ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


ペルー

ペルー→ボリビア国境越え 2015年9月18日

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プーノの宿を出発。プーノは駐車場付の宿が少なくて探すのに苦労しました。ここは星が二つ付いていますが全くの安宿でwifiも無しでした。

 

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宿近くの青空市のようなところの屋台で昼食。ジャガイモたっぷりのスープをいただきました。3ソル(120円)。

 

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今日もメインの道路は使わずに、チュキート半島沿いのダートを進みます。船着き場があったので釣りをしてみますが全くダメ。地元の人に聞くとここにはトルーチャ(ニジマス)は居ないと言われてしまいました。これだけ大きな湖を前にすると船着き場周辺しか狙えない自分がひどく無力に感じます。チチカカ湖での釣りは敗北になりそうな気配です。山から湖に流れ込む川でもあれば少しは勝算もあるのですが。

 

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国境手前、ポマタという町で昼食。町の中心広場前の屋台でニジマスを食べます。居る所には居るんですね、これは40センチ以上はありそうなニジマスの半身、味は鮭に近い感じで美味しかったです。スープ付きで8、5ソル(340円)。

 

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程なくしてペルー側の国境に到着。税関でペルミソを返却するとちゃんと返却しましたという証明に、半券にスタンプを押して返してくれます(ボリビア側でこれのコピーを要求されました)。

イミグレーションは丁度バスが到着したところで混んでいました。パスポートに出国印をもらって手続き終了。両替もこの付近でできます。

 

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ボリビア側ではイミグレーションで入国カードに必要事項を記入して提出、30日有効のスタンプを押してもらいました。もっと長く滞在したい場合は、大きな町のイミグレオフィスで延長もできると教えてくれました。黄熱病予防接種済みを証明するイエローカードの提示は求められませんでした。

ボリビア側の税関でペルミソを作りたいと告げると、保険の有無を聞かれました。自動車保険とはわかっていましたが、海外旅行保険を見せるとOKと言われました。何でも出してみるものです。ペルミソ作成に必要な書類は、パスポートのコピー、バイク登録証のコピー、入国カードのコピー、ペルーのペルミソ半券のコピーです。提出して5分もすると作ってもらえました、そのペルミソを持ってイミグレ横のポリス事務所へ行き、スタンプをもらえば手続き終了です。お金は一切かかりません。

 

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ボリビア側最初の町、コパカバーナで宿泊することにします。この町も何度か来ているのですが、立派な教会があったの以外は記憶がありません。

 

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こんなだったけ?と思いながら町を歩きます。町の船着き場まで降りてきました。ここからは、太陽の島への船が出ていますので、明日行って見ようと思います。

 

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コパカバーナまでのルート。

 

今日の走行距離218キロ、合計55145キロ。

 

ペルーのデータ

入国税 無料

出国税 無料

通関手数料 無料、強制保険35ドル

走行距離 8911キロ

滞在日数 65日

使ったお金 2073ドル

1日平均の出費額 25ドル(保険代、バイク整備代、おみやげ代を除いたガソリン代、宿泊費、食費、施設入場料など)

ガソリン代 リッターあたり1ドル

食事代 3ソル~8ソル(120円~320円)、レストランでセビーチェと魚介パエリア30ソル(1200円)、ビール1本4ソル(160円)

宿 シングルルーム1泊10ソル~45ソル(400円~1800円)

 

 

 

 

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ウロス島 2015年9月17日

 

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チチカカ湖と言えば、「トトラと呼ばれる葦で作られた舟とトトラで作られた浮島に住む人々」というイメージがあります。これは、「世界ふしぎ発見」などのTV番組を見て育った日本人だけでなく、世界中の人々も同じイメージを抱いているらしく、トトラの浮島観光は大盛況です。チチカカ湖イコール、ウロスの浮島観光と言っても良いかもしれません。

 

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ウロス島の人々は、インカ時代の賤民だとか、スペイン人に追われたからとか、漁業がしやすいために浮島に暮らすようになったとか言われているけれど、今や観光テーマパークと何ら変わらず、観光ガイドの仕事で何度か訪れたときもあまり良いイメージは持てませんでした。

 

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プーノの観光業者、ひいてはペルーの観光協会にとっても彼らが今の生活をやめて陸での生活を選ばれては困るのです。浮島の住民は漁業をしていることになっているけど、彼らは観光業に忙しく漁業などしてる暇はありません。
大体、プーノ近郊は水深も浅く人口が密集しているのでチチカカ湖で最も汚染のひどい地域です。水質に敏感なトゥルーチャ(ニジマス)が近くで獲れるはずもありません。漁業者はもっと水質の良いエリアで養殖しています。

