ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


一時帰国

中南米ツーリング再スタート決定!

2014年9月20日にメキシコでバイクが転倒し右鎖骨骨折で一時帰国していましたが、来週の火曜日、2015年1月20日に旅を再スタートすることができるようになりました。よかった、よかった。

 

 

ケガの経過

PC0282930折れてしまった骨がくっ付くのは時間のかかるものだと改めて感じました。新陳代謝の活発な子供でも最短で5週間といいます。年齢が高くなるほど時間がかかるそうですが、中年の私の場合、4か月たった今も完全にはくっ付いていない状態です。折れた部分に、骨の元となる成分が接着剤のようにゆっくりと分泌していくそうですが、私の場合、折れた骨と骨に若干のひねりが加わったため、接着面に空洞ができました。空洞がある場合、空洞を埋めるための接着剤の量が多く必要、そのため、時間もかかっているらしいです。でも、基本的にはくっ付いているので、余程強い衝撃が加わらなければ大丈夫ということで、通院も終了しましたし、旅も再開できるようになりました。

帰国そうそう、10月に水疱瘡になってしまったのには参りました。完治後もしばらく頭部と尿道に痛みが残りました、大人になってからの水疱瘡は怖いです。

北米を旅行中、左手小指のしびれが気になっていましたが、検査で肘部管症候群と診断され、思い切って手術したのは良かったです。症状が進むと、握力低下や指の変形もあるようです。骨折をきっかけに早めに手術に踏み切れたのはかえって良かったかなとも思います。手術後1か月半が経過しましたが、今ではしびれは全くなくなり、神経の感覚も回復してきています。

 

バイクウエア

ジャケット北米の旅は軽装でした。上着はウインドブレーカー、ズボンはナイロンのアウトドア用パンツ、靴はズック靴。もし、パットの付いたバイク用を着用していたら骨折が防げたのかどうか、それはわかりません。でも、もう若くないし、ケガをすれば回復に時間がかかることもよく分かったので、慎重になるにこしたことはないと思い直しました。そこで、ウエアについてはバイク用品メーカーのラフアンドロードスポーツに相談して、半額で購入させてもらいました。靴は元々持っていたバイク用のを使うことにしました。

 

保険

海外旅行保険ですが、今回は長期でも加入可能な損保ジャパン日本興亜の保険にしました。それとアメリカのバイク保険は12月で切れてしまっています。バイクを預かっていただいているロサンゼルスから1日でメキシコ国境まで走ってしまう予定ですが、やはり、アメリカで何かトラブルがあると心配なので、カナダのバイク屋さんに連絡して3か月の保険に新たに入ることにしました。もうひとつ、メキシコのバイク保険ですが、これはインターネットで6か月有効のものに加入しました。

 

航空券

20年前にロサンゼルスへ行ったときは、格安の往復航空券を買って片道だけ利用し、復路破棄しました。片道切符だとアメリカに入国できない可能性があり、1年オープンのチケットは高価であり、また、1年以上滞在する場合は複路チケットが無駄になってしまうからです。当時、中南米を旅行していた長期旅行者は皆そうしていたように記憶しています。

今回良く調べずに、1週間フィックスのロサンゼルス往復を6万円台で購入したんですが、購入条件を良く読んでみると複路破棄の場合、ルール違反のため正規料金を請求されることがありますと書いてありました。インターネットで調べてみると、実際に請求されたとか、されないとか両方の意見が見つかりました。正規料金を請求されるのも嫌でしたが、それ以上に、せっかくの楽しい旅行中に、請求がいつ来るかと常に心配することが嫌だなと思い、3万円のキャンセル代を払ってこのフィックス航空券を買うのをやめました。そして、航空会社から直接1年オープンのチケットを買いました。

 

その他

カナダやメキシコからアメリカへ入国したときは陸路でしたのでESTAが必要ありませんでしたが、飛行機で入国する場合は申請しなければならないそうです。やってみましたが簡単でした。

国外運転免許証も新たに申請しました。有効期限が申請日から1年です。例え、1年過ぎていても海外の交通警察が日本の国外免許の有効期限が1年ということを知らない場合がほとんどで、免許証を見せても咎められることはほとんどありませんが、事故などのトラブルにあったときには保障関係で不利になるので、やはり有効期限内の免許を持っていたいものです。

入国の際、黄熱病の予防接種を証明するイエローカードの提示を要求する国が、中南米でまだあるのかどうかわかりませんが、中南米は未だに黄熱病の汚染地域であるので接種したいと思います。日本の場合、ワクチンをどこでも打てるわけではなく、福島からだと仙台検疫所や東京検疫所まで行かないといけないので遠いです。なので、旅行しながら中米のどこかの国で打とうと思っています。

