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モロッコ 2002年12月23日~2003年1月15日

モロッコ 2002年12月23日~2003年1月15日


■メディナを歩く(フェズ・12月24~26日)

スペインのアルヘシラスからジブラルタル海峡を渡ってセウタへ。ここから陸路でモロッコに入国した。モロッコ北部は冬が雨季のため、赤茶けた風景の夏と違って、なだらかな丘陵地帯は一面の緑の絨毯。気候も温暖なせいか冬は野菜の収穫期でもあるようで、路上ではトマトやジャガイモがたくさん売られていた。
タンジェに一泊したあと、モロッコ随一の観光地、フェズへ向かう。モロッコの町にはメディナと呼ばれる旧市街があり、狭い道が迷路状に入り組んでいる。特にフェズのメディナは規模が大きく、ユネスコの世界遺産にも指定されている。
3年前に私が一人でこの町にきたときは、自称ガイドの売り込みやナンパもどきが多かったけれど、モロッコがマトモになったのか、男連れのせいか、はたまた年増になったせいか、今回はそうでもない。男連れのせいだろう、きっと。
いずれにしてもガイドに連れられて歩くとロクなことはない。たいていはなじみの土産モノ屋に連れて行かれるし、「トモダチだから(いつトモダチになった!)、お金はいらない」と言っておいて、最後には「何かくれ」と言うパターンだ。迷路のようなメディナは迷いながら歩くのが楽しいのだし、いつかはどこかに出られるのだから、ガイドなんて不要なのだ。
フェズのメディナは観光地になっているとはいえ、実際は庶民の市場であり、生活の場。私たちも迷いながらゆっくり時間をかけて楽しんだ。

■カスバ街道(エルラシディア・12月26日)

フェズで2泊したあと、アトラス山脈を越えて南下する。緑豊かな風景からだんだんと乾燥した茶色い大地に変わり、峠を越えるとカスバ街道が始まった。カスバというのは、日干しレンガでできた昔のお城で、カスバの回りにはクサルという町も造られている。アトラス山脈の南には200km以上に渡ってこのカスバの町が続いているので、カスバ街道と呼ばれているのだ。
その起点となるエル・ラシディアという町に着く。町中でホテルを探していると、片言の英語を話す若者が「こっちだ」と道案内をしてくれた。たいていこういう場合、ぼられたりチップを要求されるので警戒したけれど、彼が案内してくれたホテルは1泊80DH(960円)と安いし、バイクは1階のカフェに入れてくれるという。広場の目の前でなかなかGOODなところ。案内してくれたモハメッドくんはここで働いている、ということで、チップを要求されることもなかった。ただの親切な人だったのだ。

■インテリジェンスなモハメッドくん(ワルザザート・12月27日)

カスバ街道を東から西へ。いくつものカスバの町を通り過ぎ、300kmほどでワルザザートに到着。ここも3年前に来たことのある町で、そのときに泊まったホテルに顔を出してみると、若いスタッフが欧米人ツーリスト相手にツアーの案内をしていた。彼はここのホテルの息子で、モハメッド・アリくん(モロッコにはたくさんの「モハメッド」くんがいる。現国王もモハメッド)。3年前はカジュアルな服装でまだ学生風だったのに、今やスーツを着こなし、立派なビジネスマンになっていた。向こうも私を覚えてくれていて、感激の再会となった。さすがに、バイクでやってくる日本人の女は他にはいなかったようだ(3年前はアプリリア50でツーリングしていた)。
モハメッドくんは毎年2ケ月程度ヨーロッパへ旅行するとかで話題も豊富で、なかなかインテリジェンス。3年前にも彼といろいろ話をした覚えがある。
夜はモハメッドくんと彼の友達3人と一緒にレストランでコーヒーをごちそうになった。みんなインテリっぽいし、町で声をかけてくるような輩とはちょっと違う感じ。彼らのような若者がいるなら、モロッコの将来はけっこう明るい。

■退屈な停滞の日々(アガディール・2003年1月2~8日)

ワルザザートから再びアトラスを越え、マラケシュに滞在したあと、海辺のリゾート、アガディールへ。
ここのキャンプ場で新年を迎えたあと、1月1日、西サハラへ向かって走り出す。町と町の間隔が100km、150kmとなり、あたり一帯、砂漠の風景になってくる。いよいよ砂漠だなあ、と感慨に浸っていると、ガガーン! またしても健ちゃんのジェベルのリアスポーク折れが発覚。
元旦からトラブルだなんてまったくついていない。ヨーロッパではずいぶん悩まされたので、スペインで全部取り替えたというのに。やっぱりオリジナルのものでないとダメなのか? この先、サハラ砂漠越えを控えているので、ここでしっかり直しておきたい。
幸い、マドリードの「ハッピーライダー」にオリジナルのスポークを1セット置いてきたので、それを送ってもらうことにした。受取り先は安心できるところじゃないとまずい。となると中途半端な町では危ない。そんなわけで、結局アガディールのキャンプ場まで200km、同じ道を戻ることにした。まだアフリカの旅が始まったばかりだというのに幸先悪い。でも、まあ、これも旅なんだから仕方がないか。
ところで、アガディールのキャンプ場にはヨーロッパから避寒で来ているシルバー世代のキャンピングカーがたくさん溜まっている。フランス人、イタリア人、ドイツ人、イギリス人とそれぞれコミュニティがあるようだ。みんな何ヶ月もここで暮らしていて、ビーチを散歩したり、読書をしたり、日がな1日のんびり過ごしている。日本人としては、かなり退屈じゃないか、と思うのだけど、日本のお年寄りに比べればアクティブな生活といえるのかも。
そんなシルバー村で1週間過ごすうちに無事にスポークも届き、1月10日、やっと旅を再スタート。さあ、行くぞー!

 

 

■最果ての町ダクラ(ダクラ・1月12~14日)

モロッコの南半分は西サハラ。この地域はモーリタニアとの間で領有権をめぐる争いが続いていて、現在は一応モロッコの統治下にある。とはいえ、まだ帰属問題が解決したわけではない。国境付近には多くの地雷が埋められているとのことで、2年前まではここ、ダクラからモロッコ軍の先導のもと、コンボイを組んで国境まで移動しなければならなかった。そんなわけで以前はダクラのキャンプ場にはたくさんのオーバーランダーが集まってきていたそうだが、国境まで自由に行けるようになった現在、往復80kmほど寄り道になるダクラに泊まらなくても直接モーリタニアへ行ってしまう車も多いため、以前ほど溜まっていない。寄ってもせいぜい1泊で出て行ってしまうので、もはや砂漠越えの基地ではなくなっている。実際、ここからモーリタニア国境までの500kmはきれいな舗装路で、途中に3ケ所ほどガソリンスタンドもあるから問題はない。国境からモーリタニア最初の町、ヌアディブまでがサハラ越えでは最初の難所ということになっている。
私たちはダクラで2泊し、砂漠越えのための予備のガソリンタンクや食料を準備し、国境へ向かった。

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