ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


ベトナム

さらば、ベトナム! 2014年2月9日

今日はバイクを売って、出国のためのエアチケットを手配して、余ったベトナムドンをアメリカドルに換金してとやることが盛りだくさん、忙しくなりそうです。

バイクで出発しようとDream号のセルモーターのボタンを押しますが昨日同様動かず、キックでスタートしました。昨日までは絶好調だったのにどうしちゃったのでしょうか?ドナドナされるのを察してだだをこねているわけではないでしょうが。。。

 

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ハノイの旧市街では何度も通っている食堂へ行きます。猫が何匹かいる食堂でチキンのフォーやチキンライス、春巻が美味しい店。今日も猫が出迎えてくれました。

 

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ハノイ旧市街の一等地にありながら、ビールがコンビニより安いという良心的な店で感心していたのですが、数週間前と比べ、テト(旧正月)をはさんでメニューを1割から2割値上げしたようです。この、看板メニューのフォーガー(鶏肉入りフォー)だけは値段据え置きで30000ドン(150円)でした。相変わらず美味い。

 

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Dream号のセルが調子悪いから直してからの方が高く売れるかなと思って修理屋さんへ行って見てもらいました。すると、バッテリーがもう寿命で交換しないとダメとのこと。ヒューズもダメなので、交換代金は310000ドン(1500円)かかるということ。バッテリーとヒューズ交換で1500円というのは安くて驚きました。

でも、いくら安いといってもこれから売ろうというとき、新品のバッテリーに交換するというのも考え物です。あらかじめ準備しておいた、「バイクを売りたい」「どこで可能か?」というベトナム語を見せるとがぜん関心を示しました。

いくらで売りたい?と聞いてくるので、ホーチミンで2台で15000000ドン(7万5000円)で買ったけど、8000000ドン(4万円)で売れれば良いと伝えます。 店のスタッフが2台のバイクをくまなくチェックしたり、試乗したりして出してきた金額は2台で3000000ドン(1万5000円)。買った金額の5分の1です。ちょっと安すぎるんじゃないの、と一度は食い下がりますが、ここもダメだし、ここもダメと我らのバイクにケチを付けて値段を譲りません。

別の店に行って聞いてみることも、もちろん考えましたが、気分はもうタイランド。

エアチケットの手配や換金とまだまだやることが残っています。高く売ろうとするあまり、物価の高いハノイで数日を過ごすとなれば、滞在費だってばかになりません。

Dream号とWave号にはベトナムで楽しい思いをさせてもらったし、また誰かに買われて大事に乗ってもらえばそれでいいじゃないか、という気持ちになってきました。それで言い値の3000000ドン(1万5000円)で手を打つことにしました。

Dream号、Wave号、楽しかったよ、6900キロも運んでくれてありがとう!これからは、ハノイで元気に走っておくれ、さようなら!

 

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そういうわけで、バイクは予定より安い値段ではありますが、無事に売れました。

町で見かけたパグ犬。ハノイはけっこう寒いので、服を着せられている犬も多いです。

 

宿に戻ってエアアジアのサイトをチェックすると、ハノイ発バンコク行、バンコク発チェンマイ行の明日の便に空席があったので即予約。チェンマイまでの運賃はひとり1万6000円ほどでした。

明日ハノイ9時発なので、始発の6時発のシャトルバスではちょっと不安も残るため、宿でタクシーを手配しました。宿を5時30分発で3000000ドン(1500円)。これで、寝坊さえしなければ、明日の夕方にはチェンマイに行けるはずです。

 

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またまた服を着た犬。田舎と違ってハノイではペットとして可愛がられている犬をたくさん見かけます。

 

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ハノイ旧市街、どこにでもある普通のフォー屋の風景。いよいよ、本当に食べ納めです。

タイのチェンマイまでの交通手段は確保しましたが、私たちにはもうひとつ課題があります。売れたバイクの代金と手持ちのベトナムドンを何とかしなければなりません。

インターネットの情報では、アメリカドルからベトナムドンの両替はできてもその逆はできないなどと、私たちを不安にさせる情報ばかりでてきます。

結果はどうだったかというと、両替屋さんで聞いてみると1軒目で即両替OKでした。レートもドルを売る場合、買う場合で100ドルに対して1ドル程度しか変わりません。日本の銀行よりずっと良心的です。

これで、問題は全てクリアー。1日で片が付いて良かったです。

 

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ハノイ旧市街の風景。

明日はタイです。

チェンダオナマズさん宅に預かってもらっている、赤カブ号、黒カブ号に乗り換えて、明後日からマレーシアを目指してツーリングを再開したいと思います!

