ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


09月

ベトナムのバイクはどうする?

昨年、タイ・ラオス・カンボジアツーリングで使ったバイクをタイの友人宅で保管してもらってます。110㏄のカブですが、よく走ってくれました。本当ならこのバイクでラオスを抜けてベトナムへ陸路入国できれば良いのですが、ベトナム側でバイクでの入国を拒否されるケースが多いようです。

バイクで駈けるインドシナ

World Walk

今や立派な観光国ベトナムなんですが、どうも昔からバイクで陸路入国は難しいようです。賄賂を払って入国できたケースなどはあるかもしれませんが、今も合法的には難しいようですね。早く、時代に即した法律に改正されてほしいものです。

ミャンマーもバイクで陸路入国は難しいようです、民主化が進んで早く法律が改正されないかなぁと思います。あの韓国でさえ、日本からバイクで入国できるようになったのは2005年以降ですから、バイク持ち込みなどの法律が変わるのには大分時間が掛かるんでしょうか。

 image_009_43_50

あっ、今日は写真が無くて寂しいので我が家に遊びに来ているお隣のトラに時々登場してもらうことにします。トラさんよろしくお願いします。

ベトナムもバイクで合法的に陸路入国ができるようになれば良いのですが、現段階ではちょっと難しそうという話でした。でも、こういうことの変更はいきなり発表されたりするから、案外、入れる日は近いかもしれません。

image_109_43_51

で、今年の12月ころからベトナムツーリングしようと思っているのですが、バイクをどうするかです。

そもそもベトナムは国際運転免許証が通用しないのですが、レンタルバイク屋さんはたくさんあるらしいのです。国際免許が通用しない、ジュネーブ条約に加盟していない国はけっこうたくさんあって、私たちも今までそういう国で、堂々と国際運転免許証を提示してきましたがまったく問題はなかったし、罰金や賄賂も一度も払っていません。だいたい、末端の警察官はそんなこと知らないことの方が多いです。なので、関係ないってことはないですが、免許はまあしかたがないですね。頼むから、早く加盟してくれよと祈るしかありません。

image_209_43_51

レンタルは可能ですが、問題はベトナムという国が非常に長いということです。日本に置き換えると、札幌でバイクをレンタルして鹿児島までツーリングした後、また札幌までバイクを返却しに行くとなるとうんざりしてしまいますよね。日本のレンタカーのような乗り捨てのシステムはなさそうだし、列車に積んで戻ってくるのが可能なのか、費用はいくらくらいかかるのかもわかりません。知っている人いたら教えてください。

image_309_43_52

もう一つ、バイクを購入してしまうという方法が考えられます。

このあたりで売ってるよ、なんてブログで紹介してくれている人も居ます。

GO→世界

ハバタクアソシエイトの奇妙な冒険

たびそら

うまいこと、安くて程度の良い中古バイクが手に入るかどうか、こればかりは行って見ないとわかりません。 それに、購入以上に売却するのは手間がかかるような気がします。バイクが売れるまで旅が足止めになってしまうのも時間がもったいないです。

ということで、どうしようかなぁと悩みは尽きないわけです。

今日はトラさんありがとうございました。

にほんブログ村 旅行ブログへ

中南米はどのバイクで旅行しようか?

北朝鮮旅行から帰ってきました。

昨年4月末に退職してから怒涛のように旅行をしまっくていましたが、ちょっと一休みです。

今年の12月から東南アジアツーリングの続きをする予定ですが、2か月くらい時間があるので来週から米の放射性物質検査のバイトをすることにしました。久しぶりに仕事をするのも新鮮で楽しみです。

12月からの東南アジアツーリングは昨年時間切れで行けなかったベトナムとマレーシアを中心にまわる予定。

そして、来年は中南米をツーリングする予定です。私(けんいち)も妻(ぽこ)も中南米は18年くらい前、ちょうど阪神淡路大震災のあったころに行っているのですが、また行ってみたくなりました。18年経って変化した様子も見てみたいですし、当時はお金がなくて行けなかったイースター島やガラパゴス島へも行ってみたいなとも思っています。カナダやオーストラリアなど行ったことのない地域のツーリングもちょっとは頭を過ぎりましたが、やはり、私たちにとっては南米の魅力の方が大きいです。行ったことのない国を先にして、行ったことのある国を後回しにした方が、世界一周には都合が良いのでしょうが、人生いつどうなるかわからないので、余計な計算はせずに行きたい順番に行くのが賢明だろうという判断です。この分だと、人生を終えるまでに世界一周をできないかもしれません。

