ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


ボリビア

ボリビア→アルゼンチン国境越え 2015年10月17日

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朝の5時、部屋のドアを叩く音がします。誰かがトイレへ行った帰りに部屋を間違えたんだろうと思っていたら、警察だそうです。何かと思ってドアを開けると、2人の警官が入って来て私の荷物を片っ端から調べ始めます。その後も別に3人の警官がやってきました。荷物を全部調べてから「ありがとう」と言って帰って行きましたが、いったい何だったのでしょう。朝の5時という時間から考えても、これが「ガサ入れ」というやつでしょうか。国境という土地柄からこういうことが良く行われるのか、外国人徹底調査のキャンペーン中なのかわかりませんが、何か取られたわけではないし、まあ、貴重な体験ができて良かったかなとも思います。しかし、部屋にまで入り込んで来るなんてカザフスタン以来の出来事でした。

 

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出発前に、両替屋でボリビアで余ったお金とアメリカドルをアルゼンチンペソに交換、1ドル16アルゼンチンぺソくらいのレートでした。8時に国境へ向かいます。

 

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国境へ着くと長蛇の列ができていました。ここの国境は、イミグレーションも税関も両国隣り合った部屋にあるので、あちこち動き回らなくて良いのは利点ですが、こう混んでいると、どの列が何なのか良くわかりません。結局、ボリビアの出国印とアルゼンチンの入国印をもらうまでに2時間30分かかりました。丁度、大型バス、それも2階建てバスが着いたばかりで一番悪い時間に来てしまったようです。そのあと、バイクのペルミソをボリビア税関に返却後、アルゼンチン税関でペルミソを作成してもらって、合計3時間ちょっとかかりました。今回の旅行で最長時間かもしれません。アルゼンチン税関ではバイク保険の有無を聞かれましたが、海外旅行保険を提示してオーケーになりました。国境に保険を販売している所もないし、一番心配だったのが、税関にバイクを預けて大きな町まで保険を買いにいくはめになることでした。そうなると、1週間くらい足止めになるかもしれません。何とかクリアーできてよかったです。保険を要求するなら、その場で販売して欲しいものです。

 

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国境を出ると、私の旅行の目的地、南米南端のウシュアイアまで5121キロの文字がありました。

 

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国境で3時間以上もかかってしまったのでもうお昼の時間です。アルゼンチン側の町ラ・キアカの食堂へ入ってみました。アルゼンチン初の食事、どんなものでしょうか。メヌー・デル・ディーア(本日の定食)はミラネサ、ステーキ、パスタの3種から選べるとのこと。アルゼンチンはやっぱりステーキかなとも思いましたが、私はミラネサ・デ・ポヨ(チキンカツ)にしてみました。不思議なのが、ライス、サラダ、ポテトフライから一つ選べと言われたこと。全部欲しいのですが、それはダメみたいです。サラダにしましたけど、ごはんも最初にちょこっと付いてるし、ポテトもカツの横にちょこっと付いてるし何なんでしょう。もし、ライスと言ったら、ドカーンとライスが大皿で出て来るのでしょうか。アルゼンチン飯、ちょっと謎めいています。

 

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そして、なぜかスープが最後に出てきます。ボリビアでもペルーでもスープは最初と決まっていたのに。出し忘れたわけではないようで、他のお客さんもスープが最後でした。値段もやはり、アルゼンチン、ボリビアの2倍ほどで60ペソ(450円)。ボリビアではこん何大きなカツは出てこないですけどね。おかずがビックなのでサラダを選んで丁度良かったです。

 

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ウマワカ渓谷を通って行きます。この周辺は、山肌に鉱物の色彩がむき出しになった独自の景観が世界遺産に登録されています。

 

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ウマワカではキャンプしようかなと思っていたのですが、宿の値段を聞いてみると200ペソ(1500円)と思っていたより高くないので泊まることにしました。ここなら、バイクも部屋に横付けできるし、部屋で自炊もできそうです。宿泊まりにして正解でした。夜にものすごい雷と大雨で町中がしばらく停電と水浸しになるほどでした。

 

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部屋のコンセントの差込口を見てびっくり。アラスカから陸続きに来たけれど、こんな差込口は初めて見ます。これでは、自分の電化製品が全然使えません。早速、ウマワカの町の雑貨屋でアダプターを買って来ました。10ぺソ(75円)。

 

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ウマワカの町で食料その他を調達。やっぱり何でもちょっと高めです。ミネラルウオーターは18ペソ(140円)とまさかの1ドル越え!天気が曇りだし、町の散策は明日にして今日は写真整理、ブログアップ、バイクの洗車などして過ごしました。

 

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ウマワカまでのルート。
今日の走行距離171キロ、合計59265キロ。

 

 