カナダから旅をスタートした当時は1アメリカドル100円程度でしたが、このところどんどん値下がりして12月ころは120円を超ていました、またちょっと上がり始め今は117円くらいです。ドルの値下がりは痛いですが、世界的に原油が値下がりしているのはバイク旅行者には嬉しいことです。

 

今後の旅の予定ルート

1中南米

大まかなルートはこんな感じに考えています。その他、寄り道でキューバやイースター島も訪れてみたいですが、私はやっぱり南米ではアンデスが好きです。 南米の南端パタゴニア付近はアラスカと一緒でバイクで走れる時期が夏(12月~2月前後)に限られるそうなので、時期を合わせるためにルートも変更になるかもしれませんし、釣り三昧でどこかの国で長居するなんてのもあるかもしれません。日本が恋しくなって、どこかの国から一時帰国するかもしれません。一応の予定ではありますがどうなるかは未定です。

 

なぜ、バイクで旅行するのか

電車やバスなどの公共機関ではなく、なぜ、バイクで旅行するのか。単純にバイクで走ると気持ち良いということもありますが、ひとことで言えば「自分のペースで動けるから」でしょうか。もちろん、電車やバスにも良い点は沢山あります。第一、自分で運転しなくて良いから楽だし、眠っている間にだって運んでくれます。車中で見知らぬ人との出会いもあるかもしれません。

しかし、公共の交通機関には、面倒な点もたくさんあるのは事実です。座席を確保するため前もってチケットを手に入れなければならない、チケットを手に入れるため並ばなくてはいけない、乗り遅れないために時間を気にしなければならない、満席にならないと出発しないバスの場合はいつ来るともわからない他のお客を待たなければならないなど、秩序の整っていない国での移動は苦労します。長距離バスでお腹の調子が悪いときなどは地獄です、実際私も、トイレ休憩まで持ちそうになく運転手に急遽停止をお願いしたことがあります。走っていって物陰で用を足して戻ってきたときの恥ずかしさといったらありません。景色が良くて写真をとりたいとか、じっくりとそこに佇んで飽きるまで景色を堪能したい、そんなときも、バスや電車は止まってくれません。

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バイクの利点は、好きな時に好きなように自分のペースで旅行できることにあります。出発時間も自由、気に行ったところで止まるのも自由、バスや電車の通っていない場所へも道があれば行くことが出来ます。新しい町へ着いたとき、まずするのは宿探しですが、バイクだと重い荷物を持って歩き回る必要はないし、駅やバスターミナルでたむろしているタチの悪い客引きにつかまることもないですし、タクシー代をぼられる心配もいりません。

では、バイクではなく、車や自転車で旅行するのはどうでしょうか。車はバイクよりお金がかかりそうなので、レンタル以外では、まだやったことがありません。二人ペアで旅するには交代で運転するなどもできるし、治安の良い国では車中泊もできるし、天候に関係なく進めそうで良いかもしれないですね。でも、身軽さではバイクにかなわないでしょう。自転車はというと、やってみたい気持ちは少しありますが、やはり体力的にきつそうです。それに私などは、少しでも楽な道を選んで最短距離を走りたくなってしまうでしょうから、脇道へ入ったり、気になる場所へ寄り道をしたりする楽しみが減ってしまうかもしれません。

ヨーロッパや北米は公共の交通機関の代金が高いので、バイクや自転車だと安く旅行できると考える人が居るかもしれませんが実は違うんですね。バイクも自転車も実は大変お金のかかる旅行方法なんです。まず、バイク代がかかります。それに、国をまたぐ度に支払うバイク保険代、それに通関諸経費、毎日のガソリン代プラス部品交換代金などを加えると一般的なバックパッカー旅行よりかなり高く付くことになります。では、自転車なら安いのではと私も思ってしまいますが、自転車旅行をしている人に聞くと実はそうではないことがわかります。自転車の人はとにかく食べる量が違います。高カロリーのものを驚くほど沢山食べます。西アフリカで親しくなったドイツ人サイクリストは、食堂へ入ると必ず2人前注文していました。食費が2倍になる他に、当たり前ですがバイクより進むのがどうしても遅くなります。バイクで1か月のところを、3か月も半年もかけなければなりません。一日当たりの旅行費は自転車の人は安いかもしれませんが、時間がかかるということはお金も沢山かかるのです。

自分のペースで自由に、そして体力的にも楽、お金は高く付くけれど、せっかく海外旅行するならと考えると、自分にはバイク旅行が合っているようです。

 

 それでは、行って来ます!

ケガから4か月、あっという間でしたが、温泉や食など日本を満喫して充電できました。世界ツーリング前に訪ねてきてくれたかももしさん、美味しいおでんを差し入れに来てくれたライダーまっくすさん、学生時代からの友人細野、それから、ぽこけんを応援してくれる皆さん、元気に旅を再開できるようになりました、ありがとうございました。無事にロサンゼルスに到着したら次のレポートを発信したいと思います。では、行って来ます!

