ぽこけん

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セネガル・ガンビア 2003年1月30日~2月28日

セネガル・ガンビア 2003年1月30日~2月28日

 

■国境越えの憂鬱(2003年1月30日)

モーリタニアからセネガルの国境は「アフリカ最悪」と言われている。アフリカで一番悪いなら世界で一番タチが悪いと言ってもいい。車で旅するヨーロッパ人がたくさん来るせいもある。中古車に乗ってきて、セネガルで売る、というパターンが多いので、国境の役人にとっては車両の通関手数料などの名目でお金を徴収しやすいのだろう。
比較的マトモだと言われる「DIAMA BRIDE」の国境から出国したのだが、ここもやっぱり腐っていた。まず、カルネのスタンプに1人2000UM(1000円・領収書なし)。これは先に国境を越えたジェベルで旅する杉野さんからメールで情報をもらっていたし、係官もとても感じがよかったので、おとなしく払った。これで終わりだろう、と思ったのだが…。次の窓口では「国立公園入場料」の名目で1人500UM(250円・領収書あり)、こんどこそ終わりか、と思ったら、さらにポリスに出国スタンプをもらうのにさらに1人2000UMと言ってきた。しかもこのポリスがとっても威圧的で感じが悪く、私たちが渋っていると、他の国境へ行け! と怒りだす始末。
結局払ってしまったけれど、どうにも釈然としない。頭にくるけど、怒りの持って行き場がない。
さらにセネガル川にかかる橋の通行料が1人2500CFA(500円)、セネガル側の入国でも税関でカルネを切ってもらうのに1台2500CFA(500円・領収書あり)、ポリスに入国スタンプを押してもらうのに1人2500CFA(500円・領収書なし)取られる。それぞれ最初の向こうの言い値は15ユーロ、10ユーロ。値切れるというところが賄賂である証拠。だけど、まったく払わないで通るには相当苦労しそう。ああ、疲れる。
ここで西アフリカ共通の保険にも加入しないといけないといわれ、高いのを承知で払った。ポリス、税関、保険のおばちゃん。あとで聞いた話では、彼らはみんな兄妹で、ファミリーで牛耳っているそうだ。一般のセネガル人は貧しいのに、彼らは濡れ手に粟でがっぽり儲けている。こんなんでいいのか?
さらに休日(モーリタニアは金曜、セネガルは土・日曜)や8~12時、15~18時の時間帯以外は「時間外割増」でこれらの料金が2倍とも4倍ともなるという話だ。ヨーロッパ人らは平然と払っているけれど、この状況をなんとか変えられないのだろうか。全員でボイコットして国境に座り込みするとか、フランス政府が介入するとか。あるフランス人は税関のやりとりを録音しておいて、逆に係官を脅したとか。エライ! このままヤツラをのさばらせないためにも、これから西アフリカへ行く人は対策を考えよう。

■サンルイでビール!(サンルイ・1月30日)

セネガル川の河口にあるサンルイの町。町はずれのビーチに面したキャンプ場にたどりついた。ここまでの道もすごくて、人もたくさん歩いているのに、馬車や乗り合いのバンが狭い道を行き交っている。しかも路面は深い砂。荷物満載のバイクでトロトロ走るのはつらい。人口の少ないモーリタニアに比べると人も多くて活気がある。アラブ系の顔立ちの人はもうほとんど見かけず、黒人ばかり。本格的なブラックアフリカに入ったのだ。
喧騒のサンルイの中心部を通りすぎ、ビーチ沿いの「HOTEL DIOR」へ。ここのホテルの庭でキャンプできるというのは、他のツーリストに聞いていた。車やバイクの旅にはやっぱりキャンプ場がいい。特にブラックアフリカでは、うるさい土産モノ売りや子供たちの「カドゥ(何かくれ)!」攻撃から逃れるためにも、くつろげる空間はありがたい。街中の安宿ではこうはいかない。
テントを張って、早速ホテルのバーへかけ込んだ。ああ、やっとビールが飲める! 冷たいガゼル(ビールのブランド)がおいしい。ああ、シアワセ。国境越えの悔しさもしばし忘れて喉を潤した。

■悠々旅暮らしのドイツ人夫婦(サンルイ・1月30日)