ボリビアデータ

入国 無料(バイク保険の要求あり)
出国 無料

走行距離 3963キロ
滞在日数 29日
通貨 1ボリビアーノ=17円
使ったお金 906ドル
前後タイヤ152ドル、ケーナ43ドルを除いた一日平均25ドル

宿 1泊20ボリビアーノ~80ボリビアーノ(340円~1360円)
定食 10ボリビアーノ~15ボリビアーノ(170円~260円)、日本食レストランでカツ丼52ボリビアーノ(900円)
ビール 1本10ボリビアーノ(170円)
ガソリン 1リッター3,7ボリビアーノ(63円)~7ボリビアーノ(120円)
※ボリビアでは本来、外国ナンバーの車両は指定のスタンドで1リッター8,68ボリビアーノ(148円)で給油しなければならない。そのため、給油拒否にあうことも良くあった。田舎のスタンドでは1リッター5ボリビアーノ程度で交渉して入れてもらえることもあったし、外国ナンバーの料金を知らないためか、ボリビア車両と同料金の3,7ボリビアーノで給油できることもあった。ガソリンスタンドが無いような小さな村では商店で1リッター4,5~7ボリビアーノで買うことができた。給油拒否や値段交渉のわずらわしさがないので、私は良く商店で購入していた。

 

 
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ボリビア・ラストラン、アルゼンチン国境へ950キロ 2015年10月14日~16日

2015年10月14日

 

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1週間滞在したサンタクルスを出発。これから約950キロ先のアルゼンチンとの国境を目指して行きます。ボリビアの滞在日数は30日までしか許可されていないのであと4日で切れてしまいます。3日で着くのを予定していますが、何かトラブルがあって遅れると不法滞在になってしまいますのでちょっとひやひやします。ボリビアはこんなに国が大きいのに30日しかくれないのは少なすぎると思います。

 

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今日は真っ直ぐなアスファルト道路をひたすら南下。400キロ弱走ってボユイベという村に泊まります。何もない時間が止まったようなところでした。

今日の走行距離382キロ、合計58524キロ。

 

 

2015年10月15日

 

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朝8時に出発して最初の110キロは真っ直ぐなアスファルト道路でしたが、ビジャモンテスという町から山道の未舗装路になります。断崖絶壁のところもありバイクも体も埃まみれになって進みます。

 

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標高が低いので今日も暑い中進んで行きます。パロスブランコスという村、右の店でガソリンを買い、左の店で昼食を食べました。本当に辺鄙な村です。

 

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今日はずっと未舗装路を走って来ました。標高2000メートルのタリハという町に到着。予想以上の大都市でびっくりです。今日、私は東から西へ抜けてきたので非常に悪路の山越えでしたが、南北には立派な道路が通っていて、この町もアルゼンチンとポトシを結ぶ重要な町のようです。

今日の走行距離365キロ、合計58889キロ。

 

 

2015年10月16日

 

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タリハを出発。そのまま南下すれば苦も無くアルゼンチンへ抜けることができるのですが、私が行きたいウマワカ渓谷はもう一つ西の国境を越えていかなければなりません。ですので、今日も未舗装路の山越えルートを通って行きます。

 

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一旦3800メートルの峠を越えると高原の平坦地が現れました。真っ直ぐなアスファルトの直線道路で喜びましたが、長くは続かず再び山道となります。

 

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湖がとてもきれいでした。

 

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荒涼とした乾燥地帯が続きます。

 

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ようやく国境の町ビラソンに到着。サーカス団が来ているようです。聞いてみると今夜も8時半からやるということです。私、実はサーカス大好きなんです。今夜行って見ることにします。

 

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お客さんが数えるほどしか来ていなくてかわいそうな感じでした。でも、こういう丸テントの素朴なサーカスはいつ見ても良いものだなぁと思います。

今日の走行距離205キロ、合計59094キロ。

 

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ビラゾンまでのルート。

 

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コロニア・オキナワ 2015年10月13日

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コロニア・サンファンからコロニア・オキナワまでは約130キロ離れています。午後4時過ぎに到着。サンタクルス郊外とは言ってもかなり離れているので日帰りで二か所見るには、そうそう、ゆっくりしていられません。「めんそーれ、オキナワ」の看板が迎えてくれました。

 

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オキナワ釣り倶楽部なるものもありました。釣り好きの方が多いのでしょうか。

 

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コロニア・オキナワの広場には鳥居もありました。

 

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歴史資料館の場所を人に聞きながら行って見ると、文化会館がありました。そのまま、日本にあっても違和感のない建物です。同じ敷地内に資料館もありました。

 

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日本語でスタッフの女性に案内され、資料館へ入ってみることにします。

 

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コロニア・オキナワへの移住の始まりは1954年と、コロニア・サンファンと同時期ですが、経緯は少し違うようです。1900年初めごろから南米へは日本人の移民が増え始めました。最初はペルーに渡った人たちの中でもボリビアへ移っている人たちもいました。もともと、移民の中で沖縄県出身者は多かったのですが、戦後の日本の荒廃、米国の占領下に置かれた沖縄に救いの手を差し伸べたいという思いから移民計画がスタートしました。

 

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サンシンを持って移住する人も多く居たということです。現在もサンシン作りの職人さんが居て文化を伝承しているということです。

 

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古いレコード。当時レコードを持っている人は少なく、繰り返し何度も皆で聞いて日本を懐かしんだそうです。

 

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沖縄の新聞。「新天地に楽園を」の文字が。本当に楽園へ行くという意識で向かったのでしょうか。それだけ、日本、沖縄の状況が酷かったということなのでしょうか。

 

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伝染病や、原生林の開拓と苦労されたようですが、今のコロニア・オキナワは大変平和に見えます。小学校の前では、子供を迎えにくる親御さんたちの車が何台か停まっていました。

