですよね。その理由がわかりました。物を売っているお店や食堂らしきものがほとんど見当たりません。実際にはあることはあるのかもしれません。私がたまたま見かけなかっただけなのかもしれません、それにしても、そういうお店の数が他の国に比べて極端に少ないのは事実でしょう。

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女性の鉄道員さんです。背筋をぴんと伸ばし、直立して列車の運行を見守っていました。

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駅に止まっていた鈍行列車。

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集合住宅のようです。赤い塔には何かスローガンらしきものが書いてあるのでしょうか。朝鮮語が読めれば楽しいでしょうね。残念ながら何が書いてあるのかわかりません。

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740分、平壌駅に到着しました。

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北朝鮮のガイドも何という人かもわからなかったのですが、何も心配はいりませんでした。ガイドの方では、私たちの情報を把握しているので向こうから私たちを探し出して声をかけてきました。

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ガイドの金さんという男性、黄さんという女性、2人とも日本人と変わらないくらい流暢な日本語を話します。彼らに連れられ平壌で一番高級な高麗ホテルへ向かいました。やはり、平壌ナンバー1のホテルでもインターネットはできないようです。テレビに関しては、日本のNHKワールドを始め、アメリカのCNNや中国の番組も見ることができましたが、朝鮮人が宿泊する場合は放送受信に制限をかけ、北朝鮮の番組しか見れないようにするということでした。

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まずは、入国に乾杯です。北朝鮮の大同江ビールなかなか美味しいです。

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ホテルで夕食です。ガイドの説明によると明日は板門店へ観光にでかける予定ということで、楽しみです。

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北朝鮮旅行 その1 (国境の町丹東へ 2013年9月1日~2日)

いよいよ念願の北朝鮮旅行に出発です。ところが、しょっぱなからハプニング。9時30分に成田空港から韓国のインチョン空港へ向けて出発した飛行機がエンジントラブルのため、再び成田空港へ引き返すことになってしまいました。大韓航空側からの説明によれば機体整備とパーツ交換のため午後2時30分に変更になるとのこと。

インチョン空港から先の乗継便の調整やら、キャンセルする人達の対応で空港スタッフはてんやわんやでしたね。私も乗継ぎ便を調整してもらうため、長い列に並んで待ちましたが、ラインはいっこうに縮まりません。待ちに待ったあげく、午後3時ころインチョンに向けて出発できる準備ができたということで、ゲートへと案内されました。しかしながら、乗継ぎ便のアレンジをしてもらってないので、目的地の中国瀋陽へいつ着けるのかもわかりません。大韓航空のスタッフの説明によれば、インチョン空港で改めて乗継ぎのアレンジをしてくれるということです。image_022_30_18飛行機は結局最初の午前9時30発から6時間遅れの午後3時30分に成田空港を出発しました。インチョンに到着したら、また、乗継カウンターに並ばなきゃいけないのかなぁと思っていましたが、着いてみると、翌日7時40分発の瀋陽行きのチケットを準備してくれていて、ホテルを準備してあるからイミグレーションの手続きが終わったら大韓航空のカウンターへ行ってください、と言われました。

image_122_30_19シャトルバスに乗ってインチョンの指定のホテルへ向かいます。北朝鮮のツアー待ち合わせは明後日の朝、中国側の国境の町丹東なので、明日午前7時40分発の瀋陽行きの飛行機に乗れるなら何とか間に合いそうです。1日余裕をもって予定を組んでおいて正解でした。

image_023_15_19ホテルは自分でお金を払っては泊まらないような高級ホテルでした。夕食も付いていました。ですが、大韓航空のスタッフが申し訳ありませんと神妙な顔で配っていた一人30000ウォン(約2700円)分のクーポン券はホテルで使えるわけではなく、次回大韓航空のチケットを買うときにしか使えないそうです。夕食は無料でしたが、このホテル、飲み物がやたらと高い!部屋の冷蔵庫のビールが7000ウォン(約630円)、夕食時にレストランで飲むビールは10000ウォン(約900円)もします。なので、私たちは無料の水で夕食を流し込み、食後に3ブロックほど離れたコンビニでコリアン焼酎を1200ウォン(約100円)で買ってきて飲みました。3ブロックといってもだだっ広いエリアなので1キロくらい離れてました。いくらタダでも高級ホテルはやっぱり不便だなと再認識しました。

image_222_30_20翌日、予定通り午前7時40分発インチョン発中国瀋陽行きの飛行機で無事に到着。タクシーで遼寧省高速バスターミナルへ行きました。料金は69元(約1170円)。中国はすごいですね。めちゃめちゃ発展してます。こんな地方都市でも人口700万人、街にはビルが立ち並び、以前に比べればゴミも少なく綺麗な印象。

image_622_30_21バスターミナルの待合室です。チケットも並ばずに買えたし、トイレも無料でした。掲示板等もシステマチックで外国人が見ても時刻表なども一目瞭然。中国はどんどん変化し続けているのかもしれません。

image_322_30_20バスターミナル2階にはマクドナルドと美国加州牛肉麺(カリフォルニアスタイルのラーメン屋)というのがありました。カリフォルニアというか、日本人の私にはどうみても中国スタイルにしか見えないんですが店構えはファストフード店ぽい感じです。牛肉麺なんて8年前の中国では5元くらいの印象でしたが、この店は何と17元(290円)、ビールは6元(約100円)でした。物価が高騰しているのか、カリフォルニアだから高いのかまだ入国間もないので不明です。