 

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観光業者と持ちつ持たれつ、いや、飼いならされたような関係で、ウロス島の人々は電気もガスもない生活をしているのが現状です。大昔、漁業をやっていた時よりは生活は楽かもしれません。現金収入のために、観光客向けに浮島生活を演じ続ける人々。

愛想よく観光客の向けるカメラに笑顔を振りまきおみやげ物を売る人々。こんなことで良いのだろうかと複雑な気分でいました。

 

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若かりし頃そういう目で見ていたので、今回はウロス島は行かずにパスしようとずっと思っていました。昨日の夜まで行かないと思っていました。

ですが、今朝になって21年ぶりのウロス島はどうなっているのか、もう二度と来れないかもしれない、せっかくここまで来たのだから見ておいた方が良いのではと思い直しました。

 

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今回行って見ると、観光客向けにちょっと改良されていたことがありました。観光客向けのトトラの舟のほとんどが二艘式の筏のような舟に変わっていました。昔は一掃式が主流でした。
確かに一艘式のトトラの葦舟は不安定そうに見えるのでしょう、お客さんによっては怖がって乗りたくないというケースもありました。二艘式にしたことでスピードも操作性もがた落ちのトトラの葦舟ですが、これでどんな観光客も安心して乗れそうです。

 

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行って見た感想ですが、私が年を取ったからでしょうか、ウロス島で生活する人に一観光客がとやかく意見を言う問題でもないのかな、と思い直しました。彼らは不便でも安定した生活が送れています。

大昔から浮島で暮らしてきたのです。仮に政府がプーノ郊外に集合住宅を作って移住させたとしても、 急激に生活スタイルを変えれば、馴染めずにストレスで病気になる人も出てくるかもしれません。

ウロス島は、あれはあれで良いのではないかと思えてきました。

同じところへ行っても、年齢を重ねると感じ方も変わって来るものだなと自分でもびっくりしました。自分の中の変化を体験できたのも、ウロス島へ行ってみたからです。今回は、行って本当に良かったと思います。

 

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午後はプーノ市街を散策。セントロは歩いて回るのに丁度良い大きさ。夜はダウンジャケットが必要なほど冷え込むのに、日中はTシャツで歩けるほど暖かいです。チョリータさんのかぶる帽子がラパスなどで多く見かける山高帽に変わってきました。

 

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夕食はアンティクーチョ(串焼肉)をテイクアウトしました。これもペルーの代表的な料理です。それと、アボガドのワサビ醤油。明日はいよいよペルーからボリビアへ国境を越えていきます。

 

 

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チチカカ湖へ 2015年9月15日~16日

2015年9月15日

 

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思えば遠くへ来たものです。カナダを出発した時はクスコは遥か遠くの町でした。次の国のことを考えるのが精一杯という状態でしたが、毎日少しづつ進んで行くうちに、ここまでたどり着くことができました。

思い出の町ですが、さすがに長い年月が経てば変わっているところもありました。ちょっと郊外へ出ればまだまだ雑然とした雰囲気のクスコですが、アルマス広場周辺では露天商も居なくなり、高級店が目につくようになっていました。通る車もオンボロ車は見かけません。

そんな今のクスコですが、インカの石組み、白壁に赤茶色の瓦屋根、チョリータさんたちの民族衣装は変わっていませんでした。エクアドル以降、旅行のスピードががくんと落ちました。旅行者が訪れないような小さな町をはじめ、アンデスの山々や町や村を味わうようにじっくりと時間をかけて見て回って来ました。。自分は本当にアンデスの雰囲気や文化が好きなんだなぁと思います。
その中でもクスコはやはり特別な町、アンデスの魅力を凝縮したような町だとあらためて感じました。

アンデスの旅はもう少し続きます。今日、クスコを出発しチチカカ湖を経てボリビアへ向かいます。

 

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クスコを出ると標高は徐々に上がって行きます。小さな村々もだんだんと無くなりアルティプラのと呼ばれる標高4000M以上の高原地帯を進みます。乾季というのにラ・ラヤ峠では雷と雨に見舞われました。

 

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ラ・ラヤ峠を越えるとやがて天気は回復、アヤビリという町ではお祭りの最中でした。しばし、バイクを広場に停めてお祭りを見て回り先へ進みます。

 