 

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コロニア・オキナワの場所。

サンタクルスへ戻るころには日が暮れてしまいました。駆け足で回った2つの日本人移住地、移民の歴史をさらっと垣間見たにすぎませんが、何か重く心に残る一日となりました。南米の別の移住地も訪ねてみたいですし、日本へ帰ってからでも、移民の本をじっくり読んでみたいと思いました。

 

 
 

 

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コロニア・サンファン 2015年10月13日

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サンタクルスから150キロ離れた・コロニア・サンファンへやってきました。真っ先に歴史資料館を見学したかったのですが、到着したのが12時で14時までは昼休みで見ることができません。

 

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まずは、腹ごしらえとコロニア・サンファンの村の中を探すと、小料理ITOの文字が。日本食レストランのようです。

 

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チャンポンを注文。35ボリビアーノ(600円)。コロニア・サンファンは長崎県出身者が多いそうなんで、チャンポンもメニューにあるんですね。中盛りを頼んだはずなのに、凄いボリュームです。味の方は、私自身がチャンポンを今まで数回しか食べたことないので何とも言えませんが、こんなんだったけ?という微妙な感想です。

 

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町並みはというと、ごく普通のボリビアの町だし、歩いている人もほとんどボリビア人ばかり。日本人が230世帯、約800人くらしているそうですが、どこにいるの?という感じ。でも、車を運転している日本人は居たし、豪邸の表札が日本人の名前でした。確かに住んでいるのでしょう。地主が多いということなので、暑いさなかぷらぷら町を歩いたりしないのかもしれません。

 

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資料館を見学するためには、日本ボリビア協会で受付をして、鍵を借りる必要があります。受付のお嬢さんたちは、日本語で資料館への行き方を説明してくれました。

 

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元々、日本人がなぜ南米へ移民として来ることになったのか。移民第一号は1899年のペルー行きですが、理由は日本が貧しく失業者が多かったこと、そして、当時の南米諸国は日本より豊かで土地があまっており、労働者が不足していたことがあります。両国の利害が一致して移民政策が行われるようになったのです。その後、ブラジルへも移民が増えて行きました。

 

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コロニア・サンファンの場合は、1955年に移民がはじまったのですが、日本で精糖業をしていた西川利通という人が、当時、移民政策に積極的なボリビアで精糖業を起こそうと計画し、呼びかけに集まった14家族88人が最初に入植して、今まで発展してきたようです。

 

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南米で農業で成功したいという思いでやってくる人は多かったようです。船で40日かかってブラジルへ着き、底から列車でボリビアのサンタクルスへ、そこからさらに奥地のサンファンへやってきました。

 

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最初は原生林を切り開いての開拓が続き大変苦労されたようです。当時はもちろん舗装などされておらず、道がぬかるみ移動も困難。ジャングルの中には、危険な動物もいたようです。日本で育った私には、写真や文字で当時の様子を見ても、今一つ実感が湧いて来ません。貧しい日本から豊かな南米へ行き夢とチャンスを掴むというのも想像しがたいことです。

 

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今年で、コロニア・サンファンは移住60年を迎えました。ここで作られるサンファン米はラパスの市場でも見かけました。大変質の良いお米のようです。私も日本食レストランで食べましたが、日本米のように美味しかったです。今はみなさん農業で成功されているようです。半日見学したくらいでは何もわかりませんし、移住初期の苦労も想像できません。ですが、南米にたくさんの日本人移住者が暮らしていることについてもう少し知りたい、というきっかけにはなりました。パラグアイやブラジルにも移住地があるようですので、機会があればまた訪ねてみたいと思いました。

 

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コロニア・サンファンの場所。

 

 

 

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サンタクルスでの1週間 2015年10月8日~13日

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サンタクルスでは、まず、タイヤの交換をしました。タイヤを履き替えました。前タイヤは、カナダ・バンクーバー以降4万2000キロぶり。後ろは、コロンビア・ボゴタ以降1万7000キロぶり。しかし、良くも減らないものです。私が日本で乗っているテネレ660など8000キロも走ると交換時期です。このバイクが軽量なことと、長距離ツーリングなので、ストップ&ゴーが少ないからこれだけ持つんでしょうね。タイヤは前後で1050ボリビアーノ(18000円)。

 

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サンタクルスの町並みです。首都のラパスに比べると洗練されたイメージがあります。サンタクルスはボリビア第2の都市ということですが、実際はラパスと町の規模はほとんど同じだそうです。高地のラパスに対して、標高400メートルのサンタクルスは気候が全く違い1年中温暖です。ラパスとサンタクルスは対抗意識があるようで、ラパス人はサンタクルス人を怠け者と蔑み、逆にサンタクルス人はラパス人を温かみの無い取り澄ました人と蔑むそうです。

 

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「けんの店」という日本食レストランに行きました。サンタクルスではほぼ毎日通うことになりますが、まずは大好物のカツ丼から攻めてみます。52ボリビアーノ(900円)。味の方はだいたい完璧と言って良いと思います。しいて言えば卵が半熟の方が好みですが、ボリビアのお客さんを意識してしっかり火を通しているのでしょうか。実際いつ行ってもボリビアのお客さんで超満員なんです。土日などは席が空くまでしばらく待たないといけません。後は、汁がもうちょっと少なくても良かったかなという感じです。味噌汁がとても美味しかったです。油揚げなど本当に久しぶりでちょっと感動してしまいました。