出発はまだ先ですが、バイクはどうしようかなと思ってネットで調べてみました。未定ですが、アメリカのカリフォルニアを出発地にしようかなとも思うので、アメリカのバイクメーカーのホームページをのぞいてみました。

image_109_49_09まず、第一候補はYAMAHA XT 250

新車でUS$5190(約52万円)、ぽこはこれが良いと言うでしょう。日本でも同じモデルに乗ってます。

image_009_49_09SUZUKIのホームページを見てみるとこんなのもありました。

DR200SE 昔、日本でも販売されていたジェベル200ですね。

新車価格がUS$4199(約42万円)と安いのも嬉しいし、燃料タンクが13リットルというのも気に入りました。

その他、ホンダやカワサキで出ているモデルはシート高の問題でぽこは選ばないでしょう。前回のユーラシア・アフリカツーリングではけんいちがSUZUKIのジェベル、ぽこがYAMAHAのセローでした。基本的に、旅は好きなバイクでするのが一番とは思いますが、スペアパーツをそれぞれに持つというのは、効率が良くありませんでした。その他、釣り道具やら楽器やらパソコンなども積むとなると、できるだけ荷物をコンパクトに収めたくともかなりの分量になってしまいます。夫婦ならツーリング荷物の大半を占めるキャンプ道具を共有できるので、随分荷物を少なくできます。そして、いっそのことバイクも同じにしてしまった方がスペアパーツ等の荷物も減って、かなり快適にツーリングできると思うのです。

ゆっくりな旅なので、もっと小さなバイクでも良いですね、選択肢としてはクロスカブを日本から送るというのもありますが、輸送費を加えるとかなり高額になってしまいそうなので、現実的にはやはりこの2台のどっちかをアメリカで買うのが良いのだろうなと考えています。パーツもこの2台なら南米でも問題なく手に入るのではないでしょうか。

いろいろ考えるのは楽しいですね。それと気になるのは最近のブラジルなどの急成長があります。物価が上がってしまって18年前とはだいぶ変わってしまっているでしょう。私たちの世界旅行はある意味、経済格差に支えれれているという一面も否定できません。日本に比べて旅行先の物価が安いからこそ私たちのような一般庶民でも長期の世界旅行ができていたのも事実です。世界中が発展して豊かになり、便利で快適に旅行ができるようになってほしいという願いと、旅行費の負担がどんどん増えていくというジレンマが交差し複雑な思いもあります。

中南米の魅力は何といっても、自然も素晴らしいですが、先住民族のインディヘナの人々の文化、それと後からやってきたヨーロッパ人が交りあって作られた独特の文化にあると思います。影響の受け方も海辺とアンデスのような山ではまったく違うのも面白いです。ブラジル以外の国ではスペイン語さえ覚えれば旅がしやすいのも良いです。難点はあまり治安が良くないこと。最近はどうなのかなぁ、少しは良くなっているのでしょうか。

にほんブログ村 旅行ブログへ

北朝鮮旅行 最終回 (韓国側から板門店へ 2013年9月10日~13日)

image_016_04_59

韓国のソウルへやって来ました!ソウルでは韓国のバイク友達と1年ぶりの再会です。ローカルムード漂う居酒屋へ連れて行ってもらい、美味しい料理とマッコウリ、韓国焼酎で乾杯。何だか最後の頃は良く覚えていないんですが、気持ちよく酔っぱらうことができました。

image_216_05_00

 

翌日、板門店へ向かうはずでしたが、急遽南北間での対話が板門店で行われることになり、板門店ツアーは翌日の12日に延期となりました。ネットで調べてみると、今日の対話の中で、4月からストップしていた開城工業団地の操業が16日から再開されるように決定したそうです。その他、金剛山観光の再開や離散家族の面会なども検討されたということです。

金剛山というのは北朝鮮側にある景色の美しい観光地です。現在は北朝鮮側からしか行けませんが、2003年から2008年までの5年間だけ、観光事業として韓国側からも入れた時期がありました。韓国人女性が誤って立ち入り禁止区域に入って北朝鮮兵に射殺された事件を覚えてる方も多いと思います。射殺された2008年7月11日以降現在まで、韓国側からの金剛山観光は中止されたままです。

ツアーが延期になったので、今日は戦争記念館へ行ってきました。午後から見学をはじめましたが、想像以上に見応えのある施設で閉館時間ぎりぎりまで見学してしまいました。入場料も無料だし、ボランティアで日本語のガイドをしてくれる人もいて、朝鮮戦争についての理解が深まりました。ガイドに疑問に思っていたことを質問してみました。朝鮮戦争の停戦協定調印式に国連と北朝鮮と中国が参加したが、なぜ、韓国が参加しなかったのか。ガイド曰く、当時の韓国大統領の李承晩は停戦に反対して南北統一を進める考えだったから、という答えが返ってきました。統一というと、軍隊をさらに北進させ北を全滅させるということですか?と聞き返すと、ちょっと、嫌な顔な顔をして韓半島の統一を願っていた、ということです、といって、すぐに別の話題に切り替えました。

image_316_05_01

 

北に占領されていたソウルを仁川(インチョン)上陸作戦で奪還したときの様子を紹介したコーナーもありました。

image_516_05_01

 