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フリアカで宿泊。峠から下ってきたとはいえこの町も標高4000M近くあります。大きな町なのにインフラが行き届いていないのか町は埃っぽく、ペルーの辺境地を思わせる町でした。駐車場付、1泊25ソル(1000円)の宿に宿泊。

 

今日の走行距離381キロ、合計54577キロ。

 

2015年9月16日

 

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翌日、フリアカを出発。通常、旅行ルートはチチカカ湖の南側を通ってボリビアへ抜けるのが一般的です。チチカカ湖はペルーとボリビアにまたがった標高3850M、琵琶湖の12倍ある大きな湖で、北側と南側にそれぞれ国境が設けられています。私もボリビアへ抜けるときは南のルートを使うつもりですが、チチカカ湖の北側の景色も見てみたくなって、ボリビア国境まで往復して見ることにします。

裏街道と言いますか、辺境地と言いますか、人もあまり訪れないチチカカ湖の北側のワンカネ村には刑務所らしき建物がありました。やはり、こういう物はこういうところに建てるんですね。

 

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チチカカ湖畔の船着き場から、ニジマスを狙って見ますが全くアタリ無し。

 

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チチカカ湖畔北側のペルー最奥のマホ村。

 

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更に進んでボリビア国境へ行って見ました。小川の向こうはもうボリビアです。

 

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引き返して、チチカカ湖畔最大の町プーノを目指します。なるべく、大きな道を避けて湖畔のダートを通り、カパチカ半島へ向かいます。この半島沿いの道は山の斜面の高いところ通っているので、チチカカ湖の景色がとても良かったです。

 

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チチカカ湖沿いの高台のダート道をプーノに向けて走ります。

 

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プーノの町が見えてきました。大きな町です。クスコの重厚な街並みに比べると、プーノの人には失礼ですが、がっかりするような薄っぺらな町の作りに思えます。屋根は瓦ではなく銀色のトタン屋根でおおわれています。
歴史を感じない割にセントロは狭苦しい一歩通行のみ。駐車場を併設している宿はセントロには見つからず、ちょっと離れたところに泊まることにしました。

 

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プーノまでのルート。

 

今日の走行距離350キロ、合計54927キロ。

 

 

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クスコぶらぶら歩き その2 2015年9月8日~14日

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バイクの駐車できる日本人宿、ペンション八幡に宿泊しています。クスコには1週間ほど滞在する予定です。懐かしい街並みを歩いたり、ペンションにある日本語の本を読んだりしてゆっくり過ごすつもりです。最近面白いなと思うのは「宮部みゆき」の小説です。

宿を出たところの階段付近を根城にしている3兄弟?今日も昼寝していました。

 

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サンクリストバルの丘に登ってみました。丘の上には教会があり、クスコの町が一望できる場所です。昔はここで良くケーナの練習をしました。ここのさらに奥にはサクサイワマン遺跡があります。広場に巨石の石組みが残っていて落ち着けてとても良い雰囲気の場所です。以前は、一応入場料金を払う制度もありましたが、ペンションの犬を連れて散歩の途中に寄ったりしてるうちに顔見知りになり無料で入れていました。今は周辺の遺跡を含めての周遊券でしか入場できないそうです。入場券は70ソル(2800円)もします。サクサイワマンは遺跡をじっくり見ると言うより、文庫本やお弁当でも持って半日ゆっくり過ごすような場所です。せっかくの良いところなのに、こんなに高額では団体旅行など限られた人しか行かないのではないかと思います。私も久しぶりなので行ってみたかったのですが、あきらめました。

 

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サンクリストバルの丘からアルマス広場方面へ下ってきたところです。この坂の途中を右に曲がるとペンション花田というもうひとつの日本人宿があります。

 

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道をさらに下って行くと、車道から階段歩道に変わります。ここからもクスコ市内が良く見渡せます。道の左側は学校で、いつも子供たちの歓声が聞こえるところです。

 

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おみやげ屋のにゃんこ。カメラを構えても一向に逃げる様子はないんですけど、微妙に視線をそらせ続け、こちらを見てくれません。邪魔な野郎が来たけど、場所を変えるのも面倒だし、さっさとあっちへ行ってくれないかな、とでも思われているのでしょう。おみやげ屋が多いのは昔と一緒ですが、歩道に広げて売るインディヘナのおばさんたちが居なくなってしまったのはさみしい気がします。

 

