ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


モーリタニア 2003年1月15日~1月30日

モーリタニア 2003年1月15日~1月30日

■わずらわしい国境越え(1月15日)

モロッコの国境を越えると、いきなりダートになった。枝道も多く迷ってしまいそうなのに標識もなく、実際、道を間違えて国境を通らなかった人もいるくらいだ。  路面もひどくて砂も深く、2WDの車があちこちでスタックしていた。そんなダートを7km走ると掘っ立て小屋があって、そこがモーリタニアの出入国管理事務所だった。いよいよ悪名高い国境越えが始まるのだ。  小屋の前にはフランス人の車がたくさん並んでいる。彼らにならってまずポリスへ。パスポートに入国スタンプを押してくれたあと、1人5ユーロ(約600円)ずつ要求される。レシートをくれたので正式なお金なのかと思って払ったけれど、あとで聞いたら払わなかったという人もいる。よくわからず。  次に税関でカルネを切ってもらうが、今度は1台10ユーロ(約1200円)だという。ちょっと高圧的な態度。カルネなので本来はお金がかからないはず。フランス人などは大半が売る目的で車を運んでいるので、カルネを使わず、一時輸入の書類だけで通関している。それで同じ金額なら、いったいカルネの意味って何? 腑に落ちないので、20ユーロのところを健ちゃんが15ユーロに無理やり値切ったら、相手が逆キレしてしまい、なんとカルネのスタンプを押してくれなかった(あとで町の税関で押してもらったが)。まったく腐った役人が横行していて困ったものだ。一緒に並んでいるフランス人たちも、仕方がないといった顔付き。中には健ちゃんに向かって「アフリカのルールを勉強しなくちゃいけない」とのたまい、役人に加勢するフランス野郎もいる。ルールって何? 賄賂を払って一部の役人を儲けさせることか? だいたいにおいて、役人の腐敗ぶりはフランスの植民地だった国が特別ひどい。自分たちの国が搾取し続けた結果がこうなったのだから、オマエがどうにかしろ! といいたかったけれど、ぐっと我慢。怒ったら負けだ。  それにしても、国境越えはいつも憂鬱。この先もますますひどいのだろうか。いやだなあ。  ここからヌアディブの町までの道もひどく、ときどき砂も深い。荷物満載のバイクでは転ばないように走るだけで精一杯。途中で道に迷ったりしたこともあり、たった40kmの距離に2時間以上もかかってヌアディブに到着した。あああぁぁ、疲れる。

■陸の孤島、ヌアディブ(ヌアディブ・1月15~20日)

ヌアディブの町では「キャンピング・アバ」へ直行した。キャンピングと言ってもテントだけでなく部屋にも泊まれる。他にも同様のキャンピングは3ケ所あり、どこも砂漠越えのオーバーランダーが何組か泊まっていた。   大西洋に面したこの町は人口4万5000、モーリタニア第2の都市なのに、どこの町とも舗装路で結ばれていない陸の孤島。唯一、内陸の鉱山の町、ズエラートから鉄鉱石を運ぶための鉄道が通っていて、この鉄道沿いにもピストがあるが、砂が深く4駆でもかなり苦しいという。その鉄道に車ごと乗せることもできるとのことで、イギリス人夫婦の車や、スイス人&フランス人ライダーが鉄道駅で待っていたが、車を乗せる貨車は数が限られているし、地元のトラックが優先でツーリストは後回しにされるそうだ。1週間待って、まだ乗れない、とイギリス人夫婦はぼやいていた。2人のライダーはというと、それぞれBMWの800ccと1000ccに43㍑ものビッグタンクにアルミのサイドケースを付けていて、国境からヌアディブまでのピストで何度も転倒したので、「バイクが重すぎる。絶対、砂漠は走らない」と言っている。ヨーロッパならいざ知らず、道の悪いアフリカではテクニックや体格に対してバイクが大きすぎるのも考えモノだ。(結局彼らは列車に乗れず、バイクごとトラックに乗せて砂漠を渡った)

■砂漠越えのコンボイ結成(ヌアディブ・1月19日)

ヌアディブから首都ヌアクショットまでの約500kmが砂漠越えのピストになる。途中に何も目印がないので、ガイドを雇うか、GPSを使って進むことになる。私たちはGPSを持っていないし、バイクだけで越えるのはリスクも高いので、一緒に砂漠を越える車を探すことにした。こちらは荷物を運んでもらえるし、彼らにとってはガイド代が安くなるのと、スタックしたときに車を押す人員確保というメリットがある。  とはいえ、誰でもいいというものではなく、車選びは慎重に行うべし。まず、2駆だけのグループでは頻繁にスタックするのが目に見えている。あまりオンボロの車も途中で壊れる可能性が高い。商売人の車だとスピードが早く、バイクではついて行くのが大変。また車の台数に比べて人数が少なすぎるのも押すことを考えるとつらそう。フランス語しか話せない人たちだとコミュニケーションも大変。  そんなわけで、他のキャンピングもいろいろ見て回った結果、四駆2台、二駆1台(さらに彼らはXLR400もトラックに積んできていた)という、9人のフランス人グループと一緒になった。彼らは10代から50代、女性2人を含む混成グループで、旅好きでカナダで働いたことのある看護婦さんのパスカル、無農薬パン作りをしていて、イスラエルのキブツ(集団農場)にいた経験もあるザビエ、ザビエの息子で高校性のコランはじめ、英語を話せる人も多いし、気さくで気のよさそうな人ばかり。みんな私たちを気軽に受け入れてくれた。  ガイドも決まって、さあ、いよいよ砂漠越えだ。