戦争記念館を出るともう夕方になっていました。見学しようとしていた世界遺産の景福宮も時間的に無理。地下鉄で安国駅まで移動して、三清洞あたりをぶらぶら散歩してみます。この付近は韓国の伝統的なもの、と現代的なものがうまく融合したオシャレなエリアのようです。

image_416_05_01

 

仁寺洞まで歩いて適当なお店に入り夕食。ビビンバ、スンドウフチゲ、ビールで2人で3000円ほど。韓国料理は北朝鮮より美味しいと思います。

image_916_05_03

 

翌12日、板門店&DMZツアーに出発です。ツアー料金は一人10000円でした。

image_1316_05_04

 

北朝鮮の板門店ツアーと違って韓国の板門店ツアーには厳し規則がありました。服装は、Tシャツ、半ズボン、軍服、サンダル不可、車椅子、傘、杖の持ち込み不可。北側を指さしてはいけない、軍人に話しかけてはいけない、見学中は2列になって歩くなどです。途中ずっと写真撮影が禁止されていて、ここ、韓国側の自由の家まで入ってきてはじめて正面の写真撮影のみOKとなりました。向こう側には1週間前に訪れた北朝鮮側の板門閣が見えます。

板門店で起きた有名なポプラ事件についての説明が、北朝鮮側と韓国側で違っていました。北朝鮮側では、共同管理区域にあるポプラの木を国連軍が勝手に伐採を始めた、直ちに中止するよう申し入れたが聞き入れなかったため事件が起きた、と説明を受けました。韓国側では事前にポプラの木を剪定することを申請済みだったので合法的な作業だったのに、北の兵士が中止するよう言ってきた。さらに作業を続けると、斧を振りかざしてきて2名が殺された、という説明でした。どちらが正しいのか、どちらも正しくないのか、今となっては謎です。

さらに、北朝鮮側では聞かなかった説明があります。過去に何度か板門店は亡命の舞台となっているということです。1984年には、ソビエトの大学生が北朝鮮の板門店観光ツアー中に南側へ走って亡命、銃撃戦となり、北の兵士3名、南の兵士1名が犠牲になったということです。その亡命した大学生は今はアメリカで暮らしているそうです。1998年には警備中の軍大尉が北から南へ軍事境界線を越えて亡命したそうです。

image_1516_05_05

 

軍事境界線上にある軍事停戦委員会本会議場に入りました。ここで南北の重要な会議が開かれているわけですね。

image_1416_05_05

 

国連軍の兵隊さんです。

image_716_05_02

 

こちらは、板門閣を警備する北朝鮮の兵隊さんを望遠レンズで撮影したもの。

image_1716_05_06

 

昼食はツアーの皆さんと一緒にドライブインでプルコギ定食でした。ドライブインで飼われていた犬です。板門店で緊張したので犬で和ませていただきました。

image_1116_05_04

 

昼食後は第3トンネル見学です。ここはモノレールで地下まで下ることができました。トンネルは1978年に発見されたそうです。トンネルは長さ1635メートル、高さ1,95メートル、幅2,1メートル、深さ73メートルの地下にあります。北朝鮮側はトンネルは韓国側が掘ったものと主張し、韓国側は北朝鮮が掘ったものと主張しています。ガイドの説明ではダイナマイトの破片から北から南へ掘削したことが明らか、トンネル内に塗られた石炭のススは発見されたときカモフラージュするためのもの、掘削の角度が北の方角に3度低くなっている、トンネル入口に向かって水が流れるよう掘るのが掘削技術の常識で逆はありえない、以上3点から、北が掘ったことを証明できると言っていました。また、脱北者の証言が発見の決め手になったということです。現在、4つのトンネルが発見されていますが、他にもまだたくさんあるのではないかということです。

image_1016_05_03

 

臨津閣(自由の橋)の鉄格子とトンボ網。昨年韓国ツーリングをしたとき、日本海側の海岸線に延々何キロにも渡ってこのようなトンボ網が張られていたのを思い出します。

image_1816_05_06

 

ガイドも最後に言っていましたが、北朝鮮側が嘘を付いている、決まりを守らないなど憤りの感情は韓国人皆が持っていると思う、でも、私たちは北も南も同じ民族である、私たちには兄弟同士で殺し合いをしなければならなかったような、悲しい歴史がある、北も南を誤解し、南も北を誤解している面がある、望むのは憎しみ合うことではなく、統一して今度は一緒に歴史を歩んでいくこと、そう言っていました。

韓国と北朝鮮は、道路はもちろんのこと鉄道もいつでも走れるよう準備できているということです。ここ都羅山駅は、現在は使われていませんが、統一されれば韓国側の一番北側にある重要な駅になるそうです。統一を願う象徴的な場所として観光コースに組み入れられているようです。

image_1216_05_04

 

都羅山駅のプラットホームには平壌205キロ、ソウル56キロの表示版がありました。線路はつながっているし、列車もスタンバイOK、あとは祖国統一を待つだけというわけです。

駅構内には統一されれば韓国からヨーロッパまで鉄道でつながることが世界地図で表記されていました。

バイク好きの私たちとしては、釜山発のユーラシア大陸横断なんて面白そうだなと思います。かつての冷戦時代、中国やソビエトが今のような国になることを誰が想像できたでしょうか?