2014さようなら、2015こんにちは

2014年は自分にとってどんな年だったのか、時が過ぎて書く気が無くなってしまうまえに、今のうち、ちょっとまとめておきたいと思います。

 

P10800830[1]▲アヒルを生きたまま配達中のカブ

2014年のお正月は、ベトナムの片田舎、名前も聞いたことのなかったゴックホイという、カンボジア国境に近い町で迎えました。大晦日からパソコンが不調で、正月早々町のパソコンショップで直してもらいました。リカバリーディスクのお世話になるのは、これで何度目でしたか。この後も、今年は何度かパソコントラブルがありました。バイクで旅をしていると、振動があったり、通信が不安定でダウンロード途中で切れちゃったり、色々とトラブルに会いやすいんですよね。

 

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▲ベトナム北部ムーチャンチャイにて、大人たちの井戸端会議に飽きた様子の少女

ベトナムツーリングは以前からやってみたかった旅でした。南のホーチミンでバイクを買って旅をスタートさせ、北のハノイまで、2か月かけて6900キロを走りました。南北に細長く、しかもベトナム戦争終結までは、別の国だった南と北、気候も、人々の性格も、景色も、食べ物も全く違っていました。そういう、変化していくベトナムの様子を、地元の人が乗っているのと同じ、110㏄のカブという小さなバイクで細かく見て歩くのは楽しいものでした。

 

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▲ベトナム北部バックハーの町、行商のおばあちゃん

そして、ベトナムは今でも変化し続けている国です。ベトナム人は、他の東南アジアの国の人々より勤勉で、しかも器用に思えます。今後増々発展するのではないでしょうか。あと数年後、必ず再訪してみたいと思っています。

 

その後、1か月のマレー半島ツーリングを終え、3月に帰国しました。そして、妻であるぽこのお父さんが亡くなりました。ぽこは、お母さんの世話と福島での動物保護活動などで忙しく関東と福島を往復する生活となりました。東南アジアの次のステージとして、中南米の旅を予定していました。夫婦二人で旅行する予定でしたが、ぽこが、日本に残り、けんいちがひとりで行くことになりました。

4月、5月はテレマークスキーで東北の山を中心に登りました。月山の品倉山や会津の三岩岳に初登頂でき、満足できました。

 

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▲福島県吾妻連峰蓬莱山

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▲山形県湯殿山

6月からは、再び海外ツーリング、出発はカナダのバンクーバーでした。バイクは、日本人経営のウィンドベルモーターサイクルで新車のXT250を購入しました。カナディアンロッキーの美しさ、温泉、釣りの醍醐味、どれをとっても素晴らしいのですが、インフォメーションが充実していて旅行しやすく、外国人を歓迎する雰囲気を強く感じました。カナダには、外国人であることを意識せず自然と溶け込める雰囲気があるようです。例えば、ヨーロッパを旅していると、私は当然アジアからの外国人と見られます。が、カナダではそうとも限らないんですね。私がカナダ人と思って話しかけてくる人の方が多いんです。それだけ、移民を受け入れてきたからでしょうね。私にとって、カナダは良いこと尽くめでしたが、物価の高いのはちょっと辛かったですね。

 

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▲カナディアンロッキー

7月にはアメリカ合衆国のアラスカ州に入りました。アラスカ北端のデッドホースへ向かいましたが、7月というのに。雪に降られたのにはびっくりしました。マッキンリー山も見ることができたし、サケも釣ることができて良い思い出になりました。アウトドアショップに銃が売ってたりして、やはり、カナダとは違う雰囲気です。私の思い過ごしかもしれませんが、人々の雰囲気もカナダ人に比べるとドライな感じがしました。物価はカナダより安くてありがたいんですけれど。

 

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▲アラスカ北端、デッドホースにて

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▲北米大陸最高峰、デナリ山(マッキンリー山)

8月、9月と北米大陸を南下していきました。雨にたたられ、バイクがスタックしてしまいクラッチ版が壊れてしまったときもありました。動かなくなってしまったバイクをドロドロになって押し、荷物も手で運んで、国道まで歩いてSOSのヒッチハイクと本当に大変でしたが、親切な方に助けれました。

 

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▲アメリカ合衆国、グレートソルトレイク

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▲アメリカ合衆国、奇岩の絶景ザ・ウエーブ

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▲アメリカ合衆国、モニュメントバレーへ続く道

9月20日、メキシコ入国してすぐ、エンセナーダという町でバイクで転倒し、右の鎖骨を骨折。中米へ南下の予定を変更し、日本へ一時帰国することにしました。骨折の治療は時間がかかるようで、3ケ月半経過した今も、完全にくっ付いていませんが、また同じように転倒するなどの力がかからない限りは大丈だろうという状態です。今回のことを教訓に、次回はバイク用のジャケットや靴を揃えてツーリングをすることにしました。

