ぽこけん

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04日

雲の上の町、ポンサーリーを散策 (2013年2月3日)

519_05_54標高1400メートル、山の上の町だけあって朝は霧が出ていました。朝飯を食べに市場までブラブラ行って見ます。おばちゃんは市場で買い物した帰りでしょうか。

 

719_05_57ラオスで定番のヌードルスープ「フー」屋さんへ。おばちゃんに2人前を頼むと作り始めました。かまどがいい感じ。

019_21_09おばちゃんとけんいち。

 

719_21_19これがおばちゃんの「フー」。米の太麺入りスープ。ここにライムを絞って、ナンプラー、赤唐辛子、砂糖、味の素などを入れ自分で味を調えます。最後に生の菜っ葉を手でちぎってスープの中に入れて出来上がり。何度も食べているけど不思議と飽きません。これで10000キープ(120円)。

 

619_05_55何族の方でしょうか、すごく凝った民族衣装を身に着けています。ポンサーリーには中国人もラオス人も住んでいますが、周辺の山から、少数民族の方も買い出しに来るようです。

 

119_21_11こちらはミカン売りのおばちゃん。ちょっとシャイ。

 

819_05_59ポンサーリーの町並み。傾斜地に町が広がっていて坂道も多く、歩くには大変ですが、なかなか趣のある町並みです。

 

919_06_01午後はバイクで東へ20キロのハートサまで行って見ました。道が川に出たところで終わっていました。このウー川はバイクで2日前に出発したルアンパバーンへ流れてメコン川へ合流します。値段は高いらしいですが、船でルアンパバーンまで下ることもできるそうです。

 

1019_06_02ポンサーリーへ戻って、林道をバイクでプーファー仏塔まで登ってみます。

 

1119_06_03雲の上の町ポンサーリーを更に上から眺められる位置に立つ仏塔。

 

007_31_37プーファー仏塔から眺めたポンサーリーの町。雲が町の下からどんどん湧き上がってくるのが見えました。

 

1319_06_06

仏塔を下りたらちょうど夕暮れ時。それにしても、何でこんな山の上に町があるのだろう。昔から陸路での中国との交易と、船での古都ルアンパバーンとの交易が盛んだったのだろう。敵からの攻撃に備えるために山の上に町を作ったのだろうか?良くわからないが不思議な町だ。今日も1日楽しかった。

 

018_30_38夜、商店でラオラーオ(米焼酎)は有りますか?と尋ねると、この緑色の液体を差し出すではありませんか。私の発音が悪く何かと勘違いされているのではともう一度確認すると、地元で作った焼酎で、しかも密造酒というではありませんか!これは珍しいものに出会うことができたと喜んで即お買い上げ。1,5リッターのペットボトル入りで、20000キープ(240円)。宿に戻って味見してみると40度位あるのではないかという強い酒でした。ちょっと味にクセがありますが、そこがまたよろしい感じ。

 

 

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天上の楽園?ポンサーリーへ進め! (2013年2月2日)

019_05_47山のてっぺんに町があるというポンサーリーへ向けてウドムサイを北上。かなり民族色が濃くなってきました。何族の人たちでしょうか?箒の材料となる草の実を落とし、乾燥させたものを出荷している様子。

 

119_05_48川の対岸の集落の人たちが、道路の通っているこちら側まで、竹の筏に箒の材料を乗せて何度も往復していました。

 

219_05_50赤土のダートが続きます。

 

219_21_12ガソリンスタンドは売り切れだったので、こちらの商店で給油します。スタンドよりちょっと高めでした。

 

319_05_51小さな村をいくつも越えていきます。カラフルな民族衣装の女性もたくさんいました。

 

419_21_15途中のボウンタイ村の市場で会った女性に写真を撮らせてもらいました。なかなかの美人。

 

619_21_17ポンサーリーに到着の5分前に大雨に降られました。赤土のダート道で降られなくて良かった。ウドムサイから265キロのところ、道を間違え50キロのロス。315キロも走ってしまいました。町の入り口にあった看板。やけに社会主義的な絵ですね。

419_05_52ポンサーリーはラオスから来るより中国からの方がアクセスしやすい位置にあって、町は中国の影響を強く受けています。ここが1泊目に泊まった宿「ポンサーリー大酒店」。標高1400メートルの山のてっぺんで寒いです。

 
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