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こちらは、プカラというペルー料理の店。日本人シェフが経営するお店で、味の良さが評判、昔からの人気店です。お昼のランチセットが昔は4ソル(当時200円)で、ちょっと贅沢したいときに食べに来ていました。今も人気のようで、中でスタッフの人にランチセットの値段を聞いてみると17ソル(700円)とのこと。今回はここでの食事は見送り市場で食べることにしました。何もプカラだけが高いのではなく、アルマス広場周辺のレストランはどこも同じような値段になっていました。

 

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こちらは、アルパカなどの製品扱う店、ぺダソ。この店では以前とても質の良いセーターを買いました。私の両親もペルー旅行をしたときこの店に立ち寄りセーターを買い、今でも愛用しているそうです。今回はセーターではなく、妻と自分の分の帽子を買うことにしました。帽子ならセーターほど大きくないので、バッグの底に入れて置いてもこの後の旅行の負担にはなりません。

それに、以前はインカ風の毛糸の帽子は飾りにはなっても日本で普段被るにはデザインが奇抜すぎると思っていましたが、スキーで被るなら、その派手なデザインも気になりません。冬になると毎週スキーに行く私たちは、妻が21年前にチチカカ湖のタキーレ島で買ったインカ帽を愛用していました。来年からはクスコのインカ帽を被ってスキーに行きたいと思います。

 

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ぺダソのあるプラテロス通りです。

 

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これが、クスケーニャビールのデザインにもなっている12角の石です。クスコが他のペルーの町と全く違う点、それがインカの石組みの立派さです。今や、クスコより大きな町などペルーにはたくさんありますが、クスコほど石組みの綺麗な町はありません。それは、クスコがインカ帝国の首都だったからです。スペイン人は攻め入った後石の土台のみを残して全てを破壊し、金銀財宝を奪いました。石組みの上には教会やスペイン風の建物を建てました。このように、髪の毛一本も通さないというような、精巧な石組みがクスコの町中に残っています。そして、教会が崩れてしまうような地震を何度か経験していても、石組みだけは崩れることなくインカ時代そのままに残っています。

 

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良く通っていたケーナ製作者でありプロ奏者でもある人の工房兼楽器店へも行ってみましたが、無くなっていました。21年も経てば同じ場所に居ないのは想像はしていました。ここ以外にもフォルクローレの楽器店が何軒かあったのですが少なくなっていました。ケーナやサンポーニャを吹きながら売り歩く人もたくさん居たのですが、今は全く見かけません。クスコでは竹製のケーナを1本買おうと思っていたのに、見かけるのはおみやげ品のケーナばかりです。クスコは広い町ですからどこかにはあるのでしょうが、私が1週間歩いて探した範囲では、買いたいと思えるような物を置いている楽器店は見つかりませんでした。寂しいものです。ボリビアのラパスに期待したいと思います。

 

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コリカンチャ。太陽の神殿があったところです。今は、サントドミンゴ教会となっています。黒々とした石組みはインカ時代のものですが、それ以外の赤茶の部分はスペイン侵略後に建てられました。

 

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ペンションに宿泊中何名かの旅行者に会いました。昔と今では少し旅行スタイル変わってきているのを感じます。今は、早く効率よく旅行する人が多いようです。世界一周といってもわずか2年ぐらいで回ってしまうのが主流だということです。昔は世界一周というと、5年以上かかると言われていました。なので、お金も時間もかかる世界一周旅行者は少数派で南米を1年とか、アジアを1年などと回る人が多かったのです。私などは、トータルで8年旅行してもまだまだ世界一周がほど遠いのだから、かなり時間がかかっている方だと思います。

再就職が難しい日本の社会状況から、一気に世界一周してしまおうという人が増えたのだろうし、旅行先の物価が上がっているので効率よく周ろうというのも分かります。単純にペルーを例にとっても、日本で稼げる賃金は昔と比べ同じかむしろ少なくなっているのに、物価は2~3倍になっています。100万円で済んだ旅行が300万円かかるのならば旅行スタイルが効率重視になるのも当然だと思います。

旅行のしやすさという点で状況は厳しい方へ向かっているようにも感じますが、今まで閉まっていた国境が開くなど良いニュースもあります。老後にもゆっくり世界を回ってみたいと思っています。

 

クスコを出たら、次はチチカカ湖へ向かいます。

 

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月曜日に出発しようと思っていたのですが、ひっかかることがあり1日延期します。両親へのおみやげは帰国間際、最後の国で買えば良いと思っていました。でも、両親がクスコのアルパカセーターを気に入って着ているのを思い出しました。父などは腕の部分が擦り切れてしまた後に、チョッキに改造してまで着ていました。余程気に入ったのだなぁと思います。同じ店、ぺダソでセーターを買って郵送することにしました。