 

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「けんの店」来店2回目は醤油ラーメン。36ボリビアーノ(600円)。ここサンタクルスが本店でラパスの「けんちゃん」は2号店ということです。ラパスでも同じくラーメンを注文しましたが、麺がサンタクルスの方が美味しいです。私としてはもう少し細目の方が好きですが、喜多方ラーメンっぽくてこれはこれでなかなかでした。

 

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「けんの店」来店3回目は生姜焼き定食。52ボリビアーノ(900円)。味は完璧でした。私も料理は好きな方なので生姜焼きは良く作ります。こういうの食べると日本が懐かしくなりますね。キャベツの千切りはもう少し細く切ってほしかったですね。お米はラパス店よりおいしい気がしますが、標高の違いでしょうか。量を考えるとカツ丼よりお得感もありました。

 

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「けんの店」来店4回目。エビフライ定食。65ボリビアーノ(1100円)。エビフライが3本、白身魚フライとコロッケが付いていました。タルタルソースが付いているのが良いですね。これだけ日本ののままの定食がボリビアで食べることができることに感謝です。

10月10日には、NHKラジオ第一の「ちきゅうラジオ」という番組に電話で生出演して南米の温泉やお祭りのことなど、約10分間ほどしゃべりました。ボリビアの回線の影響でしょうか、本番直前電話がつながりにくくなるハプニングはありましたが、本番中は電話が途中で切れたりせずに良かったと思います。

 

当初は、サンタクルスに1週間も滞在するつもりはありませんでした。金曜日に日本人移住地であるコロニア・サンファンとコロニア・オキナワを見学して、土曜日のラジオ収録が終わったら旅立つ計画でした。ところが、天気が良かったのはサンタクルスに着いた当日のみ。翌日から崩れて雨や曇り、時には雷雨となり日本人移住地へ行くのは延期せざるを得なくなり、1週間の滞在となりました。大陸性の天気というのでしょうか、崩れるとなると1週間くらい崩れるんですね、今までもカナダやメキシコで同じように足止めをくったことがありましたっけ。でもまあ、サンタクルスは「けんの店」のような美味しい日本食レストランはあるし、泊まっている宿も大道芸人や路上ミュージシャンご用達の商人宿のようで、部屋でケーナの練習をしていても誰も文句は言わないので、居心地はすこぶる良かったですけど。

 

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「スーパーオキナワ」というのがサンタクルスの町にあります。中には日系の食料品店や魚屋、食堂などの店舗が入っています。ここで何と私の大好物、納豆を見つけたのですが...4パック入り、日本の私の家の近所だと48円くらいで売ってそうなやつですけど、それが何と56ボリビアーノ(950円)!ガ・ガ・ガーン!確かにハンガリーで800円出しておかめ納豆を買ったことはあるけれど、950円は高すぎだよ。宿代よりも、生姜焼き定食よりも高いなんて。思えば、3ドルくらいで買えたカナダは安かったな~。見なければ良かった...

 

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喉から手が出るほど欲しい納豆が950円とあって、頭をガツンと殴られたような気分ですが、気を取り直して行きましょう。「スーパーオキナワ」には食堂もあります。オキナワそばが食べられます。一応メニューではUDONとなってますが、味はオキナワそばでした。35ボリビアーノ(600円)。とにかく、スープが美味しい。何でしょうね、鳥とか豚とかの出汁なんでしょうか。醤油ベースでこってり何だけどスッキリみたいな絶妙なバランスです。ボリビアでは決して安い食べ物ではないけれど癖になる味です。「けんの店」も良いけれど、「スーパーオキナワ」あなどれません。

 

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サンタクルスには長く居たので動物園へも行ってみました。「なまけもの」とか居ないかなと期待していましたが、居ませんでした。ペルーのアマゾン地域のプカルパでも動物園に行ったので、基本的に同じような動物ばかりでした。トラ系やカラフルな鳥類が見ごたえがありましたが、日本人の私にはこのアルマジロのような動物も珍しく観察しました。

 

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サンタクルスの町では男性はオーバーオール、女性は中世ヨーロッパのような時代がかった服装で、とても目立つ白人の集団を見かけます。メノナイトと呼ばれる人たちで、電気や自動車(タクシーには乗っていました)という現代では必要不可欠と思えるのものさえ使用せず、原始的な生活を続けています。アーミッシュとはまた違う考え方を持った人たちのようです。今から500年ほど前、宗教的迫害から逃れるためヨーロッパから逃げてきたそうです。世界にはいろいろな人が居るものですね。

 

10月13日、やっと天気が回復してコロニア・サンファンとコロニア・オキナワの両日本人移住地を見学してくることができました。

レポートはこちら。

コロニア・サンファン

コロニア・オキナワ

 

明日は、サンタクルスを出発します。
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サンタクルスへ 2015年10月5日~7日

2015年10月5日

 

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ポトシから、かつての首都であったスクレへ向かいました。標高4070Mのポトシは銀を採掘するための前線基地、そしてスクレは標高2750M、元々は銀を管理するための町だったけれど、過ごしやすい気候から後に行政上の中心地へ発展し、現在もボリビアの憲法上の首都となっています。町の中心5月25日広場からわずか1ブロックの場所に、バイクを停められる安宿ラ・プラタ(銀という意味)がありました。1泊40ボリビアーノ(680円)です。wifiはつながるという話でしたが、パスワードを跳ねられつながらず。隣のホステルのパスワードを教えてもらい何とかつなぐことができました。

 

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世界遺産にも登録されている町は白壁に統一されてとてもきれいです。気候も良く、便利なエリアに安宿を見つけることができたのですが、何か響いてこないというんでしょうか。ごちゃごちゃした感じがないのが面白みに欠けるというか...