夢が夢で終わらず、いつの日か統一万歳!と叫ぶ日が来ることを切に願います。

 

にほんブログ村 旅行ブログへ

北朝鮮旅行 その7 (中国の湯崗子温泉へ 2013年9月8日~9日)

image_612_10_57

昨日、北朝鮮から中国へ戻ってきて、そのまま鞍山という町までバスに乗ってやってきました。バスターミナルのすぐ前にある安隆賓館が私たちの泊まった宿。1泊朝食付き2人で130元(約2200円)。招待所と呼ばれる宿泊施設はもっと安いのですが、外国人は泊まることを認められていません。外国人が泊まれる宿となると、このくらいから上のクラスになってしまいます。こんなに発展してしまう前にもっと中国を良く見ておくべきだったなぁと思います。

image_712_10_58

宿の朝食はバイキングスタイルでした。なかなか美味しいです。中国の人はたくさん食べるんですよね。周りの皆さんのお盆はどれも山盛りでした。

image_1212_11_00

路線バスに30分くらい乗って、湯崗子温泉へ行ってみました。周辺では巨大なスパリゾートを建設中でしたが、私たちが目指すラストエンペラーのために作られた「龍池」があるのは病院もありホテルもありという温泉療養センターの一角です。中国の温泉はロシア人に人気のようで、観光客もたくさん見かけました。

image_012_10_55

日本植民地時代の1930年代、対翠閣という旅館の中にラストエンペラー溥儀を迎えるために「龍池」は作られたそうです。「龍池」はそのままに、対翠閣は龍宮温泉と名前を変え1997 年にリニューアルされました。

image_812_10_58

館内にはラストエンペラー溥儀が「龍池」を訪れた当時の写真が掲示されていました。

image_912_10_58

入浴料金296元(約5000円)を払って中へ入ります。貸切で2時間ということですが、あまりにも高すぎます。もう、ここまで来たらやけっぱちです、「龍池」入浴を目的にここまで来たんだから入るしかないでしょう。温泉は柔らかなアルカリ性の泉質でした。調べたところによると、ラドン、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、硫黄、アルミニウムなどを含むとありましたが、ごく微量と思われます。日本の温泉法では単純温泉に分類されるのではないかと思いました。お湯の良さもさることながら、壁と天井に施された龍の立体的な模様に圧倒されます。浴槽は直径2メートルくらいの円形でした。分不相応に立派なお風呂というのはあまりリラックスできるものではなく、日本に戻ったら東北の鄙びた温泉に浸かりたいなぁ、と思うのでした。

image_1012_10_59

浴槽のある部屋の奥にはシャワーや寝そべって休憩できるスペースもありました。

image_312_10_56

温泉を出て鞍山までバスで戻って昼食です。「地下街美食城」という、名前そのままの地下の食堂街です。色々なメニューをそろえた店が集まっているし、料理が写真で一目瞭然なので、このシステムは中国語がわからない旅行者にはありがたいです。

image_212_10_56

四川担々麺7元(約120円)と小籠包7元とビール5元(約85円)の昼食。中華料理万歳!本当に何食べても美味しい!

image_412_10_57

中国の白バイです。もちろん中国製のバイク。今回びっくりしたのが、エンジン付きのバイクはこれだけしか見かけなかったこと。瀋陽市でも鞍山市でも見かけるバイクは皆電動バイクばかりでした。ヘルメットをかぶらなくても良いらしく、しかも、歩道走行可のようでした。広い国なので、他の地域はどうだかわかりませんが、遼寧省の市街地近郊はエンジン付きバイクは乗ってはいけないことになったのかもしれません。いつか、中国大陸を自分のバイクで走り回りたいという夢を持っているので、これはいやな傾向ですね。

image_512_10_57

瀋陽市へ戻ってきました。中国は毎回の食事が楽しみ。手前右から豚肉とにんにくの芽炒め22元(約370円)、白菜と木耳炒め12元(約200円)、餃子16元(約270円)、後ろがチャーハン8元(約140円)、ビール5元(約85円)。チャーハンにキュウリが入っているのにはびっくりでしたが、新鮮な感覚で美味しかったです。