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瀋陽のバスターミナルで丹東行きのチケット84元(約1430円)を買って、12時ちょうど発のバスに乗り込んだのは良いのですが、クーラーが壊れていたようでお客がブーブー文句を言い出し、皆バスを止めて降りてしまいました。私は、またかよと思って、ちょっと暑いくらい我慢するからとにかく進んでくれと言いたかったのですが、全く言葉は通じないので皆に従うほかありません。そのうちお客ののひとりがバス会社に電話して交渉したようです。30分ほど皆と一緒に路上で待っていると、新しく別のバスが到着しました。人民パワーすごいです。

image_522_30_21そして、3時間バスに揺られ午後4時に丹東に到着。これで一安心。明日朝の北朝鮮ツアーの待ち合わせはこの丹東の鉄道駅中央口です。そして泊まったホテルはすぐ横の丹東端心丹鉄大酒店1泊148元(約2520円)でした。立派そうに見えるホテルですが割と安く済みました。英語はほとんど通じません。

image_1422_30_24ホテルの部屋は13階、部屋からの眺めもなかなか良いです。インターネットもつながりました。なぜかフェイスブックはNGでした。アクセスできるサイトが限られているのかもしれませんね。しかし、北朝鮮との国境の辺境の町なのにここでも人口200万人というのだから中国はすごいですね。

image_722_30_21ホテルで休憩したら、早速、丹東の町をぶらぶらと歩いてみることにしました。北朝鮮と国境を接しているだけあって、朝鮮族の人が多いのでしょう。朝鮮人街もありました。

image_1922_30_26そして、駅から1キロくらい東へ歩くと鴨緑江という川にぶつかります。対岸はもう北朝鮮です。明日はこの鉄橋を列車に乗って越えていく予定です。

image_922_30_22北朝鮮との国境というと、もっと、物々しい雰囲気なのかなと思いましたが中国人の観光客もたくさんいてのどかなものでした。北朝鮮と丹東の町は鴨緑江を挟んで中朝友誼橋で結ばれ、列車と車両が行き来しています。その橋のすぐ横に平行するように、鴨緑江断橋というのがあります。昔、日本軍が建設した鉄橋ですが、朝鮮戦争のときアメリカ軍による爆撃で壊れたままになっています。その橋のおれた部分まで歩いていくことができ、丹東一の観光スポットにもなっているようです。入場料は27元(約460円)。

image_1722_30_26爆撃で破壊された橋の途中まで行くと、北朝鮮がもうほんのその先に見えます。そして中国人観光客を乗せた遊覧船が鴨緑江を優雅にクルーズしているのを見ることができました。

image_1822_30_26鴨緑江を挟んで写真の右側は中国の丹東、左側は北朝鮮です。右にはビルが立ち並び夕方ともなるとキラキラと明かりが灯って輝いているのに比べると、北朝鮮側は対照的な風景が広がっていました。

image_1622_30_25観光地である中朝友誼橋付近には北朝鮮グッズを売るお土産屋台がたくさん出ていました。

image_1122_30_23私たちもせっかくなので、北朝鮮の紙幣セット25元(約424円)と、

image_2122_30_27バッジ、1個25元(約425円)を買って見ました。明日、北朝鮮に入国したときに没収される可能性もあるのでたくさんは買わず2つだけにしておきました。

image_2022_30_27夜暗くなるまで、橋の近くをあちこち歩いているとライトアップのためのあかりが点灯しはじめました。増々、川沿いを歩く観光客や地元の人が多くなり、踊りなど様々なパフォーマンスをする人、カラオケをする人などでにぎわい始めました。ですが、対岸はいつまでも暗いままでした。

image_1222_30_23駅の近くまで戻って、この店で夕食を食べることにしました。決め手は安そうなのと、適度にお客さんが入っていたこと。

image_1322_30_24手前は尖椒干豆腐(ピーマンと乾燥豆腐の炒め物)、奥が家常豆腐(店オリジナルの豆腐料理、この店の場合は揚げ豆腐ときくらげ、ピーマン、ニンジンのあんかけでした)、ごはんとビール。2人で37元(約630円)でした。

さて、明日はいよいよ北朝鮮に入国です。

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