 

 

 

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クスコぶらぶら歩き その1 2015年9月7日

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ウルバンバからクスコまでは約60キロほど、さすがに市内へ入ると交通量が多いです。町の中心、アルマス広場辺りまで来るとGPSを見なくても記憶を頼りにバイクを走らせることができました。バイクが停められるという情報を聞き、今回はペンション八幡へ泊まることにします。私が以前クスコに来たときは無かった宿です。

ここが入口ですが、道が階段になっていてバイクでは上がって来れません。バイクは入り口の反対側、この道と並行する下の入り口から入れることになります。

日本語の本がたくさんあるのがありがたいです。読書三昧でしばらく滞在しても良いかも。

 

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宿に落ち着いてから、早速町を歩いてみます。宿から階段のある坂道を降りて振り返ったところ。こういう細い路地がクスコにはたくさんあるんですよね。白い壁と石畳と赤茶色の瓦屋根の町並みです。

 

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アルマス広場から一本市場よりの辺りです。大分整然とした雰囲気に変わっているような気がします。アルマス広場周辺のアーケードの下はおみやけやら、食べ物やらを売るインディヘナのおばちゃんたちで一杯だったのに、それらは一掃されていました。お店もアルパカなどの製品を扱う高級ブティックや、アウトドア用品店が増えています。マッサージ?などと声をかけて来る人も昔は居なかったのに、ここはタイのチェンマイかと思うほど今はいっぱい声がかかります。車もオンボロばかりだったのに、今は綺麗な車ばっかり。

 

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日本食料理店、金太郎というのが新しくできていて、カツ丼などが15ソル(600円)で食べられるというので楽しみにしていたのですが、丁度2週間の休業になっていました。残念。ならばと、市場へ行って昼食を食べることにしました。ここは変わってなかったです。懐かしい。

 

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市場の奥のエリアは魚フライご飯のコーナー。これも昔と同じです。21年前は1ソル(当時50円)でしたが、今は4ソル(120円)に値上がりしていました。ペルーの発展ぶりを見れば致し方が無いことです。

 

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白身魚のフライ定食、スープ付き。味も昔と変わらない気がします。昔もこの市場でフルーツジュースやセビーチェを食べてA型肝炎や食中毒になる旅行者は居ましたし、お腹を壊す人は後を絶ちませんでした。昨年も日本人ライダーの友人がここで食中毒になり入院しています。不衛生さも変わってないんですね。私は、なるべく流行っている店を選んで火を通したものを口にするようにしています。生野菜は食べちゃいますけど、当たったらその時は運が悪いとあきらめることにします。A型肝炎に関しては1度かかれば後は抗体ができてかからないそうですね。私はカメルーンで1度かかっているので大丈夫です。

 

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アルマス広場周辺でお祭りに遭遇しました。

 

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何のお祭りかはわかりませんが、様々な仮面をかぶった人たちがパレードしています。見ているだけでも楽しくなってきます。

 

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それぞれの仮面に意味があるのでしょうが、私には想像もつきません。

 

 

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鼻が高く、ネクタイをしている。これはスペイン人を表しているのかもしれません。

 

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女性もたくさん参加しています。

 

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音楽に合わせて踊っています。

 

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これは猫娘でしょうか。

 

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カテドラルの前、一番重要な位置に居る人たち。何かのお葬式を表しているように思えなくもありません。

クスコには1週間ほど滞在する予定です。つづきは「クスコぶらぶら歩き その2」へ

 

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クスコへのルート。
今日の走行距離67キロ、合計54196キロ。

 

 

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チンチェーロの日曜市 2015年9月6日

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今日は日曜市があります。まずはバイクでチンチェーロ村へ。

 

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おみやげ屋もありますが、野菜など地元向けのものもたくさん売られていました。

 

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トウモロコシ、じゃがいも、トマトは南米原産ですからね。日本では見たことのないような種類がたくさん並んでいました。

 

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良い味だしているおばちゃん。トウモロコシを売ってました。

 

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メルカドから教会の方へ登って行きます。

 

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教会前の広場です。

 

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昔来たときと変わらぬ雰囲気が残っていて懐かしくなりました。アンデスはやっぱり良いなぁと実感します。

 

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チンチェーロの教会入り口です。この規模の村になぜこのような立派教会がと首をかしげたくなるほど内部は絢爛豪華。中の撮影は禁止です。

 