サンルイのキャンプ場は、やっぱりオーバーランダーの車の溜まり場になっていた。私たちのテントの隣は、大きなトラックの50歳前後の犬連れドイツ人夫婦。装備もしっかりしていて典型的なドイツ人ツーリストといった風情。彼らは中央アジアへも行ったことがあるというので、話が盛り上がった。なんでもベルリンで旅行用品の店をオープンさせ、スタッフ10人もの企業にしたあと、14年後にその権利を売って旅暮らしの生活に突入。その後今に至る7年間、ドイツにときどき戻りながらアフリカを中心に、あちこち出かけているとか。
年金も払わず、自分たちの蓄えで暮らしていく、とのことだから、相当お金を持っているのだろう。日本に家も車も住民票も、仕事もないのに、2人で年間30万円もの年金を払わなくてはならない私たちとはえらい違い。それでいて、一部の長期旅行者にありがちな、世の中を捨てたような雰囲気はなく、ごく普通の人たちだ。ヨーロッパ人、特にドイツ人は旅好きで、世界中どこでも出没している。日本人も多いと言われるけれど、アフリカに限っては日本人はごく少数。そのほとんどがバックパッカーで、バイクの旅人が少数いるものの、車で旅する人はほとんどいない。
もっと気軽に自分の車で旅できるようになればいいのだけど、島国ニッポンの隣国はロシアと中国。中国を自由に走るのは今のところ無理だし、ロシアは最近ようやく行けるようになったけれど、ビザ取得や通関などの点でまだまだ問題多し、といった感じ。気軽に利用できる国際フェリーがあればいいなあ。

■ダカールで前田夫妻に会えた(ダカール・2003年2月3日~13日)

サンルイで釣りをしながら数日過ごしたあと、ダカールへ。中心部から7kmほどのビーチにある「C.V.D(Cercle Voile du Dakar)」というセーリングクラブへ直行した。ここはキャンプ場ではなく、ヨットで旅する人たちの施設だけど、広い庭でキャンプさせてくれる。この情報をくれたのが、XLR80で旅する前田隆一&直子ちゃんの夫婦。モロッコからずっとメールでやりとりしながら彼らの後を追うような形で同じルートを進んできたのだが、ここでようやく会えた。1日200kmがやっと、という80ccの2人にしばらく追いつけなかったのは、私たちの旅のペースがいかに遅いか、を物語っている。
でも、旅のペースは人それぞれだし、急ぎ足の旅では見えてこないものだってある。
直子ちゃん&りゅうさんの夫婦は、スーダン、エジプトをバックパック旅行したあと日本から送ったバイクをスペインのバルセロナで受け取り、1年間でアフリカを旅する予定。サハラ砂漠もバイクごとトラックに乗せて越えてきて、この先も無理をせずに、道の悪いところはバイクごと列車に乗せたり、ときにはバイクを置いてバックパッカーになったりするとのこと。
「私みたいにバイクのテクニックがないヤツでもアフリカをバイクで旅ができる、ということを証明できればいいなあ」と言っていたけれど、まったくその通り。バイクの旅だからといってがんばる必要はない。
そういう直子ちゃんは身長142cm、体重32kgという超ミニサイズ。ダンナのりゅうさんと親子に見られることもしばしば。
スイスで会ったXR400の岡ヤンこと岡野くんもチュニジア、アルジェリアからサハラ越えをしてダカールに来ていたのでここで合流し、さらに1ケ月の休暇で来ているバックパッカーの溝口さんもやってきて、フランス人ばかりの「C.V.D」に日本人村ができてしまった。これもメールでやりとりできる世の中だからこそ。それにしても、欧米人ライダーはほとんど見かけない。アルジェリアルートには何人かいたらしいけど、どうしてこっちには来ないのだろう。

