ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


03月

メコン川と再び出会う (2013年3月6日~7日)

カンボジアA地点がアンコールワットのあるシェムリアップです。ここからB地点のストゥントレンへ行きたいんですが、グーグルマップでも道が途切れているのが気になるんですよ。道路が荒れたままなのか、バイクなら通れるのか、地雷除去が終わってないから通行止めなのか、道路状況は行ってみないとわかりません。行ってダメなら戻ればいいやという方法もありますが、今回は急がば回れでC地点のコンポンチャムでメコン川を越えてから北上し、ストゥントレンを目指すルートを選びました。

 

021_55_12シェムリアップからコンポンチャムまで1日かかって到着。ゴールデントライアングル、ルアンパバーン、ノンカーイと何度もこの川を見ながら旅してきました。東南アジアの旅とメコンは切っても切れない関係なんですね。ここまで下流にくると、水の少ない乾季といえどもさすがに川幅が広い!

 

121_55_14メコン川沿いのメコンホテルに泊まった翌朝、川辺をぶらぶら散歩。朝から快晴で今日も暑くなりそう。

 

221_55_15メコン以外にも川がたくさんあって、漁業が盛んな様子。これはチャイニーズフィッシングネットという手法かな?確か。石川県や、南インドでも見たことがあります。竹を組んで三角形を作り、一辺に網を張って沈めたり上げたりして魚を獲るんですよね、たぶん。

 

321_55_18最初は舟かと思ったんですが、良く見るとメコン川を渡っている牛車がいるじゃないですか!何だこれは!

 

421_55_20しばらく観察していて、何だかわかりました。ちょうどこの辺りは浅くて、中洲まで牛車で行けるみたいです。中洲までといっても200メートルくらいは川の中を歩かねばなりません。そして、中洲で川砂を取って青色の袋に入れて牛に運ばせていました。こちら岸までたどり着くと今度は、坂道を自動車道まで登ります。すると、大型トラックが待っていて川砂の入った袋が荷台にどんどん積まれていくところを見ることができました。

言って見れば、ただ、川の砂を運んでいるだけなのですが、いいもの見せてもらたな~と、何だか得した気分。

 

521_55_22クラチエから北はガソリンスタンドも見かけなくなり普通の商店で給油。

 

621_55_24クラチエの北まで来ると、道端に白いものをたくさん見かけるようになりました。一見、石のように見えるのですが。。。

 

721_55_25正体は芋。ヤムイモの一種?のようなものを、何故か細かく(5センチくらい)に切り、道端で大量に乾かしています。保存食にでもなるのでしょうか。ラオスの箒商売も大変そうでしたが、カンボジアの乾燥芋商売もなかなか大変そうです。

 

 

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アンコールワットツーリング (2013年3月3日~5日)

017_58_35アンコールワットのチケットは当日のみ有効が20ドル、3日有効が40ドル、1週間有効が60ドルと3種類から選べます。私たちは3日有効のチケットを買い、毎日バイクで通いました。日の出が6時頃なので、それに合わせて早起きして行動開始。

 

717_58_49アンコールワットの北側にあるアンコールトムの前。ものすごい数の観光客です。

 

417_58_43アンコールトムには巨大(2メートル位)の顔面像がたくさんあり圧倒されました。

 

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1ドルでクメールの伝統衣装を着た人と記念撮影する商売も大繁盛の様子。

 

018_49_07アンコールトムの東にある、タ・プローム遺跡。

 

317_58_41人間が手を加えないと、熱帯カンボジアの地では何もかもジャングルに飲み込まれてしまうことを証明するかのような、圧倒的な樹木群。

 

117_58_37観光で来たんでしょうか?それとも近くのお寺のお坊さんかな。夕方、アンコールワットのお堀に腰掛け涼んでいました。

 

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アンコールワットの観光拠点であるシェムリアップという町は、ここが本当にカンボジア?と思うほどのモダンな町で、何でもそろっています。ホテルもレストランもピンからキリまでより取り見取り。私たちはインド料理のレストランで贅沢することにしました!チキンカレーのターリー(インド式定食)が5ドル。それでも日本よりは安いですね。

 

617_58_47毎朝、早起きしてアンコールワットへ通いましたが、その日によって光の加減や雲の形などで色々表情が変わります。

 