帰国して味わった納豆と日本酒の何と美味しかったことか。その後、日本で水疱瘡になってしまいました。この年でかかるとは、自分でもビックリでした。そして、半年前から気になっていた左手小指のしびれ、これを治すために、思い切って手術を12月2日に行いました。現在は、しびれも取れました。小指の感覚の鈍さは残っていますが、これは、神経の回復と共に感覚は戻って来るそうです。身体に不調があると、気分もすっきりしません、思い切って手術して良かったと思います。2015年1月中旬にアメリカへ戻って中南米ツーリングを再開します。

今年は、西アフリカでエボラ出血熱の流行があり、現在も進行中です。また、シリア内戦は泥沼化していて、イラクとまたがる広範囲にイスラム国が根を下そうとしています。また、パキスタン、イランも政情不安定で旅行がし難くなってしまいました。バイクで旅行するには、陸路で国境を越えなければならないのでルート取りが難しい時代に入ってしまったと言えると思います。また、政情不安と同列に並べてはいけないことですが、日本がどんどん安い国になる一方、中国、ブラジル、トルコ、メキシコ、タイなどの国々との経済各差が縮まりつつあります。旅行費用も、10年前くらいまでは1年間100万円と言われてきましたが、もっともっとかかる時代になって来ているのかなと感じています。

日本はというと、福島に住んでいるので、気になるのはやっぱり原発です。民主党時代、20年後か30年後を目標に廃炉という話がありましたが、今は、自民党の安部さんが再び原発推進に舵を切ろうとしています。安全が確認されたから再稼働とかではなく、稼働すれば必ずでてくる核のゴミをどこでどう処分するのか、それが一番の問題だと思うのですが、どうしてか、そういう話が出てきません。あれほど、「美しい国、にっぽんを作りたい」と言っていたのだから、ゴミは邪魔なはずでしょう。ゴミの処分方法が決まってから稼働するしないを考えてほしいと思います。

さて、2015年はどんな年になるのか、今年も「ぽこけん」をよろしくお願いします。

肘部管症候群 その2

肘部管症候群と診断され、12月2日に全身麻酔での手術が決定しましたが、その前に色々な検査を行いました。

  • 血液検査
  • 尿検査
  • 心エコー検査
  • ホルターモニター心電図
  • 循環器診察
  • 麻酔科診察

などです。ホルターモニターは24時間の心電図です。これらがOKになって、手術ができることになります。

 

これまでの経緯は、肘部管症候群その1を参照してください。

 

今回行う手術は、神経の前方移行手術です。この手術を行うことにより、手のしびれの原因となっている、肘の内側の尺骨神経の圧迫が解放されます。神経の回復には時間がかかるとのことですが、少なくともこれ以上の病状の進行が抑えられるそうです。早い段階で手術をすると術後の回復が良好とのことです。

 

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手術室まで歩いて行って、「これから眠くなりますよ」と言われたまでは覚えているのですが、全身麻酔でしたので、気が付いたときにはもう手術は終わっていました。痛み止めが効いているせいでしょうが、どこも痛くありません。拍子抜けするほど楽ちんでした。

 

手術直後こそこんな感じでしたが、ギブスが取れてからの入院生活は快適そのものでした。三食付だし、ベッドをリクライニングにして、好きなだけ読書に集中することができました。そういえば、お酒を1週間も飲まないで過ごしたのは10年ほど前のイラン旅行以来だったかもしれません。

 

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手術の前は小指の第一関節までと、薬指の第一関節の小指側側面が常時しびれていて、触っても薄い皮を一枚被せたように感覚が鈍い状態でした。

 

手術5日後、退院時には、感覚の鈍さの範囲は手術前と変化は無いものの、小指の先端がときどきしびれる程度にまで変わりました。先生のお話では、一般的に、神経が圧迫されていた期間が長かったり、強く圧迫されていた場合ほど手術後の回復は良くないそうです。手術をしてもなかなか良くならない人もいれば、完治する人もいて、ケースバイケースだそうです。

 

私は、変化が現れるのは手術後数か月してからだろうと思っていました。感覚の鈍さは残っているものの、手術後たった5日で、しびれがほとんど感じられなくなったので驚いています。神経が回復し、感覚の鈍さが改善するにはこれから長い時間がかかるかもしれませんが、手術前のように、指が常時しびれる不快感がなくなっただけでも嬉しいです。

 

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退院して一週間ぶりの帰宅、すき焼き&会津ほまれで一杯やってます。たまらん!