■ダカールにはがっかり(ダカール・2月3~13日)
ダカールの町は「西アフリカきっての大都会」「西アフリカの玄関口」という触れ込みだったので、かなり期待していったのに、行ってみたらがっかり。ただ町が大きいだけだった。
なんと銀行のATMが使えない! せっかくシティバンクの口座に大金を入れてきたというのに。ビザカードのキャッシングだけはできるらしいが、これじゃダメじゃん。
しかも、数年前にはあったホンダのバイク屋もつぶれていて、XL-Sの新車とパーツがなんとか手に入る程度。中古バイクショップも1~2軒しか見かけない。パリ・ダカールラリーのゴールになっていた時代はもっとバイクショップもあって賑わっていたのかもしれないけれど、今や、もう終わってしまった町、という感じ。
観光的にも魅力がないうえ、町中に安宿が少ないのでツーリストが溜まる場所もない。ごちゃごちゃした町は人も多く、モノ売りもうるさい。いらないって言っても「How much your price?」としつこい。ただ歩いているだけなのに、「What do you want?」と声を掛けてついてくるヒマな男も多くて
歩きづらいことこの上なし。
そのうえ、一部ではツーリストプライスもまかり通っていて、同じホテルでもモーリタニア人だと1部屋2000CFA(400円)なのに、日本人ツーリストに聞いたら12000CFA(2400円)払っているという。ひどいヤツになると「ツーリストなんだから高い値段を出すのはあたりまえだ」と堂々と言ってはばからない。「何百年もヨーロッパ人に搾取され続けたから、その仕返しをしているんだ」という意見も多い。それじゃ、日本人はとばっちりを受けているのか?
そんなわけで「西アフリカの大都会」ダカールはイマイチ好きになれなかった。

■ガンビアでポリスに粘り勝ち(国境・2月15日)

やや面倒なガンビアの入国手続きを完了して走り始めると、すぐにポリスチェックがあった。健ちゃんが勘違いして止まらずに通りすぎ、私が止まったので戻ってきたけれど、それがポリスにつけ込まれる原因となった。つまり、ちゃんとその場で止まった私は問題ないけれど、無視して通りすぎた健ちゃんは「プロブレム」だそうだ。カルネ通関ではなく、一時輸入の書類の裏に、ここのポリスチェックのサインをもらわなければいけないから、外国人の車は止まる必要があるとのことだ。  なんでもこのことを上司に報告すれば、裁判所へ行って罰金を払う羽目になるらしい。月曜日までバイクを置いて2日も待たなければならないし、罰金は50000CFA(10000円)もかかるぞ、という。さらに「私たちはおまえたちを助けたい。今、10000CFA(2000円)  払えば、免れるぞ」というのだ。まったくバカげている。  これは当然賄賂なので、払いたくない。こうなったら粘り作戦。まずは下手に出て許しを請うことから初め、いろいろ世間話したり、仲良くなるのがいい。万が一怒らせて険悪なムードになったら相手は強硬になるだけなので、このあたりは慎重にコトを運ばなければならない。 2人ともサングラスで一見強面だけど、幸い、そんなに悪い人ではなさそう。イスも勧めてくれて、お互い和やかなムード。それでもお金の話になると10000CFAと言って譲らない。そうなったらまた話をそらして友好ムードに戻す。3時間もそうこうしているうちに、なんとか無罪放免となった。

■快適なスクタ・キャンピングにはまる(スクタ・2月15日~25日)  ポリスからようやく釈放されたあと、ガンビア川のフェリーを渡り(人間とバイクで10D・50円)、首都バンジュル郊外のキャンプ場を目指した。ダカールで別れた直子ちゃん&りゅうさんも泊まってるはずだし、ごちゃごちゃした街中のホテルでは何かと落ち着かない。特にブラックアフリカではみんなツーリストに話しかけてくるので、いちいち相手になると疲れる。その点、キャンプ場ならしっかり管理されておて、門番もいるから宿泊者以外には入ってこないからそういう煩わしさを回避できるし、バイクも安心して止められる。  しかも、ここ、スクタ・キャンピングは今だかつてない、旅人の気持ちをわかった素晴らしい設備。テントのほか、バンガローも安く、レストラン、バー、ミニショップ、キッチンも揃っている。何と言ってもトイレが清潔でびっくり。便座もトイレットペーパーもあるし、絵までかかっている。いつもきれいに掃除されていて、さすがドイツ人経営だけある。そのせいもあって、客もドイツ人が多い。ほかにイギリス人やスペイン人もいるのに、セネガルまであれだけいたフランス人が1組も来ていない。やっぱり言葉が通じないからか?   ツーリストだけじゃなく、ガンビアに1年以上も住みついているというドイツ人のおじさんも毎日遊びにきていたし、ガンビアで車の売買の商売や観光業を営むドイツ人は多い。イギリスからのツアーも多いようだし、同じ西アフリカの国でも、ちゃんとツーリストの住み分けがあって興味深い。  ドイツ人宿の様相もある、ここスクタキャンピングで、直子ちゃん、りゅうさんのほか、ダカールでも一緒だったバックパッカーの溝口さんも翌日やってきて、またまた日本人村ができあがった。  ガンビアは釣りにもバッチリの環境だし、英語も通じるし、キャンプ場は居心地いいし、物価も安い。人々もセネガルなどよりすれてない。フランス語とうるさいモノ売りに悩まされたので、ここに来て長居してしまう人は多いかも。