 

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スクレの一番の見どころ、独立宣言の調印が行われ、何度もクーデターの舞台になったという「自由の家」は月曜日のため休館。なので、織物博物館へ行って見ました。スクレ近郊にはハルカやタラブコというボリビアの中でも特に織物技術に優れた村があるらしく、それらの作品を見ることができました。入館料10ボリビアーノ(170円)。

 

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世界中の織物や布を見るのが好きなので、私は充分楽しむことができました。中南米ではグアテマラの刺繍も素晴らしかったですが、色使いと言う点では渋みのあるボリビアの方が私は好みかな。

今日の走行距離140キロ、合計57136キロ。

 

 

2015年10月6日

 

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スクレは1泊で出ることにしました。サンタクルスへ向けて未舗装路を進んで行きます。

 

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この紫の花の木はジャガランタでしょうか?アフリカ南部でよく見た木に似ている気がします。標高が下がり気温がぐんぐん上がり暑いです。植生も高原とは大分変わって来たようです。

 

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暑くて暑くて、バイクのジャケットを着ているのが辛いです。数日前、雪が降るところに居たというのに...30度はありそうな感じです。

 

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のどがカラカラなので、商店へ飛び込み量が多そうなジュースを買います。マンサナというジュース、はじめて飲みます。色があやしいですが、味はまあまあ、インカコーラと同じような味でした。620ccで3ボリビアーノ(50円)でした。

 

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今日はサマイパタという世界遺産のプレ・インカ時代の遺跡がある村で宿泊。のんびりした雰囲気の居心地の良さそうな村でした。長期滞在のツーリストも多そうです。かといって、ツーリスティックではなく雰囲気が良いので10人くらい住み着いてしまった人がいる、というような感じでしょうか。宿にはwifiなし。夕方になると恐ろしい量の蚊が出てきました。アメリカ以降でしょうか、久しぶりに蚊取り線香の世話になりました。村に白人のおっちゃんのやっているピザ屋があったので買って見ることにしました。スペシャルミックスという何でも乗せの一番高いヤツにしたので、ゴテゴテして見栄えは悪いですが、最高に美味しくてびっくりしました。ハーフで26ボリビアーノ(440円)。近くにこの店があれば、1週間に1回は通いたい、そう思わせてくれるピザ屋でした。

今日の走行距離402キロ、合計57538キロ。

 

 

2015年10月7日

 

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サマイパタの村を出発。これは村の中心広場の教会です。これから9キロ離れた遺跡へ行って見ます。

 

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世界遺産のサマイパタの砦という遺跡です。スペイン語だとエル・フエルテ・デ・サマイパタ。直訳だと強いサマイパタとなりますが、強いという意味の「フエルテfuerte」というスペイン語は英語の「フォートfort」、つまり砦や要塞という意味も持っているようです。初めてしりました。入場料50ボリビアーノ(850円)。

 

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まさに、要塞という感じでした。作られた当時は石を削った面もはっきりしていたのでしょうが、風雨にさらされ丸みを帯びてしまっているのが残念な気がします。

 

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サマイパタのむらの市場でちょっと早めの昼食を食べました。スープと鳥の煮込み、ジャガイモ、パスタ。ご飯、サラダ、とうもろこし。15ボリビアーノ(260円)。

 

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サンタクルスに到着。駐車場付の安宿が少なくて探すのに苦労しましたが、イザベル・ラ・カトリカ通りにある、レシデンシアル・バラデロを見つけました。レシデンシアルというのは住宅という意味ですが、ボリビアでは安宿を指すことがあります。他にもアロハミエント、ペンシオン、オスペダヘ、オスタルなど安宿を指す言葉が多いのでややこしいです。今回のサンタクルスの宿レシデンシアル・バラデロは1泊50ボリビアーノ(850円)wifi付。

今日の走行距離179キロ、合計57717キロ。

 

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サンタクルスまでのルート。

 

 

 

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ポトシ 2015年10月2日~4日

2015年10月2日

 

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ウユニを出発してポトシを目指します。オルーロ~ウユニ間はまだ道路工事中で未舗装区間も多くありましたが、ウユニ~ポトシ間は綺麗な舗装路が続いていました。これなら雨季でも楽に走れそうです。

この後、ウユニ温泉に入浴しました。

 