手の神経がこれからどんどん回復していくことに期待しています。右の鎖骨骨折はまだ完治していないものの、左手のしびれが軽減されたことで、今後、メキシコ以降の中南米ツーリングも今まで以上に前向きに楽しめそうな気がしてきました。一時帰国のちょうど良いタイミングで手術ができて良かったと思います。

 

 

まっくすさん来訪 2014年11月24日 

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我が家にちょっと変わった宅急便が危険物を持ってやってきました。ライダー仲間のまっくすさんです。

 

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危険物とは何かというと、コラーゲンたっぷり骨に良く効く特製おでんです!プロの料理人のまっくすさんが、鎖骨骨折中の私のために、コトコト煮込んで作って、バイクで3時間走って持って来てくれました。いや~、こんな嬉しいことはありません。ところで、おでんのどこが危険物かというと、美味すぎて、酒に合いすぎて、飲み過ぎてしまうんです、だから危険物。たいへん危険なブツ、どうもありがとうございました!

次回は、日本海方面の温泉巡りと合わせて、こちらからまっくすさんに何か危険っぽいブツをお届けしたいと思います。

つげ義春展@天栄村 2014年11月23日

天栄村で行われたつげ義春展に行ってきました。

正式なイベント名は

「つげ義春の旅へ。 つげ義春が愛した岩瀬湯本・二岐温泉フォーラム2014」

 

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私がつげ義春のまんがにであったのは今から28年前、高校を卒業した後すぐ、進学先である千葉県の下宿屋に小包が送られてきました。その中身がつげ義春の2冊のまんがでした。送り主は、それほど親しくもなかった高校の同級生です。彼はまんがが好きなようでしたが、私は、まったく好きではありませんでした。高校生当時は藤原新也が好きで、文字だけ、又は写真入りの本が好きでした。

彼が、なぜ送って来たのか考えたところ、おそらく、私ならつげ義春が好きだろうと思ったのでしょう、私に教えてあげたいという気持ちで送ってくれたのだと思います。案の定、まんがなど読んだこともない私でしたが、面白くて、いっぺんでつげ義春のファンになってしまいました。送ってくれた彼に感謝しなければなりません。それから現在まで、つげ義春のファンは続いていて、特に温泉や旅をモチーフにしたまんがが好きです。

 

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早速、道の駅の裏手にあるパネル展示会場へ行って見ます。村内なので何度も訪れている岩瀬湯本ですが、こうして写真と対比してみるのもおもしろいですね。

 

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映画にもなったので「無能の人」という作品名を聞いたことがある人も多いと思います。その「無能の人」の中の一編に「探石行」という作品があります。売るための石を探しに山梨へ行くのですが、絵のモチーフとして岩瀬湯本温泉が使われていたとは知りませんでした。

 

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「会津の釣り宿」という作品があります。舞台は西会津の玉梨温泉ですが、まんがの温泉宿のご主人が二岐温泉湯小屋旅館の亡くなったご主人に本当にそっくり!真相は不明ですが、やっぱりこの方がモデルになったような気がします。

 

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午後2時からは講演会とフォーラムです。漫画雑誌「ガロ」の元編集者、高野慎三さんの講演が特に面白かったです。

会津を代表する大観光地で「大内宿」という茅葺屋根の宿場町があります。江戸時代の風情が綺麗に保存され人気があるのですが、昭和42年にこの地を訪れたつげ義春は、大内宿にはまったく興味を示さず、近くにある鄙びた岩瀬湯本温泉を絶賛したといいます。よほど気にいったのか、その後4度も岩瀬湯本を訪れたそうです。

何がそれほど、岩瀬湯本がつげ義春を惹きつけたのかという説明を高野慎三さんがしてくれました。「つげさんは、東京生まれの東京育ち、ところが東京の風景はまったく様変わりしてしまった。子供時代に見た日本の原風景を探すために旅をしていたのだろう」、「田舎や農村への憧憬を今も常に抱いている」ということです。「茅葺屋根だから良いのではない、綺麗に保存されている大内宿のような場所には興味がない」、では、全国にたくさんある鄙びた温泉地の中で、岩瀬湯本の何が良いのかというと、「つげさんは岩瀬湯本の道の角度が最高だ」と語っていたそうです。角度が良いという言い方は、絵になるということでしょうか?芸術性の高い絵を描くつげ義春独特の表現だなと思いました。

フォーラムの最後は「懐かしい未来、地域の資源を生かした地域づくり」という代でのパネルディスカッション。今は「地域おこし」とか「地域再生」ということも大学の研究対象になるんですね。私のようなシロウトには、答えのでない問題をグルグルかき回しているだけに思えてしまいます。廃れるものが廃れてしまうのは仕方がないと思います。アイデアが成功して観光客がたくさん来ている場所は、はたして観光地として本当に魅力的なのか、疑問が残ります。天栄村を基点に、つげ義春にもっと特化した勉強会やゆかりの温泉地を訪ね歩くようなイベントなら、今後も続けていってほしいと思いました。

 

被災地ツアー 2014年11月22日

私は福島の被災地の様子を全国の方に見ていただきたいと思っています。

被災地を興味本位で見学するのは悪いのでは?とか、放射能は大丈夫なの?