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次に、場所を移動しピサック村の日曜市へ。こちらは昔からおみやげ屋中心の市場でしたが、規模が拡大していて広場からはみ出すほど店がたくさん出ていました。

 

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数少ない野菜、果物コーナー。普通の市はこういうのが主役のはずですが、大観光地クスコに隣接するピサック村では少数派です。

 

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お昼時になったので食べ物屋さんを見て回ると、ロコト・レジェーノ(肉詰めピーマン)を揚げている屋台がありました。1個2ソル(80円)でジャガイモ付き。食べてみることにします。

 

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ペルーの代表料理のはずですが、北部でもアマゾンでも見かけませんでした。クスコあたりの郷土料理なのかもしれません。アヒ(辛いソース)が良く合います。

 

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ほら貝を吹きながら行進している人たちがいました。

チンチェーロとピサックの日曜市を21年ぶりに見学しました。観光客の全く来ないようなアンデスの町の日曜市のような素朴さはありませんが、華やかで楽しかったです。おみやげを探すならピサック村、アンデスの雰囲気や写真撮影重視ならチンチェーロ村が良いと思います。

明日はいよいよクスコへ向かいます。

 

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クスコ近郊地図。訪ねたルート 。

 

 

 

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マチュピチュからウルバンバへ 2015年9月3日~5日

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朝、サンタテレサの温泉に入ってから出発します。次の目的地はクスコです。

 

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ビルカバンバの看板がありました。ビルカバンバとは、スペイン人に攻められたインカの最後の末裔がクスコから逃れて、最後の抵抗をするために立てこもった地です。マチュピチュを発見したハイラムビンガムは、最初、マチュピチュこそビルカバンバではないかと考えたのですが、違うことが証明され、しばらく謎に包まれていました。しかし、1977年になって日本の調査チームがビルカバンバの正確な場所をエスピリトゥ・パンパ遺跡であると立証しました。

 

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ビルカバンバの標識に導かれ、ちょっとばかりダートを入ってみましたが、素人が簡単に行けるような所ではないようでした。ガイドを雇って山歩きしなければたどり着けないような場所らしいので今回は行くのをあきらめます。

 

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次にキジャバンバへ向かいました。クスコを出発する列車は、マチュピチュの基点であるアグアスカリエンテスを経由しここキジャバンバまで走っていました。記憶を頼りにキジャバンバ駅があったと思われるところまで行き、周辺の人に聞くと、今から8年か9年くらい前に列車が廃線になり駅も取り壊されてしまったということでした。ここが、かつて、キジャバンバ駅があったところです。

 

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記憶を頼りにキジャバンバのメルカドへも行って見ました。青い壁のメルカドは21年前に来たときと全く変わっていません。懐かしいです。1泊しても良いかなと思いましたが、標高1200メートルのジャングル気候でとても暑いし、駅のあった場所とメルカドを見たら満足しましたので、先へ進むことにします。

 

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サンタマリアに戻って昼食。食堂の入り口では何か欲しそうなワンコが待っています。

 

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チキンとバナナのトマト煮、スープ、飲み物付きで6ソル(240円)。鶏肉をちょっとワンコにあげました。他のペルー人のお客さんたちも上げていたので食べ物にはそこそこ恵まれているかもしれません。

 

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ウルバンバでは、前回と同じオスタル・ウルバンバに泊まりました。リマを出てから今まで3000キロ以上走り回っていたような気がします。マチュピチュの線路歩きの疲れも残っているし、この町に連泊することにしました。

写真はウルバンバのアルマス広場でのイベント。周辺の村々からたくさんのチームが集まって踊りを披露していました。

日曜日には周辺の町で日曜市が行われます。それまではウルバンバに滞在します。

 

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ウルバンバへのルート

 

今日の走行距離246キロ、合計53977キロ。

 

 

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サンタテレサ温泉 2015年9月3日

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マチュピチュへの観光拠点としてこのところ注目されているのがサンタテレサです。オリャンタイタンボの先、標高4300メートルのマラガ峠からマウンテンバイクでダウンヒルをしたり、線路沿いに12キロをハイキングしてマチュピチュへ向かったりとアウトドア派に人気があるほか、公共の交通機関を利用するにしても現在一番安上がりなアクセスルートの拠点がサンタテレサです。そのサンタテレサの町の郊外に温泉があるので行って見ました。

 

サンタテレサ温泉の場所。

 

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ウルバンバ川沿いのダートをしばらく走ると、温泉に到着。今まさに建物も新たに建設中、温泉の湯船も増築中でした。急に観光客が増えて対応に追われているのかなと感じました。入浴料は良心的な5ソル(200円)、外国人料金はありません。

