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カザフスタン・キルギス 2001年8月23日~10月1日

カザフスタン・キルギス 2001年8月23日~10月1日

■カザフスタンの田舎町で日本人団体に会う  8/23~24

あっけなくロシアの出国手続きを終えて、カザフスタン側の入国手続きへ。ロシアの人たちに言わせると「カザフスタンの警官や役人はすぐマネー!マネー!だ」とのことだったので、緊張して臨んだけれど、行ってみると、まったくそんなことはなく、いたって親切。ロシアと違って書類の記入の仕方も教えてくれた。私たちと同じ顔をした東洋系の人が多くて、親しみが持てる。
無事に国境を越え、100kmほど離れたセミパラチンスクという町で泊まることにした。カザフスタンでは入国後3日以内に外国人登録を行わなければならないからだ。社会主義的でまったく面倒なシステム。この町のオビール(内務省外国人登録課)へ行くと、どこかホテルに宿泊しなければならない、という。そこで宿泊証明書を書いてもらい、手数料を銀行振り込みをし、その領収書を持って、翌日改めて行くことになった。どうして言葉が不自由で不慣れな外国人がそこまでしなくてはならないのか?
そんなときに日本語を話せるカザフスタンの人が現れた。そういえば、係官の机の上には日本のパスポートが何冊も重ねてあった。どうやらこの町に日本人の団体が来ていて、そのガイドさんらしい。団体は長崎大学医学部の医療ボランティアの一行で、カザフスタン北部でソ連時代に行われた核実験の後遺障害を調べている。少し前には広島大学のグループが来ていたそうだ。唯一の被爆国である日本が(だから広島大学と長崎大学なのだ)無償でやっているとのこと。
こんなところで各実験が行われていたのも初めて知ったけれど、ロシアで日本人にたった1人しか会わなかったのに、こんな何もないカザフスタンの田舎町で、20人近くの日本人に会うなんてびっくり。
他にJICAの人などもここに住んでいる。日本のTVクルーのほか、カザフスタンのTV局のカメラマンも来ていて、私たちもついでに取材された。
医学部教授の山下先生からは「すごいことだから、がんばって」とお餞別$200と抗生物質をもらう。私たちから見れば、自分が好きで旅しているだけで、僻地医療でボランティアをしている先生たちのほうがすごい、と思うのだけど、ありがたくいただいた。

■田舎町でヒーロー扱いされる 8/24~25

セミパラチンスクをあとに、北部の田舎町をいくつか過ぎ、アヤキョズという小さな町に着いた。町で1軒だけの、駅前のホテルに泊まる。1泊500TGと安いが、共同のトイレがあるだけでシャワーはなく、それなりの設備。ホテル内のマガジン(商店)の男の子が多少英語を話せるので仲良くなった。
カザフスタンにはロシア以上に東洋系住民が多く、日本人のような顔の人もたくさんいる。この商店の男の子も日本人顔で、彼のお姉さんも小柄でなかなかの美人。カザフスタンに入って気が付いたが、女性はなかなか美人が多いようである。基本的に東洋系の顔立ちだけど、ほんのちょっとイスラム系だったりスラブ系が混じっていて、スタイルもよくけっこうお洒落。男性のほうは、どうもイマイチ。
翌朝、ホテルのおばちゃんが戸を叩く。
「ポリスがやってきた」
というので緊張する。どうして? 若い女性2人組のポリスがパスポート、ビザ、招待状などをチェックしただけで特に問題はなかったが、ホテルに泊まっただけで警察が調べにくるなんて、まるで犯罪者扱い。こんな田舎町に外国人ツーリストが泊まることなんてまずないだろうから、社会主義国家としては仕方がないのかもしれない。
ほっとして荷物をまとめ、駅前で記念撮影をしていると、たくさんの人達に囲まれる。みんなで写真を撮ったり、質問に答えたりして、今日もヒーローになってしまった。ロシア以上にバイクもツーリストも珍しいようだ。ひと段落したのでホテルのカフェで一休みしていると、さっきの人たちの中の誰かが、私たちに冷たいコーラをおごってくれ、カフェのお姉さんもカザフスタン音楽のカセットをプレゼントしてくれた。何か書いてくれ、とノートを差し出す人もいる。カザフスタンって、何だかいいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

■噂の悪徳警官に遭遇  8/26

アルマトイを目指してひたすら南へ進む。シベリアと違って森林はなく、乾燥して広漠とした丘陵地帯の中の一本道。村から少し離れた小高い丘の上にミニチュアのモスクが集まっているのをいくつも見かけた。墓地のようだが、湿った雰囲気は微塵もない。ロシアとは違う国なんだ、と実感する。
道路横の見晴らしのいい丘で休憩し、再び道路に出たところでタイミング悪く対向車線から来たパトカーに出くわした。いきなりサイレンを鳴らすと、止まれと合図する。何事かと思ってとりあえず止まってみると、中から2人のポリスが下りてきた。顔をみたとたん、すぐに悪徳タイプだとわかった。顔も渋いし態度も悪い。今までロシアやカザフスタン北部の田舎で会ったポリスは、「ズトラストビーチェ(こんにちわ)」と挨拶もしてくれたし、どこから来たんだ、とか、どこへ行くんだなど世間話もして笑顔でなごやかに接してくれたのだが、最初から賄賂目的のヤツは態度でわかる。案の定、書類やビザ、外国人登録に不備がないとわかると、道路をそれて何をしていたんだとか、健ちゃんがすぐに止まらなかったのは違法だ、とかいろいろ言ってくる。結局何かと難癖を付けてお金を巻き上げるのが目的なのだ。こういうときは、下手に出るのが得策。南米でもポリスに苦労したけど、相手を刺激するとロクなことがないのだ。
「ごめんなさい、ロシア語がわからないの」
「どうもすみませんでした」
「えっ? 何ていってるんですか?」
「私たちは、アフリカまで旅をするんです」
「ビザもあるし、外国人登録もバッチリ。バイクの免許も書類もあるし、何が問題なんでしょう?」
などひたすら言い続ける。相手のいうことは極力わからないふりをする。そのうちあきらめて行ってしまった。勝った!