という意見はあると思いますが、ツアーに参加すれば、語り部さんから震災当時の臨場感あふれる話を聞くことができたり、放射能について学ぶこともできますし、放射線量が高いところへも行かないので安全です。

自分で参加してみないことには他県の人に責任をもって薦めることもできないと思い、11月22日に行ってきました。

 

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福島の被災地ツアーはいろいろな団体でやっているようですが、私たちは今回、いわき市が開催している無料のツアーに参加してきました。ツァーのスタートはいわき駅です。いくつかコースがあるようですが、今回は「久ノ浜・北コース」に参加しました。参加者は23名でバスは満席。バスに座れなくてもレンタカーを借りて後ろをついて回るという4名の希望者も入れ、合計27名のツアーとなりました。参加者は関東の方が多かったですが、中には名古屋や金沢から参加されている人や、マレーシア人の大学院生も居ました。福島からは私たち2名だけでした。

 

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まず、はじめに向かったのは久ノ浜地区。ここは、大震災の津波と火災で壊滅的な被害があった地区です。福島第一原発からは32キロ離れているため、避難指示はありませんでしたが、風評被害で物資が届かず苦労された地域です。商店街も火災で消滅してしまいましたが、2011年9月3日、久之浜第一小学校敷地内に仮設店舗の「浜風商店街」がオープン、「1日も早い久之浜の復興を!久之浜に1人でも多くの笑顔を!」掲げ、今日現在も元気に笑顔で営業しています。

 

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道の駅よつくらでの昼食休憩の後は、福島第一原発事故復旧の拠点であったJビレッジを過ぎ、20キロ圏内へ入って行きます。第一原発から約17キロほどの天神岬へ行きました。参加者の中にはモニタリングポストを初めて見るという方もいらっしゃいました。岬の展望のきく場所からは、保管場所が決まっていない除染物質の黒い袋が大量置かれている模様を見たり、風力発電施設を洋上に試験的に設置している様子を見ました。

 

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福島第一原発から約7キロ。第一原発と第二原発の間にある富岡駅前です。海に近かった富岡駅周辺は甚大な津波の被害を受けました。原発の南側に位置するので、風向きの影響で放射線量は高くなかったのですが、原発からの距離が近かったため警戒区域に指定され、行方不明者の捜索やがれきの撤去が遅れた地区です。復旧復興が遅れ、今だに津波の爪痕が色濃く残る地域です。

参加されていた大学教授の方が、ここはこのまま残してメモリアルパークにすればよいのではと言っていましたが、その土地をどうするかは、地元の人の意見が一番重要視されるので、ここで多くの人、身内が亡くなった人の気持ちを考えれば、残すという選択はなかなか難しいだろうということでした。

 

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同じく、富岡駅前の慰霊碑です。

 

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富岡駅前の住宅一階部分には軽トラが突っ込んだままです。

 

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宮城や岩手と違って福島は原発被害があるため、除染作業も並行して行わなければならないため、がれきの撤去、復旧復興が遅れています。今、急ピッチで行っているので、このような無残な風景の残る地区はどんどん減り続けています。もうすぐ、こういった場所が無くなり、被災地ミュージアムのような場所ができ、映像でしか見ることができなくなるでしょう。

 

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ツアーの最後は、周りの住宅が全て流されたにも関わらず、残った奇跡の神社、久ノ浜秋葉神社で語り部さんのお話を聞きました。実際に震災当時この場に居合わせた方のお話は臨場感があります。この神社の周りは住宅が建ち並んでいましたが、全て流されてしまったそうです。この見える範囲だけで55名の方が亡くなり、現在も行方不明の方が居るそうです。

ざっと、ツアーの流れを書いてみましたが、写真と文章だけでは上手く伝えられません。現在の富岡駅前のような地区もどんどん復興が進むにつれ、震災当時の姿を想像しにくくなってしまうと思います。温泉旅行のついででも良いと思います、ぜひ、県外の方にこのようなツアーに参加していただき、この場に立って何があったのか思いを巡らせていただければと思います。

 

 

羽ばたけ!中高年! 2014年11月21日

先日、我が家に訪問者がありました。

これから世界中を旅する予定で、このホームページぽこけんにもときどきコメントをしてくれているかももしさんです。

ワールド・ツーリング・ネットワーク・ジャパン、略してワッツーWTN-Jのイベントでぽことは会ったことがあるけれど、けんいちとは初対面です。実は、今月はじめに来ていただく予定でしたが、けんいちが水疱瘡になってしまったので延期。やっと今回のミーティングが実現しました。