image_014_29_57

翌日は朝鮮人街へ行ってみました。瀋陽の朝鮮人街は中国では最大のものだそうです。なぜ、中国に多くの朝鮮人が住んでいるのかというと、日本植民地時代に朝鮮を統治するために置かれた朝鮮総督府という機関がありました。その朝鮮総督府による政策で朝鮮から旧満州に移住された人たちが約60万人居たということです。日本が敗戦して朝鮮が独立したとき大部分の人たちが故郷へ戻りましたが、中国に残留した人も居て、その人たちの子孫が中国東北部にたくさん住んでいるのです。

image_014_34_32

写真は自分のできる仕事内容を書いたプレートをぶら下げて仕事の誘いを待つ人たち。

image_1512_11_01

次に回族人街へ向かいました。中央アジアを旅したときに食べたのと同じようなパンを窯で焼いているおじさんがいました。ちょうどお昼時なので1枚買ってみることにしました。1枚3元(約50円)。

image_1612_11_01

隣の屋台でシシカバブも買いました。1本3元。

image_1712_11_02

んん~ん。中国に居ながらにして思いは遥かかなたシルクロードを駆け巡っています。たまらんなぁ。

image_1412_11_01

北朝鮮と違って、中国には野良猫もいっぱいいました。

明日は韓国ソウルへ飛びます!
にほんブログ村 旅行ブログへ

北朝鮮旅行 その6 (飛べ、高麗航空機!北朝鮮から中国へ 2013年9月7日)

image_916_44_09

今日は北朝鮮を出国する日です。北朝鮮で買ったお土産をちょっと紹介します。これは、日本の小泉前首相が2002年9月17日に訪朝し、日朝平壌宣言に署名したときの記念切手です。他の記念切手もセットになっていて1500 円ほどでした。

image_1016_44_09

北朝鮮らしいデザインが気に入り、絵葉書もたくさん買いました。1枚30円ほど。

image_1116_44_09

これは、北朝鮮の旅行ガイドブック。850円ほど。地球の歩き方など日本のガイドブックはまだ出版されていないので、北朝鮮観光宣伝社の日本語ガイドブックを現地で買いました。

image_1216_44_10

北朝鮮のCDです。반갑습니다 (バンカップスムニダ)という曲が好きでCDをガイドに見つけてもらって買いました。

image_016_41_22

平壌空港へはホテルから車で30分くらいで到着。

image_116_44_05

空港の中です。大きな空港ではありません。台湾人の団体客がたくさん居ました。同じ便で中国の瀋陽へ飛ぶようです。

image_016_44_05

平壌空港の出国ボードです。中国の北京と瀋陽へ定期便があるようです。マレーシアのクアラルンプールへも飛んでいるの?とびっくりしましたがチャーター便だそうです。

image_1316_44_10

ここで、2名のガイドとドライバーとお別れです。日本人と間違うくらい流暢に日本語を話す本当に親切な方たちでした。セキュリティーチェックと荷物チェックを終えて出国カウンターへ進みます。

image_1516_44_12

これが、ボーディングパスです。

image_016_54_45

平壌空港のお土産屋のお姉さんも美人でした。

image_216_44_06

高麗航空のジャンボジェット機が見えます。

image_1616_44_12

私たちが乗る瀋陽行きはジャンボではなくエアバスでした。ほぼ満席。日本人が考える以上に北朝鮮に観光やビジネスで訪れる外国人は多いのだと思います。

image_316_44_06

image_416_44_07

何と、機内食は朝鮮料理ではなくハンバーガーとジュースでした。

image_516_44_07

無事に中国の瀋陽空港に着きました。これは、瀋陽空港の到着ボード。ソウルからも平壌からも飛行機が到着する空港です。

image_616_44_07

瀋陽市内まではエアポートシャトルバスで行きました。バスを見つけて係りの人に、切符をどこで買うのか英語で聞いてみると「アイドンノー」の答え。英語が解りませんの意味なのでしょうが、昔、中国人に何をお願いしてもメイヨ(漢字で没有、無い、不可能、ダメという意味)とあしらわれたことを懐かしく思い出し、腹が立つより笑ってしまいました。他の乗り込む客の切符を指さすとようやく、あっちで買え、みたいに売っている方角を指さしたので、そっちをウロウロして見つけて買いました。

おもてなしとは程遠い中国の洗礼を受けて瀋陽市内へのバスに乗ると、ついさっきまで北朝鮮に居たことが夢のような気さえしてきます。私がなぜ旅に惹かれるかというと、日本で信じられている常識とは違った世界に直に触れ、びっくり仰天したいから。そういう意味で北朝鮮は旅行先としては100点満点の国でした。