1017_58_54この日、アンコールワットをツーリングしていた外国人は私たちの他にもいました。フランスからヤマハYBR125というバイクで旅している2人です。今、パキスタンとイランが旅行しにくくなっているので、ここまでどんなルートで来たか聞いてみると、フランスからイランまでは陸路でツーリングできたが、今、パキスタンがダメなので、イランからインドまで空輸したとのこと。インドをツーリングした後は、タイまでまた空輸。この後は、マレー半島を南下しインドネシアまでいくつもりとのことでした。

彼らは、アジア中心の旅行ということで、アジアでも共通パーツが手に入りやすそうな、ヤマハの125㏄バイクをチョイスしたのですが、これが大外れ。YBR125はヨーロッパ限定モデルで共通パーツはどこでも手に入らなかったということです。幸い、まだ大きなトラブルはないけど、パーツはヨーロッパから送ってもらう他ないと言っていました。

海外ツーリングのバイク選びはなかなか難しいですね。

 

1117_58_56アンコールトムの死者の門、ここへ来る道はダート。トゥクトゥクやバスの運転手が嫌がるためか、観光客もあまり来ない穴場的存在のようです。

 

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アンコールトム、勝利の門の横に並ぶ阿修羅の顔面像。

 

1317_59_00アンコールトムの中のピミアナカス遺跡前。

 

817_58_50アンコールトム王宮の門。

アンコールワットはやっぱりすごかった。規模も大きく見どころも多く、どれも完成度が高い。よくも、人間がこんなもの作れたものだと感心するものばかり。遺跡が特に好きじゃなくても十分楽しめると思います。私たちは3日のチケットでしたが、1週間いても良いかなと思いました。

 

 
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プノンペン脱出、アンコールワットを目指せ! (2013年3月2日)

019_31_50バイクの海を泳いでプノンペンを脱出。

 

019_29_26トンレサップ河に架かる日本カンボジア友好橋を渡って、320キロ先、アンコールワット拠点のシェムリアップへ向かいます。

 

019_21_09国道6号線沿いに、自動車教習所?

両隣の商店と変わらぬ店構えだが、看板に道路標識などが書いてあって、やっぱり教習所っぽい。

 

119_21_11興味を持ってのぞいてみると、教官のお姉さんにおいでおいでされました。やはり、カーライセンスのスクールとのこと、ここで道路交通法について勉強して、試験にパスするとカンボジアの免許証がもらえるとのことです。

カンボジアのドライバーは運転が非常に荒くて、僕たち困っていますと教官に訴えると、ハハハと笑いながら、ホント、そうですね、だって。。。共感してる場合じゃないでしょう、教官!

 

219_21_12国道6号線とチクレン川が交わる地点には橋が架かっている。意識せずに走っていると新しい橋を通過してしまうが、旧道のう回路を通ると、スピアン・ブラップトゥフという古代橋がある。欄干の4隅には蛇の神様ナーガの石の彫刻が残っている。橋の手すりも蛇模様。今は橋の保護のため、バイクと自転車、徒歩でしか渡れない。

 

319_21_14こんなにも手の込んだ古代の石橋が残っていて、見学料を取るわけでもなく、通行料を取るでもなく、バイクで渡れるなんてすごい。アンコールワットへ続く重要なルートだったんだろうな。

 

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そして、プノンペンから320キロ。アンコールワットに到着しました(写真は朝のアンコールワット)。

私たち、別に遺跡ファンではないんですが、アンコールワットには、何だかすごく引き付ける特別な雰囲気がありますね。

明日からじっくり遺跡めぐりしてみます。
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キリングフィールド プノンペン@カンボジア (2013年2月28日~3月1日)

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カンボジア入国後、いきなりビーチリゾートへなぞ行っちゃてたので典型的な朝食を食べ損ねていました。これが、カンボジアの典型的な朝食屋の典型的なおやじさん。

 

221_04_13一生懸命覚えたタイ語もここでは使えないし、変にかしこまった英語を使うよりか、こんな場合は指を二本立てて笑顔で「ツー」。おやじさんも「はーいツーねー」と返してくれる。こんな感じで注文完了。簡単なもんです。

 