 

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実は前日来てみたのですが、このように混んでいて入る気が起きず、本日出直しました。

 

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朝7時に来たので貸し切り状態です。

 

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お湯は無色透明、無味無臭です。プール式ではありますが、自然の岩壁を利用していて底には砂利が敷いてありとても良い雰囲気でした。

 

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大きな露天風呂の他に岩壁から源泉のしみだす小さな露天風呂もありました。ここは一番温度が高く、41度くらいありました。プライベート露天風呂と言う感じでこれも良かったです。湯船が小さいので湯も新鮮なはずです。

 

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岩壁から熱い源泉がしみだしています。

 

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なかなか雰囲気の良い温泉でした。お客の少ない朝がおススメだと思います。

 

 

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マチュピチュ温泉 2015年9月2日

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マチュピチュ遺跡のアクセスポイント、アグアスカリエンテス村には温泉があります。もともとアグアスカリエンテスとはスペイン語で温泉と言う意味、温泉が出る村だから、村の名前もそうなったのでしょう。

昔はマチュピチュ村とか、マチュピチュ駅とか、マチュピチュ温泉とは呼ばれていなかったです。すべて、アグアスカリエンテス村であり、駅であり、温泉でした。ペルー鉄道が民営化され駅名がマチュピチュ駅に変更されたようです。温泉名も何時しかマチュピチュ温泉と改名されていました。村の名前が正式にマチュピチュ村に変更されたのかどうかはわかりませんが、ガイドブック等では現在、マチュピチュ村と紹介されるようになっています。

かつてのアグアスカリエンテス駅のプラットフォームから、マチュピチュ温泉へ歩いて行ってみることにします。

 

 

マチュピチュ温泉の場所。

 

 

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昔の話ばかりですみません。何にもなかった温泉への細道。この両脇に所狭しとホテル、レストラン、土産物屋が建ち並んでいました。アグアスカリエンテスがこうまで観光化され変わってしまうとはびっくりでした。

 

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坂道を上った先にマチュピチュ温泉のチケット売り場がありました。ここで10ソル(400円)の入場料を支払います。

 

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アグアスカリエンテス川沿いにさらに登って行きます。

 

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すると、見えてきました、マチュピチュ温泉。湯船の配置は昔と変わってないです。タイルなどは綺麗になっている気がします。

 

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それでは、温泉に入って行くことにします。午後はマチュピチュ観光を終えた人たちで混んでるのではと心配しましたが、私の他は数名だけでした。

 

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温泉は微かに硫黄臭もします。湯の色はグレーとグリーンの中間くらいの色でした。温度は40度弱くらいのぬるめの湯です。

 

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壁にはマチュピチュの絵が描かれていました。温泉にはフォルクローレの音楽も流れていて、観光客を意識してるんでしょう、演出に気を使ってるようです。

 

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打たせ湯もある、と思ったらこっちはただの水。冷たくて浴びる気は起きません。

 

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料金はマチュピチュ価格でちょっと高すぎると思います。プール式なので雰囲気もいまいちですが、泉質はなかなか良いです。懐かしい温泉に浸かることができて満足できました。

 

 

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マチュピチュ遺跡 2015年9月2日

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マチュピチュへ向かう日がやってきました。サンタテレサの宿を朝6時に起き部屋でラーメンを食べて7時にバイクで出発。12キロ先のイドロ・エレクトリカ駅(発電所駅)へ。駅の近くの駐車場にバイクを預けます。1日10ソル(400円)。

駅でチケットを購入。マチュピチュへのアクセスポイントである12キロ先のアグアスカリエンテス駅(今はマチュピチュ駅と改名されたようです)までの列車の切符は外国人91ソル(3600円)。ペルー人の約20倍の値段です。

21年前に来たときはクスコから100キロ以上列車に乗っても数百円で済んだのですが、民営化されてからかなり高額になってしまいました。例えばクスコ~アグアスカリエンテス間の現在の片道料金は高級列車ハイラムビンガム号が1534ソル(61000円)、一般的なビスタドーム号が297ソル(12000円)、リーズナブルなエクスペディション号が265ソル(10600円)もします。

なので、逆側からアクセスすることで列車料金を安く済ませたい人にとって、最近はサンタテレサからマチュピチュへ行く人が多くなっているようです。列車の乗る距離は12キロなので、ハイキング感覚で線路を歩いてアクセスするのも流行っているようです。私は、日帰りの予定なので行きは列車を利用し、帰りに時間と体力に余裕があれば歩いて帰って来ようと思います。