■大都会・アルマトイで怠惰な日々

ようやくアルマトイに到着。アルマトイは人口120万人、カザフスタン随一の都会(首都ではない)だ。24時間営業のスーパーマーケット、ファーストフード店やブランドショップ。みんな携帯電話を持っているし、今まで見てきたカザフスタンの田舎町とはまったく違う国のようだ。
ここでは、再度の外国人登録と、ウズベキスタンのビザを申請する。なんと2週間待ち。これまで毎日のように移動を続けてきたので、この辺でゆっくりするのもいいだろう、と思ったが、3日もすると飽きてしまった。中央アジアとはいえ、ここはイスラム色も強くないし、これといった見どころも少ない。これからキルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタンと中央アジアのハイライトを前にして待ちぼうけを食わされているのだ。旅行者も少ないので旅の情報も入りにくい。また、東洋系の住民が多いアルマトイでは、日本人は目立たない。ましてバイクに乗っていない私たちを珍しがる人もいない。ロシアが懐かしいなあ。早くバイクツーリングを再開したい。

 

 

 

 

 

■キルギス入国、首都ビシュケクでオーストリア人ライダーと出会う

キルギスの首都、ビシュケクはびっくりするほどさみしい街。夜になるとメインストリートの一部以外は真っ暗だし、中央アジアの他の国の首都と比べてもずいぶん見劣りがする。
この町で、オーストリア人のロレンス&パトリックと出会う。ロシアでは何組か出会ったが、中央アジアではほとんどライダーに会えなかっただけに、お互いに出会いを祝してイタリアンレストランで乾杯した。
彼らはBMWに乗ってインドネシアから東南アジア、そして日本、ロシア、カザフスタン、と1年ほどツーリング中。日本には2001年5月に来て1ヶ月ほど滞在し、松本ミチハル氏にも会ったとか。

 

 

 

 

 

 

■山上の楽園、ソン・キョル湖

イシククル湖が有名だけど、その南西にあるソン・キョル湖が私たちのお気に入り。標高3000mにあって、もっと静かで素朴でいいところ。公共の交通手段はないけれど、ライダーならダートランと景観を楽しみながら湖まで走れます。9月末ではかなり寒かったし、3500mの峠越えもあるので雪の心配もあるけれど、湖の周囲はまるで桃源郷。広い草原に遊牧民のユルト(テント)が点在し、湖越しにうっすらと雪化粧の山々。(行ったことはないけれど)モンゴル的な風景です。夏はここへくるツアーもあるそうだけど、9月になるとひっそり。遊牧民の人にお茶をごちそうになりました。彼らは5~10月の間ここで遊牧生活をし、寒くなると下の村へ下りてしまうので、冬は誰もいない無人の世界になるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

■盗難事件発生!

キルギスは宿が少ないこともあって、私たちは毎日のようにキャンプ生活。そんなある日、山の中でキャンプをしている間に荷物を盗まれる、という事件が起こった。ジェベルのリアのトップケースとツールBOXの鍵が壊され、中身をそっくり持って行かれていた。さらに、テントの前室に置いておいた靴までなくなっていた! ガーン! こんなことは初めての経験で大ショック。
サンダル履きで夜中にカザルマンという町まで避難した。セローのほうの荷物はまだ無事だったが、またそれを目当てに、戻ってくるかもしれない、と思ったからだ。
夜中に警察の前まで行くと、横の家の人が出てきて、私たちを泊めてくれた。
翌日、役場へ行くと、市長が警察署長やKGBの人を召集し、私たちのために捜査チームを作ってくれた。キルギス人は日本人びいきだということもあるし、市長らは、日本がキルギスにとって最大の援助国だ、ということを知っているようだ(私は知らなかった)。とにかく「日本人」というだけでVIP扱い。カザルマンの町には、外国人旅行者がくることなどまずないせいもあって、ただの貧乏旅行者でも、海外旅行している=お金持ち、と思っているようだ。
ところが、捜査はかなり行き当たりばったりのようで、なかなか犯人は見つからない。アリバイのないというだけの少年が次々としょっぴかれてくる。それで、「こいつか?」と聞くだけ。私たちの記憶だけが判断基準なのだ。あきらめかけていた4日目、犯人の少年の1人が捕まった。やっぱり、あの夜、私たちのテントに遊びにやってきた2人組の少年だった。キャンプ地近くの小さな村に住んでいて、もう1人の主犯は逃亡してしまったらしい。彼らは今後どうなるのか? 小さな村では生きにくくなくるだろう。
荷物の大半も戻ってきて、私たちは無事に旅を再開できたけれど、ちょっと複雑な思いでカザルマンの町をあとにした。

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