121_04_11これが、カンボジアの典型的朝食、「クイティウ」。米製の細い麺にスープは豚骨、お好みで生のもやしとライムを絞って入れます。朝からガッツリ元気が出そうです。

 

321_04_14プノンペンへの街道を走っていると、道路を半分近く塞いだ状態の長いテントが張ってありました。お祭りかなと思いきや、何と、結婚式。

 

421_04_15おめでたいんだから道路のひとつやふたつ塞いだっていいじゃないですか。

 

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興味があったので結婚式をしばらく観察させていただきました。中はテントとは思えないほど豪華な飾り付けがしてあり、中央には新郎新婦。周りには家族や親せき、というのは日本とそっくり。夫婦漫才風の凸凹司会者がボケと突っ込みで観客を笑わせていました。いや~、めずらしいもの見れてラッキーでした。

 

821_04_23やはり、バイクで走っていて目に付くのがお寺です。宗教が禁止されていたポルポト時代にはお寺も壊され、お坊さんも皆殺されちゃったので、どこのお寺も新しい建物が目立ちます。タイ、ミャンマー、ラオスのお寺も随分見ているので、カンボジアのお寺はどんなつくりなのかなと入ってみました。お寺の形も仏塔も皆角ばった形をしていて曲線があまりない感じですね。蛇の神様ナーガと、鳥の神様ガルーダが目立つのはインドのヒンドゥー教の影響が強いせいでしょうか。国によってデザインが違うのがおもしろいっす。

 

721_04_22象の像。これもお寺にはよくあります。

 

1021_04_26首都のプノンペンでは、中心部のラッキーゲストハウスという所に泊まりました。何軒か宿を見て回った中で、ここが一番バイクの駐車がしやすそうでした。何せレセプションのすぐ横がバイクの屋根付き駐車場。プノンペンにバイクで来る人にはオススメです!部屋はエアコン付きが14ドル、エアコンなしは10ドル。日本は7月や8月が暑いですが、この辺りは3月、4月が一年で一番暑いんですよ。この季節、エアコン無しはきついです。

 

1321_04_30人類の負の遺産も数々あれど、西の横綱はアウシュビッツかチェルノブイリか、東はポルポト政権のキリングフィールドか我が県の原発かと言われておりますが、その、ひとつ、キリングフィールドへ行って参りました。

ポルポトは、現実不可能な独自の共産世界を思い描き、その実現のために不都合な人物や厄介な人物を次々と処刑。ポルポト政権が倒れるまでの4年間に、実にカンボジアの人口800万人の内の4分の1、200万人もの人々を処刑してしまった。どうしてそんな狂信的な指導者が生まれたのか、なぜ皆付いていて行ってしまったのか。日本でピンクレディーが大ヒットしていたあのころ、当時の鎖国状態のカンボジアでこんな恐ろしいことが行われていることが世界へ伝わらなかったのはなぜか。知っている人はいても、情報が隠せる時代だったのか。

日本では第2次世界大戦を持って終戦、その後復興の道を歩んで来れましたが、東南アジアの各国は、そう簡単には終わらせてもらえなかった。冷戦構造の犠牲はベトナムだけではなく、ラオスもカンボジアも酷いものだった。カブのような小さなバイクで旅していると、余計にそれを感じます。

 

1121_04_28これが、プノンペンの中心部、泊まっているラッキーゲストハウス付近の交差点の風景です。かなりの交通量ですが信号機はなく、4方向それぞれにバイクや車が進んで行きます。停止している車両は無く、皆上手くかわしながらすれ違い進んで行きます。お見事!

 

1221_04_29後ろで上がっている火の手に逃げまどう人々。ではなく、焼き肉の屋台の煙と平和な街並みです。

 

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物を売り買いする人でごった返す市場。

この街の中心部へバイクでズンズン入って来るうちに、何だかワクワクしてきました。街中がエネルギーにあふれていて爆発しそうな感じ。そのパワーに押されそうで、心臓がドキドキしちゃいます。カンボジアはまだ若い国なんだなと、そして、今まさに国作りの真っ最中で、これから発展していく国なんだなと、街の様子、人々の逞しい様子を見ていて感動しました。交通ルールがめちゃくちゃだって、停電が多くたっていいじゃないかと。カンボジア、がんばれ!と応援したくなってきました。
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