 

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標高1700メートルのイドロエレクトリカ駅から標高2000メートルのアグアスカリエンテスまで約30分で到着。21年前には無かった立派な駅舎ができており場所も変わっていました。

 

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昔はこのプラットホーム兼食堂街が駅で、ここから列車に乗り降りしていました。ここがアグアスカリエンテスの中心街でもあったわけですが、現在は町自体がかなり広範囲に広がっていました。

 

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アグアスカリエンテスはすっかり変わってしまいました。高級なホテルやレストラン、おみやげやさんが隙間が無いほどびっしり建ち並び、歩いているだけで客引きに声をかけられます。のんびり落ち着いて滞在できる温泉街の風情は全く無くなってしまいました。観光地は生き物だなぁとつくづく実感します。この広場の一角にある観光案内所でマチュピチュ遺跡の入場券を買いました。128ソル(5100円)。21年前は1200円ほどでしたが、列車ほどのすさまじい値上げではなく少し安心しました。

 

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アグアスカリエンテスからは標高2400メートルのマチュピチュまで、九十九折れの道をバスで登って行きます。バスの料金は片道39ソル(1600円)。

 

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マチュピチュは10回までは来ていませんが、かなりの回数来ています。1度目はテントを担いで山を越えインカ道を数日歩き到着しました。2度目以降は観光ガイドのアルバイトをしながらクスコに滞在していた時、日本人のお客さんを連れて来ました。マチュピチュの入り口はそれほど変わっていませんでした。それにしても凄い賑わいですね。

 

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入り口から入場すると、まずはお客さんを案内していたときと同じように見張り小屋まで登ります。段々畑を強調したいときのベスト撮影ポイントへ。ここで、しばし休憩して久しぶりのマチュピチュをじっくりと眺めました。霧のマチュピチュも良いけれど、やっぱり写真が明るく撮れる天気だったのは良かったです。アグアスカリエンテスはすっかり変わってしまったけれど、ここからの眺めは変わりません。やはり、世界有数の絶景だと思います。

 

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次に、見張り小屋の少し下から遺跡を強調した撮影ポイントから1枚。

 

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遺跡内部へ入って行きます。遺跡の保護のためでしょう、立ち入り禁止や一方通行が多くなっていました。正確な石組み、石を切り出して作られた最上部の日時計、曲線の美しい太陽の神殿、計算しつくされた水路には今も水が流れています、限られたスペースを有効利用して作られた急斜面の段々畑、素晴らしい見どころが続きゆっくり3時間かけて見学しました。

帰りのバスからは「グッバイボーイ」を見ることができませんでした。昔は九十九折れの急坂を「グッバイ」とバスに向かってあいさつしながら、ショートカットしながら駆け下りてチップを稼ぐ少年たちが居たものですが、禁止されたのでしょうか。

アグアスカリエンテスで昼食を取り、温泉に入ってから線路上を歩いてイドロ・エレクトリカ駅へ向かうことにします。

 

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線路上を歩いて戻る途中、200人以上の人とすれ違いました。線路を歩いてマチュピチュに向かうルートがかなりポピュラーになっているようです、中にはガイドツアーと思われる人たちもいました。オリャンタイタンボからサンタテレサへ来るには標高4300メートルのマラガ峠を越えなければなりませんが、2500M以上のダウンヒルを味わえる自転車ツアーも人気のようです。列車代をケチる人以外にも、線路歩きとセットになったようなツアーもアウトドア派に人気なのかもしれません。

最後は雨に降られてしまいましたが、2時間半かけてイドロ・エレクトリカ駅に着き、バイクでサンタテレサに戻りました。

 

クスコ1 (2)

マチュピチュへのルート

  • サンタテレサ(標高1500M)~発電所駅(1700M) 12キロ・往復バイク
  • 発電所駅(1700M)~アグアスカリエンテス(2000M) 12キロ・行き列車-帰り徒歩
  • アグアスカリエンテス(2000M)~マチュピチュ(2400M) 10キロ・往復バス

 

マチュピチュ観光でかかったお金

  • 駐車場 10ソル(400円)
  • 列車片道 91ソル(3600円)
  • マチュピチュ入場料 128ソル(5100円)
  • トイレ 1ソル(40円)
  • バス片道 39ソル×2(1600円×2)
  • 温泉 10ソル(400円)
  • ロッカー 1ソル(40円)
  • 昼食 8ソル(300円)

合計327ソル(約13000円)

 

 

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