でも、今の北朝鮮の状態が良いとは決して思いません。第二次世界大戦で日本の植民地支配から解放されたと思ったら、次は北緯38度線でアメリカ寄りの民主主義国家とソビエト寄りの共産主義国家に引き裂かれ、今に至っても悲しい離散家族問題を引きずっています。それどころか、1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発。同じ民族同志がお互いを傷つけ合い、3年後に休戦となりました。両国の状態を見てみると、現在も戦争はあくまでも休戦であって、終戦ではないことを強く感じます。あまりにも難しい問題が山積しているために祖国統一が先に先にと延ばされ60年も経過してしまいました。東西ドイツの統一を昨日のことのように思い出しますが、あれから20年経っています。朝鮮半島の分断の歴史は、東西ドイツ分断の1,5倍の時間が経過した現在、未だ道筋は不透明なままです。これだけ複雑に絡み合った糸をどうすればほどけるのか、そう簡単に解決法は見つからないと思いますが、日本人の一旅行者として統一を願わずにはいられません。

今回の北朝鮮旅行は、実はこれで終わりではありません。今回のメインテーマは軍事境界線のある板門店を北朝鮮側からと、韓国側と、両側から見学してみることです。違いを比較するだけではなく、いつか統一が実現し朝鮮半島ぐるり一周ツーリングできる時代が訪れたとき、「昔はここ自由に行き来できなかったんだよなぁ、変な時代だったよね」とつぶやくための準備という意図もあるのです。

というわけで、距離的には平壌からすぐそこの板門店の韓国側へ行くために、中国の瀋陽から韓国のソウルへ飛ぶわけですが、せっかくなので、中国が日本の植民地だった満州国時代にラストエンペラーのためにたくられた温泉に入って行くことにします。

image_716_44_08

ラストエンペラー溥儀のために作られた「龍池」のある湯崗子温泉へ行くために、瀋陽からバスに乗って鞍山という地方都市に移動してきました。地図上では目立たぬ小さな点でしかない鞍山のような地方都市がこれほどまでにきらびやかで発展している様にびっくりです。中国には、わが福島県で一番大きな郡山市よりもずっと大きな街が無数にあるのかと思うと、この国は急成長して日本の手の届かないところへ行ってしまうのだろうな、と思ってしまいます。そして、サービス精神という点ではまだ遅れているとは思いますが、街のゴミもなくなり、ツバやタンを吐く人も少なくなり、バスターミナルのトイレも綺麗でしかも無料でした。物価も急上昇、今や日本人の旅行先として決して安い国ではありません。

image_816_44_08

マクドナルドやケンタッキーと並んで、吉野家もたくさん目にしました。この店舗が特別なわけではなく、1ブロック先には別の吉野家があるような感じで多数店舗展開していました。値段も日本と同じく380円ほどしますが、流行っているようです。私たちも中国の吉野家で食べて見ようかとも思いましたが、やはり、せっかく中国へ来ているのだからと考え直し、ローカルな食堂に入ることにしました。

にほんブログ村 旅行ブログへ

北朝鮮旅行 その5 (平壌市内観光2日目 2013年9月6日)

image_013_34_44

今日は北朝鮮でも景観の美しいことで知られる妙香山へ行く予定でしたが、洪水のため道路が寸断されてしまったため予定変更です。しかも、リクエストしてみた動物園は今修理中で休園中、サーカスは公演日が合わずに観ることができないということ。お任せコースでお願いしたところ、最初に案内されたのがここ。贈り物展示館。国内からも見学者がたくさん来ていました。大人の方たちですが、学生さんのようにきちんと2列に並んで見学するところがすごいなぁと思いました。

image_113_34_45

左は贈り物展示館のガイド。国内外から金日成、金正日にプレゼントされた品々が展示されているそうです。金日成、金日成には様々なプレゼントが届くけれども、偉大なお二人は決してそれらのプレゼントを自分の持ち物にはせず、国民全体の持ち物として保存しているそうです。右は日本語に通訳してくれる私たちの専属ガイドです。

館内は床も壁も柱も天井も全て大理石でできていて、照明は豪華なシャンデリアでした。床を傷つけないためでしょうか、靴の上に専用の靴カバーを履いて館内へ入りました。贈り物は刺繍の施された屏風、貝殻で作った壺、木彫りなどの芸術作品をはじめ、テレビや携帯電話、家具、ゴルフや釣り道具などの実用品も展示されていました。館内は撮影禁止なので写真はありません。

image_313_34_48

次に案内されたのは、平壌市内で一番標高が高い、といっても292メートルですが、竜岳山というところに行きました。麓には学生少年キャンプ場というのもあり、4月から11月まで学校の野外活動プログラムにそって行われるそうです。平壌市で学生時代を過ごした人なら誰でも一度はここでキャンプしたことがあるそうです。その竜岳山を車で登っていくとてっぺん付近に法雲庵という高句麗時代の仏寺がありました。

image_213_34_47

ちゃんと、お坊さんも居ました。ガイドによると、北朝鮮では宗教と信仰の自由が保障されているということです。

image_1413_34_56

本堂には小さな仏像が置かれていました。

image_413_34_49

昼食は石焼ビビンバですが、韓国で食べたものの方が美味しかったような気がします。

image_513_34_49

昼食後はチュチェ(主体)思想塔へ行きました。塔の内部には高速エレベーターがあって、高さ150メートルまで登ることができます。エレベーターでの入場料はひとり10ユーロでした。チュチェ思想について詳しく知りたい方はこちら