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大きなガソリンスタンドだと外国ナンバーなので給油を拒否されたり、1リッター8,68ボリビアーノ(150円)と高い金額を要求されたりするので、ガソリンスタンドの無い小さな村の商店でガソリンを買います。ばらつきはありますが、だいたい、1リッター4,5~6ボリビアーノで買うことができます。スタンドで嫌な思いをするくらいならと、ボリビアではこういう商店で良くガソリンを買うようになりました。

 

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ポトシの手前、アグア・デ・カシージャスという村で昼食。1軒しかない村の食堂です。Tボーンステーキとパスタ、これにスープが付いて12ボリビアーノ(200円)。盛り付けはさておき、ボリュームたぷりだし、なかなか美味しかったです。

 

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ポトシでは、セントロの11月10日広場から1ブロックにありコロニアル風の宿の中庭にバイクを停めることができました。その後、旧国立造幣局を見学。何ともユニークな顔が飾ってありました。16世紀以降近代まで、スペインで流通されていたお金のほとんどがここで作られていたそうです。

今日の走行距離235キロ、合計56843キロ。

 

 

2015年10月3日

 

朝起きると雪がちらついています。道路の雪はもう溶けていましたが、建物の屋根やポトシにそびえる鉱山セロ・リコには雪が積もっているのが見えました。ポトシは標高4070Mあります。太陽が顔を出せば、それでも赤道に近いだけあって20度くらいまで気温が上がりますが。曇ると一気に寒くなりダウンジャケットが欲しくなるほど冷え込みます。今日は予定した温泉巡りは中止して、宿でゆっくりすごしたり、市内をぶらぶら散策して過ごすと思います。

北米から使っているカメラのレンズですが、カビが発生してしまい写真に汚れが目立つようになってしまいました。今日から、レンズの性能は落ちますが予備のレンズで撮影することにしました。カビのでてしまったレンズは日本へ戻ってからメーカーにクリーニングを依頼するしかないでしょう。

バイクのグローブ、何度も補修して使っていますが、また破れてきたので補修しました。ネットのつながりも良いのでウユニのブログをアップしました。

 

 

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午後から晴れてきたのでポトシの町をぶらぶら歩きます。帽子が素敵な商店のおやじさん。おまけ?のワンコも良い味出してます。

 

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古い建物が多く、その街並みが世界遺産にも登録されているポトシ。ワンコが日陰ではなく日向で昼寝したくなるような高原都市です。

 

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今朝降っていた雪もずいぶん解けました。正面の山がセロ・リコです。この山から銀が沢山取れたため、この町が作られました。スペイン人にとっては宝の山ですが、インディヘナにとっては過酷な労働条件で働かされつづけた地獄の山でした。

 

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ポトシの中心、11月10日広場に面して建つカテドラル。

 

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カテドラルから、1ブロック先の宿へ戻る道すがら、後ろにセロ・リコが見えます。日が暮れると途端に冷え込みが激しくなります。

 

 

2015年10月4日

 

今日は昨日と打って変わって快晴。予定どうり温泉巡りへ行ってきます。

 

レポートはこちら

インカの目温泉

フローレス温泉

ロサリオ温泉

 

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今日は3つの温泉を巡ることができました。ポトシは鉱物資源だけでなく温泉も豊富なようで、他にもいくつか温泉があるようです。写真はセロ・リコの採掘場です。

 

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写真がぶれていて残念です。ポトシの中心11月10日広場で音楽ビデオの撮影が行われていました。町中どこででも、この手の歌と踊りのDVDはたくさん売られていますし、酒を飲んだりする陽気な場面でこの手のDVDが流されていることも多く、エクアドル以降アンデスではおなじみの映像でしたが、実際に撮影現場を見るのは初めてでした。

今日の走行距離123キロ、合計56966キロ。

 

ボリビア4

ポトシへのルート。

 

 

 

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ロサリオ温泉 2015年10月4日

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ポトシから国道5号線を南にウユニ方面へ25キロほど進むとロサリオ温泉の看板があります。

 

 

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こんな看板です。この看板を左折して未舗装路を3,5キロほど進むとロサリオ温泉の入り口へ到着します。

 

 


ロサリオ温泉の正確な位置はこちら

 

 

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ロサリオ温泉までの未舗装路です。温泉の標高は約3800メートル。最寄りの町ポトシは4070メートルにありますから少し標高は下がります。

 

 

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バイクで未舗装路を進んでいくと、奥にトンネルが見えバーニョス(お風呂)と書かれているのが見えました。

 

 

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タオルやら、着替えやら、カメラやら入浴できる準備が整ったころ、1匹のワン公がトンネルの中へ入って行きます。どうやら温泉の道案内をしてくれるようです。

 

 

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ワン公に付いてトンネルを越えしばらく進むと湯小屋らしきものが見えてきました。温泉管理人に挨拶して色々聞くと、共同湯は4ボリビアーノ(70円)、個室温泉は20、25、30と大きさによって値段が違うようです。一番小さい20ボリビアーノ(340円)の個室を予約しましたが、日曜日のため混んでいて45分待ちという事です。仕方なく待つことにします。

 

 

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待っている間。共同湯を見学させてもらいました。和気あいあいとした雰囲気ですが、湯船が大きい割に湯の供給量が少ないので、これでは温度が低くなってしまうし温泉の新鮮度や清潔度は期待できません。

 

 