 

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かももしさんですが、我々ぽこ&けんいちと同じ中高年です。企業を早期退職され、小田原で半自給自足の暮らしをしていたそうですが、世界中を旅するため現在準備中とのことです。バイクに乗った経験は無かったそうですが、アフリカと南米はぜひバイクで回りたいからと最近大型二輪の免許を取ったそうです。日本もツーリングしたこともないのに、アフリカと南米をバイクで回るとは発想が自由ですね。正に中高年の星!ヨーロッパはバイクではなく、あえて、自転車で回るそうですから体力にも自信があるんだろうな、うらやましい。

どこへ行っても旅行者同士のコミュニケーションは英語が基本です。なので、以前から英語の勉強は続けていたそうですが、かももしさんの目標は高く、日常会話に不自由なくこうして話している内容を苦も無く話せるようになりたいとのこと。来月から、半年間フィリピンへの語学留学を決めたそうです。

かももしさんのすごいところ、それは、用意周到といいますが、徹底的に準備するところ。これは真似が出来ないと思いました。私などは、行きたいと思えばロクに調べもせず、ひょいひょいと出かけてしまう方なので、これは見習わなければならない事かもしれません。

わたしたちに、旅のノウハウを聞きたいということで我が家へ来ていただきましたが、逆に、物知りなかももしさんに学ぶことの方が多かったように思います。

10年前、20年前、30年前と時代は変わったと言われます。ですが、世界を旅したいという人が減ることは無いし、世間で信じられているように旅は若者の特権ではなく、あらゆる世代の人にとって大きな興味の対象であったり、人生の目標や夢になりうると思っています。

私は、どんどんやれと、中高年の旅人にエールを送ります。

かももしさんと、次回は世界のどこかで再会し、たき火でも囲んで酒が飲めたらなと思いました。

 

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肘部管症候群 その1

半年前、つまり2014年の4月ころから左小指の第2関節から上と左薬指の第1関節から上の小指側面がしびれるようになりました。矢吹町の整形外科へ受診しましたが、原因を突き止めようとする気配はなく、神経再生に効果があるかも?と言われているメチコバールというビタミン剤を処方するだけ、治療する気がない病院に通院する意味もないしと、以降通院も止めてしまっていました。

しびれは眠っている時以外は常にあるわけです、旅の間常に。絶景の中バイクで走っている時も、北米最北端へ到達したときも、念願のサーモンを釣り上げたときも、いつも左小指と薬指がしびれていました。

命に別状のある病ではなさそうだし、世の中には常時痛みに耐えている人や眠ることさえできないほど辛い毎日を過ごしている人々がもっともっといらっしゃる、それに比べれば何のこれしきとずっとがまんしていました。

常にしびれがあることで何となく気分が上がらないものです。できることならば、通常、身体のどこにも痛みやしびれの無い身体を取り戻したい。じっとしていて、身体のどこも不快でない身体ってどんなに良いだろう、そんなことを望むようになりました。

自分で自分の症状をインターネット等で調べた結果、肘部管症候群かもしれない?と思うようになりました。それで、肘部管症候群に詳しい医師は手の外科の専門医ということを知り、日本手外科学会の先生の診察を受け、自分のしびれの原因を探ってもらおうと思いました。思い立って病院へ行った日には予約でいっぱいで診察をしてもらえず、予約だけしてきました。先週初めて診察をして、肘部管症候群の疑いがあるということで、神経伝達速度検査をすることになりました。

 

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今日はせっかく、村から出て大都会の郡山市の病院まで行くので、昼食は郡山の中央市場食堂で海鮮丼を食べることにしました。790円の値段の割に、ボリュームもあるし、市場だから鮮度も抜群で美味しいんですよ!

海鮮丼を食べた後、病院で神経伝達速度検査を受けてきました。通常、神経は1秒間に60メートルというスピードで信号を伝達するそうですが、神経がある部分で圧迫されていたりすると、信号の伝達スピードが遅れるそうです。この試験をすることによって、どこで神経が圧迫されているか、どの程度神経が圧迫されているかが解り、病気の原因と進み具合が解るそうです。結果、やはり、肘部管症候群でした。

肘部管症候群には、自然治癒はほとんど無いようです。放置すると症状はこの後進み、しびれの範囲が広がり、手の筋肉が痩せて行き、握力が低下し、小指が変形していくそうです。いずれは、バイクのクラッチが握れなくなり、ケーナが吹けなくなり、スキーのストックが持てなくなるということです。

迷わず、手術を選択しました。手術は圧迫されている神経を前方へ移行する手術になるそうです。来週から全身麻酔のための検査等も始まりちょっと忙しくなるかもしれません。入院は12月1日、手術は12月2日の予定です。