■渡辺くんがやってきた(スクタ・2月20日)

直子ちゃん&りゅうさんが出発する日の朝、ボロボロの服を来た日本人がやってきた。やっぱりバイクでアフリカ一周中の渡辺くん。大阪の大学を休学し、XT400で南アフリカからスーダン・チャドを越えて西アフリカまでやってきたところでバイクが壊れ、直しながら来たものの、セネガルに入ったところで再び壊れてしまったという。直してもお金も時間もかかるし、大学に戻るのもタイムリミット。これ以上直すのをあきらめてガンビアでバイクを何とかしようと動かないバイクを車で運んできたのだった。今はバンジュルの街中の安ホテルに泊まっている。  幸い、ここのキャンプ場のオーナーのジョーは車の売買にも詳しいので、渡辺くんのバイクも引きとってくれることになった。日本からカルネを作って持ってきているけれど、ガンビアではカルネ通関しなかったし、税関の書類があれば問題ないらしい。たしかに壊れてしまって修理に多額の費用がかかる古いバイクを、高いお金を出して日本まで送り返すのは得策ではない。それに、ここで引きとってもらえれば、ただの鉄クズにはならず、もしかして走るように直す人がいるかもしれない。  ところで、この渡辺くん、とっても汚い。頭はボサボサ、ズボンもシャツも汚れまくっている。「エンジンからオイルが吹き出ていて汚れるんです」といい訳していたが、まったく洗濯をしないらしい。ズボンも1ケ月以上洗ってないので、真っ黒け。「アルジェリアで入国拒否された」とのことだけど、パスポートの表紙の色が5年有効の紺(10年モノは赤)で、「JAPAN」の文字が摺れて消えていただけが理由じゃないと思う。 「汚い格好をすることは、今の若者の流行りなんじゃないか」という意見もあったけど、本当? 私たちが旅をしている間に、日本も変わったのだろうか? そんなことないよねえ。

■ジャンジャンブレでの~んびり(ジョージタウン・2月25日~28日)

10日も滞在したスクタをあとに、ガンビア川沿いに東へ進む。途中のソマという町までの道路は舗装とダートが交互で舗装路も穴ボコだらけだったけど、ソマから東は交通量が少ないせいか、舗装の痛みも少なく、いたって快適だった。途中、何ヶ所もポリスチェックがあるけれど、どこも感じがよく、日本から来た、というと話がはずんだ。フランス語と違って英語が通じるからコミュニケーションもとりやすい。  でも、彼らの本当の言葉は英語ではなく、各部族の言葉なので、挨拶だけでも覚えておくとウケがいい。特に「ギャラマ(ありがとう)」は通用度が高く、それだけでも相手の態度が違ってくる。私たちが目指すジョージタウンも英語名で、本当は「ジャンジャンブレ」という名前らしい。  ジャンジャンブレは予想していたよりずっと小さな町で、メインストリートも未舗装。何もないといえば何もないけれど、ガンビア川に面していてゆっくり過ごすにはいいところ。人も親切で居心地はいい。 健ちゃんがちょっと調子を崩したこともあり、何もせずに3泊も滞在した。  そういえば、ガンビアではなぜか住所交換が流行っていて、私たちツーリストの住所を聞きたがる。彼らもあらかじめ紙切れに書いた自分の住所をくれる。走っている途中でも、川で泳いでいた男の子が裸のままで「I need your address!」と叫びながら追いかけてきたことがあったけれど、どうして そんなに住所を知りたがるの?

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