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個室温泉の待ち時間にケーナを吹いて時間をつぶしていると、車で4時間離れたトゥピサという町から家族で日帰り旅行で来ていたフェルナンド一家とアミーゴ・デ・テルマレス(湯仲間)になりました。温泉でボリビアの人と親しくなれたのは楽しい経験ですが、自分たちと同じような風貌のインディヘナの人たちが、スペイン語風の名前を名乗り、スペイン語を話さなければならない経緯を想像すると言いようのない怒りがこみ上げてきます。

旅行する側としてはこんな楽な大陸は無いのです。スペイン語さえ話せるようになれば、ローカルな人とスムーズにコミュニケーションできますから。でも、これは不自然すぎます。言葉は植民地支配の道具なのだなと思います。日本人の私たちが、戦争に負けたからと言って、もしも、英語を話さねばならず、自分たちの名前を健一郎や優子ではなく、マイケルだのスーザンだのと名乗らねばならないとしたらどうでしょう。

ソーラン節だの日光和楽踊りを英語で歌わないといけないとしたら、どんなに屈辱的でしょうか。泣いても泣ききれないし、魂を抜かれたようになってしまうと思います。インディヘナの人たちは悔しくて悔しくてどうしようもない歴史を繰り返して今に至っているんですよね。親しくなると名前を名乗りあうけれど、インディヘナの人からフェルナンドだの、ロドリゲスだの、ホルヘだのそんな名前を聞くたびに何とも悲しい気分にさせられます。

 

 

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さて、45分待っていよいよ入浴です。レンガつくりの湯小屋へ入って行きましょう。

 

 

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午前に入ったフローレス温泉同様、個室の温泉風呂でも湯の総入れ替えは無し、湯量の調節も自分ではできないタイプでした。湯船の広さは約2メートル四方で深さは1,3メートルほど。湯の色は薄いエメラルドグリーン。なめてみると少々鉄分を感じますが無臭です。

 

 

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湯の供給量は少ないです。注がれる温泉の温度は高温ですが、必要以上に深く大きな湯船のため40度くらいとちょっとぬるく感じるのが残念です。

 

 

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インディヘナの多いボリビアという土地柄でしょうか、南米の他の国々に比べ、温泉を泳ぐための場所というより浸かるための場所ととらえている人が多いように感じます。湯仲間との話の中でも、あそこは熱い湯が楽しめるからおススメだよという言葉を聞くことができました。湯が熱いことに価値を認める風潮は北米や中南米ではあまりなかったように思います。

カナダではインディアンが使っていたという極々小さい個人用の天然温泉の湯船を見たことがあります。古来からきっと熱い湯を楽しんでいたのだと思います。ペルーのカハマルカではインカの皇帝も好んで浸かっていたという温泉を拝見しました。どちらも無駄に湯船の大きいプール式ではなく、温泉の湧出量と湯船の大きさのバランスを考えた、気持ちよく適温の温泉を楽しむための設計でした。

アメリカ大陸を北から南へ様々な温泉に入りながらバイクで旅行してきましたが、16世紀以降ヨーロッパ人が大量に入ってきたことによって温泉の楽しみ方も変わってしまったのではないか、と思わざるを得ません。先住民たちは、元々熱い湯を楽しむ文化を持っていたのでしょう。ヨーロッパ人が16世紀以降植民地支配を開始したことにより、温泉もヨーロッパ人の好むスタイル、いわゆる浸かるための温泉ではなく水遊びできるような温水プール式が増えて行ったのではないかと考えられます。

現代のアメリカ、カナダ、コスタリカ、コロンビアなどヨーロッパ系住民の多い地域ではスパリゾートや温水プール式など低温の温泉が好まれるため、その数も多いです。元々の源泉温度が高温にも関わらず、水で薄めて30度ほどに冷やしてしまう例や、せっかく個性のある泉質を良しとせず、何重にもフィルターをかけて、できるだけ真水に近い泉質に近付けようと努力をしている施設もありました。元々、温泉への考え方が全く違うんですね。

その点、中南米の中でも、インディヘナ系住民の多いグアテマラ、エクアドル、ボリビアやペルーのアンデス地方では、ヨーロッパ系住民の好むプール式温泉が多数を占めるにしても、高温の温泉も少ないながら存在し、好んで入浴する人も多いのが特徴です。熱い湯に好んで浸かるインディヘナのおじさんたちに今まで何人もお会いしました。日本のような感覚で熱い湯に浸かり、体をほぐし、それを気持ち良いと感じる習慣が今でもしっかりと残っているのだと思います。

 

 

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フローレス温泉 2015年10月4日

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ポトシから国道1号線を北のオルーロ方面へ25キロ、タラパヤ村方面へ右折し、タラパヤ村を過ぎて3キロほど進むとフローレス温泉のある集落へたどり着きます。標高は3400メートルです。

 

 


フローレス温泉の正確な位置はこちら

 

 

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共同湯を覗いてみます。日曜日なのでかなり混んでいます。お湯もぬるいし、これだけの賑わいだとお湯も綺麗とは言えなさそうなので私はパス。個室風呂もあると言うのでそちらに入ることにします。

 

 

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1番から10番までずらりと個室が並んでいました。1室4人までで料金は1時間25ボリビアーノ(430円)4人で入っても1人で入っても料金は一緒。日曜日とあって、混んでいて20分待ち。