ところで手術費ですが、3割負担とはいえかなりの出費を覚悟していたのいですが、「高額療養費制度」というのがあるということを病院で説明していただきました。「限度額適用認定証」というのを提出することによって、その月にかかる医療費を限度額以上分は国が負担してくれる制度のようです。被保険者の収入額によって限度額が違うようですが、私の場合、旅の途上なので当然収入はゼロなので、どんなに医療費がかかっても1か月35400円、4回目以降は24600円以上払う必要がないらしいのです。何だか申し訳ないですが、制度を利用させていただくことにします。

手術が上手くいき、しびれのない身体を取り戻すことができたら嬉しいと思います。そして、なるべく早く中南米のバイクツーリングを再開したいと思います。

肘部管症候群 その2へ

ケガ・病気の近況

メキシコをツーリング中、バイクで転倒して鎖骨骨折。旅を中断して一時帰国をしてから早くも1か月を過ぎました。骨折の方は、整形外科で2週間ごとにレントゲン撮影をして骨の付き具合を確認してもらっています。若者であればそろそろ骨がくっ付き始める頃らしいのですが、中年のためか遅れているようです。ただし、骨がずれたりはしていないようなので、寝返りなどに気を付けながら気長に療養しています。

 

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10月下旬、急に熱が出て身体中に赤い発疹がでて通院しました。診断は水疱瘡。そういえば子供のころかかっていませんでした。大人になってからの水疱瘡はひどいと聞いていましたが、その通りでした。身体、顔どころか頭皮、口の中にまで発疹ができ熱が下がってからもしばらく頭痛と膀胱炎のような症状が続きましたが今は何とか完治して元気になりました。

 

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数年前に右上腕がしびれていたのはいつの間にか治りましたが、半年ほど前から左手の小指と薬指外側がしびれるようになり5月ころ近くの整形外科を受診しました。首からくるものかもしれないと言われ、メチコバールを処方されました。医師に診察してもらえたのは初診のときだけ、2回目、3回目は診察もせず処方箋をくれるだけ、そのくせ診察料はきっちり請求されました。ひどい病院だと思い、以降通院はしていませんでした。

カナダ・アメリカをツーリング中もずっと左小指と薬指外側のしびれは続いていました。出てきている症状から、自分でインターネットで調べたところ、しびれの原因は肘から来る肘部管症候群ではないかと思い、先日、手外科専門医のいる大きな病院を受診しました。すると、肘部管症候群の可能性が高いので神経伝達検査を行いましょうということになりました。検査は明日行う予定です。

調べたところ、手外科の専門医は福島県に9名しかいません。自分で調べなければ、診察もせず処方箋だけ出すような病院にかかり続けて症状を悪化させてしまうケースもあるのではないかと思いました。もし、肘部管症候群ということになれば、圧迫されている神経を解放するような手術が必要になるかもしれません。手術というと、ちょっと緊張しますが、首の手術よりは気が楽ですし、一時帰国中の今、治しておくのは良いタイミングかもしれないと思います。

 

 

コスキン・エン・ハポン 2014年10月11

福島県川俣町で行われる日本最大の中南米音楽の祭典、コスキンエンハポンへ行ってきました。今年で40年目という歴史のある音楽祭で、今日から3日間に渡って行われます。

 

PA1039171 第一日目の今日は、川俣町の中をラテンの歌や踊りで練り歩くコスキンパレードではじまりました。

 

 

PA1039282 川俣町は別名、ケーナの響く町と言われています。小学校でケーナを習うそうですから、住民すべてがケーナを吹けるのかもしれません。

 

PA1140153 開会式ではアルゼンチン大使の挨拶もあり、メインイベントの演奏会がスタートしました。ステージでは全国から集まった中南米音楽グループの演奏が次々と行われます。今年の参加グループは過去最多で203グループとのことです。

 

PA1140194 愛好会レベルのグループからプロのグループまでいろいろ出演します。この演奏会で選ばれると、アルゼンチンのコスキン市で行われる世界最大のラテン音楽イベントへの出場権が得られます。

 

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会場では、中南米音楽の楽器も沢山販売されています。売られている楽器はおみやげ用ではなく、プロが使ってもおかしくないクオリティーの高いものも販売されています。

 

PA1140246 我が家へ懐かしい旅人、稲川くんが滋賀県から訪ねてきました。バイクで世界中を旅した後、登山に目覚め日本百名山に登ったそうです。アフリカ最高峰のキリマンジャロに登った経験はありましたが、今年からは、マレーシアのコタキナバル、ヨーロッパのモンブラン、ロシアのエルブルース、南米のアコンカグアを目指すそうです。そのついでに、あまった時間を利用して東南アジアをカブでツーリングするとのことです。羨ましい限りの自由人。この人が不思議なのは、いつになっても見た目が若いということ。もう50歳代のはずなのにぜんぜんそう見えません。