ぽこけん

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ポーランド・ドイツ・オーストリア・リヒテンシュタイン・スイス・フランス・アンドラ 2002年8月27日~9月19日

ポーランド・ドイツ・オーストリア・リヒテンシュタイン・スイス・フランス・アンドラ 2002年8月27日~9月19日

■西高東低の法則

バルト三国からポーランドに入る。国境付近の北部には森林もあって野宿しやすかったのに、中央部付近までくると平地になり、街が増えてきた。ずっと平らで人家が続き、人目につくところばかり。ルブリンの街付近でキャンプできる場所を探したけど、結局40kmも走ってようやく見つかったというか、無理やり人家に近い森の中でテントを張った。キャンプ場はまったくない。  前回はポーランドの西側しか走らなかったから大きなスーパーもいっぱいあったし、高速道路もあって「ドイツとあまり変わらないなあ」と思ったけど、東側はまだまだ。  そういえば、ロシアで出会ったポーランド人ライダー2人が「自分たちの街はドイツ国境から30kmしか離れていない」とやたらと強調していた。今思うと納得できる。  トルコや東欧の物価や経済発展度はどうも西高東低の傾向があるのだが、ポーランドもやっぱり例外ではないようだ。

■イワケン&グリくん  「ポーランドの京都」、クラクフ。旧市街には古い街並みが残っている。第二次大戦でポーランドの多くの都市は壊滅的に破壊されたけれど、ここは奇跡的に免れたそうだ。寄ろうかどうか悩んだ末に街の中心地まで行ってみることにして、まずツーリストインフォメーションへ向かったら、荷物を山のように満載した2台のバハを発見。やけにバイクが汚れているけど、これは日本人に違いない。果たして彼等は今年7月に日本を出発、ロシアを横断してきたイワケン&グリくんのコンビ。  「ノーザンウォーカーズ」という、海外ツーリングライダーのインターネットのサイトで、誰が現在どこを走っているのがわかるので、彼らが近くまで来ているのは知っていたけど、こんな路上で偶然に出会えたのはびっくり。ロシアならいざ知らず、道路の多いヨーロッパでは確率が低い。  せっかく会えたのだから、と私たちもちょっと無理して1泊5000円(ツイン・朝食付き)という彼等のホテルに泊まり、早速みんなで旧市街のカフェでビールパーティとなった。  イワケンは新橋生まれの新宿育ち、グリくんは渋谷生まれの渋谷育ち。2人ともバリバリの都会っ子。よくしゃべるイワケンに対し、グリくんは無口でおとなしい。対象的だけど、いいコンビなのだ。グリくんは、海外旅行もバイクも初心者。2輪免許もこの旅のために取った、という。  初めての海外旅行がロシアのバイクツーリングなんて、いくらなんでもすごすぎないか? イワケンに無理やり連れてこられたのか、と思いきやそうでもないらしく、野宿しながらの旅を楽しんでいる。日本では1日に3回くらいしかしゃべらない(イワケン談)のに、私たちと一緒に過ごした数日の間は、ずいぶん話してくれた。旅は確実にグリくんを変えているのだった。

■洪水のあと

ポーランドで出会ったイワケン&グリくんと一緒にチェコへ向かう。ほとんど毎日野宿で毎晩のように焚き火宴会が続いた。彼らは焚き火が大好きで、肉をそのまま焚き火で焼いて食べるというワイルドなキャンプスタイル。ときどきテントも使わず、バイクカバーにシュラフごと包まって寝ることもあるのだとか。私たちもバイクカバーを持ってきているけれど、そういう使い方はしたことがなかった。バイクカバーはいろいろ役に立つので、海外ツーリングにオススメアイテムですよ。  ゆっくりペースの4人は国境から3泊もかかって南ボヘミア地方のチェスキー・クロムノフへやってきた。ここはオーストリア国境に近い小さな街。世界遺産の旧市街には赤い瓦屋根の家々が連なって、いい雰囲気を醸し出している。  そんな落ち着いた街並みとは対象的に、8月中旬の大洪水の影響はかなりひどくて、あちこちで道路が陥没していたり、川が氾濫した跡や、建物にも浸水のあとが見られた。そうとうひどかった様子だが、それがすでに絵ハガキにもなって売られていたのもすごかった。売上は洪水の支援金に当てるそうなので、私もちょっとだけ協力した。  プラハへ向かう道路も洪水のためにところどころ寸断されていて、何度も回り道をさせられた。あちこちで補修工事をしていたし、浸水のあともたくさん見られた。2002年の洪水は記録的なもので、ドイツ南部からチェコまで、相当広い範囲に被害が出たようだ。4年前、住んでいた那須高原でも大洪水があり、そのときバイクに乗っていて死にそうになった経験があるので、洪水の恐ろしさは身をもって知っている。ヒザほどの水位なのにバイクごと流され、「もしかしておぼれ死に?」と思ったのだ。以来、大雨のときはバイクに乗らないようにしている。  ライダーのみなさん、無理は禁物。大雨の日は走っちゃいけませんよ。

■ロシア横断ライダー集合!