 

 

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待っている間に源泉から温泉小屋へとそそがれる湯を見に行きました。ちょっと触る気にならないくらい熱そうです。70度くらいはあるのでしょうか。ここから各個室風呂に温泉が引かれています。温泉の管理人さんに聞いたところ、注ぎ口に最も近い10番個室が一番熱くて番号が若くなるほど湯船の温度はぬるくなるとのことでした。それを聞いて10番個室を希望してみましたが、待ち時間が長くなるよと言われあきらめました。

 

 

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とうとう私の番が回ってきました。案内されたのは7番個室。10番に近いので温度の高さも期待できそうです。

 

 

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想像以上に大きな湯船です。2メーター四方くらいあるでしょうか。深さは1,3メートルくらいかな。ひとりではもったいないくらいです。

 

 

PA040039左側に湯船からあふれた湯がパイプで流れていますので、そこで、体や頭を洗ったり洗濯できるようになっていました。
 

 

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今まで南米で経験した個室温泉は毎回湯を総入れ替えできるシステムでしたが、フローレス温泉の場合は湯の入れ替えは無く、湯量なども調節できないようです。各個室へ注がれる湯量は多くないものの、温度が高いので湯船の温度は42度くらいで日本人の私が入っても丁度良いくらいでした。ごくわずかに茶色がかった透明の湯ですが、臭いは感じられません。湯船には析出物も少し付いていました。

 

 

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ここ最近ずっと標高が高く気温の低い地域を旅行してきたので、ホテルのシャワーも必要最小限で浴びる感じでした。そこでの42度の個室風呂は、心身ともに「ほぐれる」と言う日本語がぴったりくる入浴体験でした。

 

 

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温泉から出るとちょうどお昼時。集落の食堂で定食を食べました。ピカンテ・デ・ポヨというチキンの煮込み料理、これにスープが付きます。13ボリビアーノ(220円)。私が日本人だとわかると店のご主人が大歓迎してくれました。

 

 

お知らせ

NHKラジオ第一の「ちきゅうラジオ」に電話で生出演することになりました。
私が出演するのは10月10日(土)午後6時30分ごろから10分程度です。
番組自体は毎週土日の午後5時05分から6時50分まで放送しています。
今回は、南米の温泉の話やお祭りの話をする予定です。時間のある方は聞いてみてください。

NHKちきゅうラジオのHP↓
http://www.nhk.or.jp/gr/

 

 

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インカの目(オッホ・デル・インカ)温泉 2015年10月4日

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昨日ポトシの町は、朝にうっすら雪が積もるほどでした。天気もさえなく寒い一日で温泉巡りを中止せざるを得ませんでしたが、今日は打って変わって雲ひとつない快晴です。絶好の温泉日和、ポトシ近郊は鉱物資源だけでなく温泉にも恵まれているようです。張り切って温泉へゴーゴー!です。

 

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まず向かったのは、インカの目(Ojo del Inka)温泉。一見、沼のようにも見えますが、この直径70メートルくらいありそうなのが自然の温泉湖、いわゆる野湯というやつです。野湯といってもしっかり管理されていて、入湯料10ボリビアーノ(170円)を徴収されます。

インカの目温泉へは、国道1号線をポトシからオルーロ方面へ25キロ北上、タラバヤ村への分岐を右折、アスファルト道路を1,5キロ進みタラバヤ村を越えたところにある「Ojo del Inka」の看板を左折して未舗装路を1キロほど進むと到着します。

インカの目温泉の正確な位置はこちら

 

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まずは、足湯をば。。。温泉の温度は35度くらいでしょうか。泉質不明。この温泉、水深が25メートルあるから気を付けるようにと係り員に注意されました。泳げないひとにとっては恐怖の温泉でしょうね。

 

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水深25メートルもなんのその。勇敢に泳ぐ雄姿も。この自然温泉湖から流れ出る川の勢いからいって湧出量は相当なものだと思います。きっと、底から湧いている源泉の温度はかなり高温なのでしょう。でも、この大きさですから35度くらいになってしまうんでしょうね。

 

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さて、私もざぶんと入浴してみました。立ち泳ぎ入浴です。そういえば、アメリカで似たような温泉に入った記憶があります。何でしたっけ、ユタ州のメアドー温泉でした。

ぽこけんホームページの「世界の温泉」シリーズもまとめたいのですが、メキシコでパソコンが壊れてしまったため、大元の編集ソフトが消えてしまって日本に帰ってからでないといじれない状況なのです。ブログが更新できるだけでも良かったですけど。実はメキシコで買った新しいパソコンもすでに調子が悪い状態で、何とかだましだまし使っています。やはり、バイクの単気筒の振動がよろしくないのだと思います。

 

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水深25メートル、自然の温泉湖とハードルが高いと感じる方にはすぐ横にプール式の温泉も併設されているのでご安心を。

 

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未舗装路を戻ってアスファルト道路まで出ると、滑り台などもある整備された温泉プールもありました。値段はわかりません。このブログを読むような温泉好きの方は、この手の温泉には興味ないですよね。ぜひ、未舗装路の先の深い深い野湯で立ち泳ぎ入浴を楽しんでください。
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