■サハラは楽しい!(ヌアディブ→ヌアクショット・1月20~23日)

ところで、西サハラルートを旅するのは旧宗主国のフランス人が圧倒的に多く、ほかにドイツ人、スイス人などだが、車で旅をするのが目的の人は四駆の車に装備もしっかり揃え、GPSはもちろん、ノートパソコンにデータをすべて入れたり、万全の体制で旅をしている。  一方、車を売る目的の人はたいていボロい車に乗ってきて、サハラを越えたあと、ヌアクショットやセネガル、ガンビアまで行って車を売るという人が多い。だからGPSも持っていないし、ロクなスペアパーツも工具も持っていなかったりする。  パスカルたちのグループもセネガルで車を売る予定で、どの車もあまり程度がいいとはいえなかったけれど、幸い故障もなく、2駆の1BOXも意外にがんばり、スタックの回数も少なかった。バイクのほうも荷物がないので一度もスタックすることなく、砂の海を自由自在に走れたし、XLR400のセバスチャンも一緒になって、楽しいサハラ越えだった。  急いで行けば1泊2日の行程を、私たちは海で泳いだり、釣りをしたり、パラグライダーをしたり、と砂漠をゆっくり楽しみながら進み、4日目の昼に無事ヌアクショットの町にたどりついた。  ヌアクショットとはハッサニア・アラビック(モーリタニアの言葉)で「風の町」というそうだ。その通り、毎日強い風が吹いている。中庭のある宿で数日ぶりのシャワーを浴び、ゆっくり過ごす。その夜は、無事サハラ越えをしたお祝いという名目で近くにあった中級ホテルのバーへ行き、1杯1000UM(500円)もするビールを飲んだ。久しぶりのビールが乾いた体に染みわたる。良く冷えていたし、500円の価値は充分にあった。

 

 

 

 

■砂漠のオアシス・シンゲッティを目指す(シンゲッティ・1月24~27日)

翌日、このままセネガルへ向かうというフランス人の彼らと別れ、サハラとの名残りが惜しい私たちはシンゲッティまで往復することにした。シンゲッティはヌアクショットの北東500km、サハラ砂漠の真ん中にあるオアシスの町で、古くからキャラバンの交易都市として栄えたイスラム第7の聖地でもある。  アタールまでの450kmは完璧な舗装だというので、安心して出かけていったのだが、途中の町のGSでガソリンが品切れしていた。ガガーン! こういう国だから明日になれば入ってくるという保証もない。どうしようか悩んでいると、「あそこなら売っているかも」と片言の英語を話せる少年が案内してくれた。そこは民家の中にある小さな商店だった。こんなところに本当に売っているのか? とびっくり。ちゃんと置いてあったが、1㍑200UMと1.5倍もする。でも買うしかない。まいったなあ。  その日はアクジュジュトの小さな宿に泊まり、翌日一路シンゲッティへ。ところが、1日中ひどい砂嵐に見舞われて疲れたこと疲れたこと。これが舗装走路じゃなく、砂漠のピストだったら大変だった。

■シンゲッティのアブドゥくん(シンゲッティ・1月25~27日)

シンゲッティでは「オーベルジュ・ザルガ」に泊まった。1泊1人500UM(250円)という安さに健ちゃんがつられて決めた小さな宿だけど、ここがなかなか良かった。宿の設備がよいわけではなく、オーナーのアブドゥくんが、である。彼は若干21歳。シンゲッティのモスクの管理人の息子で、ラクダツアーなどもアレンジしているというから、シンゲッティでも実力者一族なのかもしれない。  英語はほとんど通じなかったけれど、片言のフランス語だけでもコミュニケーションはとれる。お茶をごちそうになったり、食事を作ってくれて一緒に食べたり、アブドゥくんは友人でも招いているかのように接してくれた。最初はわずらわしく感じることもあったけれど、お金だけが目的ではないアブドゥくんのホスピタリティに感動した。  夜はアブドゥくんの友達も一緒に歌合戦となり、健ちゃんがケーナを披露したり、モーリタニアの歌「クンババイバイ」を教えてもらったり。  シンゲッティにはここの他に数軒小さな宿があるが、どこもほとんど客が入っていなかった。モーリタニアではけっこう知られた観光地だし、ユネスコの世界文化遺産にもなっているのに、シンゲッティに泊まるツーリストはそれほど多くはない。80kmほど離れたアタールの町から日帰りツアーで来るパターンが多いようだ。  たしかに、ここには何もない。旧オアシスも30分あれば見ることができるし、食堂もないし、インターネットカフェもない。一通り見てしまえば何もすることはない。でも、こんな砂漠のオアシスで一夜を過ごしてみると、砂漠での生活ぶりもわかっておもしろいと思う。  シンゲッティのさらに奥にもオワダンなど小さなオアシスの町が続いていて、キャメルサファリなどもできるので、この一帯だけ訪れる人もいる。モーリタニアでは砂漠のオアシスが本当にモーリタニアらしい見どころなんだろう。  モーリタニア人はあまり笑わないし、モーリタニアは好きじゃない、みんなお金目的だ、というツーリストが多かった。サハラ越えルート上のヌアディブ、ヌアクショットだけしか泊まらなかったら、そう感じるかもしれないけれど、私たちの印象は違う。少し話せば打ちとけてくれるし、お金ではない付きあいができる気がする。少なくとも、シンゲッティで会った人々は違っていた。  モーリタニアの魅力はサハラ越えルートだけではない。オアシスのほうまで足を伸ばせば、きっともっと素敵な砂漠の民に出会える。

« »