image_1613_34_58

中に入ると世界80数か国の親善団体などから送られたという文字入りの大理石が埋め込まれていました。

image_1713_34_59

チュチェ思想塔、高さ150メートルからの眺めです。この立派なビル群は、たった1年間で建設されたという10棟ほどの高層住宅です。一番高いもので地上40階建てだそうです。家賃は無料だそうです。ちなみに、教育費や医療費も無料だということです。

image_1813_35_00

手前は大同江、左奥に見える三角形の建物は有名な柳京ホテルです。

image_1913_35_01

高さ150メートルまで登って平壌市内を360度眺めてみると、さすがに大きな街だなぁということが実感できます。右奥のツインタワーが街の中心部に位置する高麗ホテル、私たちが宿泊しているホテルです。

image_1113_34_54

そのあと、朝鮮労働党創設記念塔を見学してホテルへ戻ります。これは市内を走る路面電車です。

image_2013_35_02

こちらは、平壌市内の映画館前。上映している映画のポスターが並んでいました。手書きで味があってなかなか素晴らしいと思います。

image_2113_35_03

ホテルに戻ってきました。北朝鮮一の高級ホテル、高麗ホテルの外観です。私たちはツインタワーの右側の13階に宿泊しました。

image_2313_35_05

ホテルの部屋でテレビでも見てみることにします。外国人であれば、NHKワールドやアメリカのCNN、中国の放送も見ることができますが、せっかくなので北朝鮮の放送を見てみることにします。ニュースのアナウンサーは日本でもお馴染みのこの女性です。

image_2213_35_05

こちらは、北朝鮮のお天気お姉さん。明日も何とか午前中は天気が持ちそうですが、午後からは雨とのことです。

にほんブログ村 旅行ブログへ

北朝鮮旅行 その4 (平壌市内観光 2013年9月5日)

image_023_18_30

今日は北朝鮮の首都、平壌の市内観光です。出発前に高麗ホテルで朝食。バイキング形式です。たくさん種類があるのは良いのですが、味の方はイマイチかな。外のレストランでもいろいろ食べたけど、食べ物に関しては南の韓国に軍配が上がりそうです。

image_2723_19_06

高麗ホテルのロビーでガイドと待ち合わせて、市内観光へ出発。さすがは北朝鮮ナンバー1の高級ホテル、旧式ながらロビーも立派です。地下にはプールやジムもあります。そして、なぜか、売店の売り子さんはもちろんのこと、掃除のおばさんまで美人揃い。

image_223_18_33

昨日、自由に市内を歩いてみたいなぁ、とガイドにリクエストしました。二人だけでの外出は認められないけど、今日はちょっと一緒に市内を歩いてみましょうか、と嬉しい提案。一も二もなく賛成しました。写真も軍人さんなど、カーキ色の制服を着た人以外は撮っても良いとのこと。とは言っても、歩く場所までは指定できず、金日成広場の前の平壌で一番の目抜き通りを歩くことになりました。これは、市内を走る連結トロリーバスです。

image_323_18_34

市内には赤地の白い文字の看板が目立ちます。何て書いてあるのかな?

image_423_18_35

これはキオスクだそうです。タバコや飲み物、ちょっとした食べ物などを売っていました。横にゴミ箱が置いてあります。ゴミをそのへんにポイッと捨てちゃう人など居ないのでしょう。街にはゴミは全く落ちていませんでした。

image_523_18_36

これは、ポストだそうです。

image_723_18_39

ビアホールの看板。生ビールも飲めるそうです。1杯70円ほどだそうです。仕事帰りに飲む人も多いのだとか。列車で移動中に見た田舎と首都の平壌の生活レベルはかなり差がありそうです。

image_823_18_40

朝鮮労働党の宣伝ポスターでしょうか?ガイドに聞くのを忘れてしまいました。文字が読めれば面白いのになぁと痛感します。

image_923_18_41

ちょうど出勤時間のラッシュだそうです。トロリーバスに乗るため行列をつくる平壌市民です。

image_1023_18_42

出勤途中のOLといったところでしょうか。

image_1123_18_44

犬を散歩させていたおじさんです。北朝鮮では珍しい光景でした。結局旅行中、北朝鮮では犬を4匹見ましたが、この犬を含めペットが3匹、警察犬が1匹。ガイドによると、一時期犬を飼うペットブームがあったけど、今は廃れてしまい、皆、田舎の方に捨てに行ったということです。また、犬を食べる習慣があるけれど、ペット用とは別の食用犬が居るそうです。そのための犬牧場もたくさんあるそうです。犬は主に夏の暑い時期に好んで食べられているそうです。