チェコ・プラハからドイツ、オーストリアを素通りし、スイスへ急ぐ。スイスには友人のはるみさん&クルトさんの夫婦が住んでいて、そこで今年ロシアを横断してきた「びわこナマズ」こと稲川くんが私たちの到着を待っていると聞いたからだ。  えっ? 稲川くんは7月後半に日本を出たばかりのはず。まだ1ヶ月半しか経っていない。いったいなんでこんなに早いの? 私たちは半分の距離のシベリアだけで同じくらいかかっている。こっちが遅すぎるのか? おかしいなあ。  なんでも稲川くんはバイクをシベリア鉄道に乗せて移動したときに、とてもイヤなヤツと一緒だったせいでロシアの印象がとても悪くなり、早く抜けたくて一気に抜けてしまったとのこと。1日700~800kmのペースで走っていたそうだ。確かにあの鉄道区間では健ちゃんも財布をすられたし、チェコで一緒だったグリくんもトラベラーズチェックを盗まれている。多くのロシア人は親切で素朴なのに、一部の人たちのせいでその国の印象がガラリと変わってしまうこともある。私たちは運よくいい人たちばかりに出会えたからロシアの印象はすこぶる良かったんだけど…。  逆に私たちも日本人の代表のように思われるわけだから、行動や言動には気をつけないと。  はるみさんの家には「クロの親父」こと岡野秀樹くんも来ていた。彼は5月末に出発し、ロシアを横断したあとノールカップも回ってきている。やっぱり早い。カソリックだろうか?  ちなみに稲川くんは世界3周目のベテランライダーで、一方岡野くんは今回が初の海外ツーリングで世界一周を目指している。2人ともこれから東欧を回ったあとアフリカへ向かうということなので、今度はアフリカのどこで出会えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

■はるみさんとクルトさんのこと

私たちがお世話になったはるみさん、クルトさん夫妻は、20年ほど前にタンデムで世界一周(著書「地球に恋してタンデムラン」<造形社>)したり、車でサハラ越えなどしている旅好きのご夫婦。3年前の冬には、サイドカーでヨーロッパからロシアを通って日本まで来て、日本からは再びロシア、中央アジア経由でスイスまで1年がかりの旅をしている。いわば日本発ロシアルートの先駆者的存在なのだ。  それまではロシアに親戚が住んでいるとか、何か特別なコネクションがなければ自由に旅できるインビテーション(招待状:ロシアビザ取得のために必要)が取れないと思っていた。実際、日本の旅行会社やロシア大使館に問い合わせると、「滞在期間中のバウチャー(ホテルと移動手段のチケット)が必要」、という答え。つまり初めからホテルを決めて列車や飛行機で移動するような旅行じゃないとビザをくれないという。バイクで旅するのだから、そんなのは無理に決まっている。  ところが、はるみさんとクルトさんはロシアの弁護士さんの会社に依頼し、バウチャーなしで旅行できるインビテーションを発行してもらったとのこと。とにかくそれさえあればビザは発給される。  彼らの紹介で私たちもその会社からインビテーションを発行してもらい、3ヶ月のビジネスビザ(観光ビザは1ヶ月しかもらえない)が取得できたのだった。  2002年2月、シャモニーへのスキー旅行のついでに会いに行ったので、今回は3度目、7ヶ月ぶりの再会だ。アルプスの山小屋風のかわいらしい家で5泊もさせてもらい、ゆっくり旅の疲れをとった。  2人は今年の冬、車でチュニジア、アルジェリアへの旅を計画中だとか。5週間の休暇をもらえるというのもうらやましいし、(日本と比べて)気軽にアフリカへ行けるという環境もうらやましい。

■シャモニーを再訪

スイスからアルプスの峠を越えてフランス・シャモニーへ。ブドウ畑の間をぐんぐん登り、フリーパスの国境を越えて峠へ登りつめると壮大なグラン・モンテの山がバーンと目の前に現われた。まだ雪が残っていて、氷河もよく見える。さすがにすごい眺めだ。「帰ってきたぞー!」と思わず叫ぶ。というのは、私たちは2002年1~2月、約1ヶ月に渡ってここ、シャモニーでスキーを楽しみ、毎日のようにアルプスの山々を眺めながら生活していたのだ。  シャモニーの谷にはいくつかのスキー場があり、どこも標高2000~3000mにあり、広大でダイナミックなコースを持っている。その中でも、グラン・モンテのスキー場はスケールの大きさ、コースの多彩さ、雪質ともにNO1、エキスパートが集まるところで知られている。第1回冬季オリンピックが開催された歴史のあるスキー場なのだ。  こうして少し離れて見ると、その大きさがよくわかる。標高3000m以上から一気に標高差2000mも下るのだから、ヨーロッパアルプスのスキー場はやっぱりスゴイ。  アルプスの景観を楽しみつつ、谷間の道をシャモニーの街へ向かう。やっぱりツーリストでいっぱいで、日曜日でもお店がオープンしている(フランスでは普通、日曜日は休み)。夏はスキーではなくトレッキングの人々が多く、日本からの中高年ハイカーもたくさん来ている。シャモニーで過ごした日々を懐かしく思いだしつつ、メインストリートを歩く。  毎朝焼き立てのバゲットを買いに行ったパン屋さん、食材を買っていたスーパー「プチ・カジノ」、黄色いシャモニーバスも変わっていない。たった半年前のことなのに、なんだかとっても懐かしい。  その日はシャモニーのキャンプ場に泊まった。テントサイトからは素晴らしいアルプスのパノラマが広がる。なだらかな山容のモンブラン、天を突くようなエギュー・デュ・ミディ、グランド・ジョラスの先鋒群…。  さよならアルプスの山々。またいつか会いに来るからね。


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