image_2223_19_00万寿台大記念碑の金日成像と金正日像。結婚式のカップルとそのご家族が来ていました。その他にも何組か来ていたので、平壌では結婚式の日にはここへ来て献花するものなのかもしれません。実は私たちも献花をできればして欲しいということで捧げてきました。2人分で10ユーロということでした。この後もこまごまと、ユーロが必要な場面がたくさんでてくるのですが、私たちは今回ユーロを持ってきていません。日本円でも中国元でも支払いは可能な場合が多いですが、変換レートが本来1ユーロ135円くらいのところを、円や元だとお店によって150円から180円くらい払わねばならず、大分損をしてしまいました。北朝鮮旅行には細かいユーロをたくさん持って行くことをお勧めします。

image_2623_19_04

次は地下鉄乗車体験です。ここが地下鉄の凱旋門駅です。

image_2023_18_57

ここは改札口。

image_1923_18_55

これが地下鉄の切符。本来10ウォンですが、政府が5ウォンを負担するので実際は5ウォン(約5円)で乗ることができます。

image_1523_18_48路線図マップです。現在地下鉄は2本走っています。

image_1623_18_50

地下鉄のホームです。作りはシャンデリアがあったり、芸術的なタイルのモザイク画があったりしてゴージャス。ロシアチックです。

image_1723_18_52電車の中はちょっと暗めです。見えますか?奥の連結扉の上にはまたしてもコンビのあの方たちの肖像画がありました。

image_2523_19_03

地下鉄駅のホームには新聞が掲示してあり、電車を待ちながら読むことができます。新聞の一面トップはもちろん金正恩第一書記の動向です!

image_2823_19_07

今日の昼食は冷麺です。平壌の冷麺は美味しいと評判のようです。玉流館という店が一番有名だそうで、できればそこで食べたいなと思いましたが、事前にリクエストしないと難しいということです。北朝鮮旅行は全てにおいて事前のリクエストに掛かっているといっても良いくらいです。私たちはリクエストを何もしなかったため、通り一遍の旅行になってしまいました。翌日の妙香山観光が洪水で道が寸断されダメになった代わりにと、動物園やサーカスをリクエストしてみましたが、施設自体が修理中だったり、曜日が合わなかったりで希望がかないませんでした。ガイドによると、事前にリクエストがあれば、軍事パレードの見学なども可能だそうです。次回来るときはよくよく調べてたくさんリクエストした上で旅行日程を組んでもらいたいと思いました。話がそれてしまいました、冷麺です。一番の有名店ではなかったですが、かなり美味しかったです。今回の北朝鮮旅行で一番美味しかったのがこの冷麺でした。ガイドによると、麺はどの店も大差はないけれど、スープが店によって個性があり、スープの作り方は企業秘密でどの店でも人には教えないものなのだそうです。

image_2923_19_09

一旦ホテルに戻って休憩したあとは、万景台にある金日成の生家へ行きました。この方は万景台のガイドです。どこの観光地にも、現場のガイドがいて説明をしてくれ、その言葉を私たちの日本語ガイドが翻訳してくれるスタイルになっています。このおばさんも50歳を越えているかもしれませんが美人です。朝鮮では「北の女、南の男」という言葉があるそうです。美女の多い北と美男の多い南ということですが、この数日後、韓国の友人が同じことを言っていたので、これは、朝鮮半島全体に伝わる格言のようです。

image_3023_19_10

次に見学したのが、平壌学生少年宮殿。ここは、学校の授業が終わった後に行う生徒達の課外活動の場だそうです。子供たちを知、徳、体を備えた有能な人材に育てるため、スポーツ、ダンス、音楽、手芸、書道、コンピューターなどの課外活動が行われているということです。ガイドによると、ここだけでなく各地区にこういったものがあり、どんな田舎にでも必ずあるものだそうです。

image_3423_19_14

これは、琴のような朝鮮の伝統楽器の練習風景。どの子も判で押したような100%スマイルなのがちょっと気になりました。

image_3523_19_16

見学の最後に、少年少女たちによるショーが行われました。司会進行も子供たちです。

image_3623_19_17

昨日のアリラン祭りを見た後なのでそれほど驚きませんでしたが、歌もダンスも全て完璧、プロのお仕事なんです。中には天才的なエレキギターの早弾きをする少年やCCBの何倍も上手にドラムを叩く少女なども出てきて実にお見事。ただの課外活動じゃなかったっけ?と思いながらも、素晴らしい演技に見とれてしまいました。

image_3223_19_12今日の夕食で連れて行ってもらったレストランには生ビールがありました。北朝鮮で初生です。やはり生なりの美味しさはありました。大同江ビールの生ならもっと良かったかもしれませんが、別のメーカーの生らしく、ちょっと甘味があり好みの味ではなかったのが残念。

にほんブログ村 旅行ブログへ