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ベトナム縦断6900キロ、カブの旅、ハノイへゴールイン! 2014 年2月8日

ここ、ソンラからハノイまでは300キロ。いつものペースなら2日かかるけど、行けることなら今日一気にハノイまで走りたいところです。ベトナム南部のホーチミン市を出発し、2か月かけてディエンビエンフーにたどり着いたところで気分的にはベトナムツーリング終了。

 

ラオスへ出国できなかったので、後は、バイクを売ってタイのチェンマイへ飛ぶために首都のハノイへ戻るところです。

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ソンラで泊まった宿です。地震が少ないんでしょうね、狭い土地に細長い6階建ての宿でした。

 

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昨晩買ってみて美味しかったので今朝も今晩用に買いました。お米で作った自家製焼酎、500ml8000ドン(40円)味もいいし、なかなか効きますよ。

 

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昨日夕食を食べて印象の良かった店に朝も行ってみました。満席で大繁盛しています。

 

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注文したのは、フォーボータイ(半生牛肉入りフォー)。薄くスライスされた半生牛肉が食べているうちにスープの熱でちょうどいい具合になってきます。超美味で30000ドン(150円)。

 

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ターイ族の人たちが暮らす農村を見ながらハノイ方面へ走ります。ターイ族はその名の通りタイ王国、あのバンコクのあるタイですよ、そのタイ系民族だということです。あまり山の中ではなく、お米を効率よく作れるような土地に集落があり、町があるようです。

 

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タイも美人が多いけど、このおばさんもなかなか美人。

 

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こちらも、ターイ族の町で野菜を売っていたおばさん。笑顔につられて白菜のひとつも買いたくなってしまいます。

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昨日もターイ族の女性について書きましたが、何といってもこの髪形がすごいんです。髪の長さは身長ほどもあり、それをクルクルと束ねて頭のてっぺんに、夏みかんほどの大きさの団子状にして束ねています。今日、めでたくターイ族の女性ライダーの撮影に成功したので公開します。わかりますか?ヘルメットの位置が明らかにおかしいでしょう?

 

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お昼は街道沿いの食堂へ。魚のトマトと香野菜煮込み、スープ、野菜、ごはんで2人で10000ドン(500円)。味も値段も大満足の食堂でした。

 

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食堂の子犬ワン公2匹です。

 

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田園風景を通ってハノイへ向かいます。カブ載せカブ。

 

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峠から見たマイチャウ。ここは数週間前にも同じ道を通りました。あのときよりも水の張られた田んぼが多くなった気がします。

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バイクを売らなければならないので、ハノイの町中来たとのころで洗車屋さんに洗ってもらいました。ケンタッキー・フライド・チキンが目の前にある立地なので洗車屋さんもちょっと高めの130000ドン(150円)。

このあと、水に濡れた影響でしょうか、Dream号のセルモーター、ホーン、ウインカーなどが使えなくなり、信号待ちでエンジンもプスンと止まるようになってしまいました。バッテリーのコードが断線状態になってしまったのでしょうか?

これから、売ろうって時に全く困ったものです。セルが回らないんじゃイメージガタ落ちです。水分が乾燥すれば治るのかな?ちょっと心配です。

 

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 ハノイまでのルートです。

 

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2か月、6900キロのベトナム縦断ツーリングも終了です。

 

ベトナムを旅行するのに、110ccの小さなホンダのバイク、カブを選択したのは正解でした。

 

ベトナムは南北に長い国です。南から北へ、ときには気になる脇道を西へ東へ入りながらまわるには、小回りの利くカブが最適です。ガソリン代が1リッター120円とそう安くないベトナム、燃費がリッター50キロは嬉しい限りで、調子が悪くなっても、どこででもすぐ直してもらえました。

 

天気や気候をひとつとっても、南ではこんなに暑くてツーリングできるかな、と心配になったかと思えば、北のハノイでは寒くてダウンジャケットを買おうか迷ったこともありました。山岳地帯はもっと寒いだろうと覚悟していったら晴天続きでハノイよりずっと暖かかったり、変化に富んでいました。

 

人々の性格も南の人はおおらかであっけらかんとしているのに比べ、北は感情を外に出さない風に見えました。また、少数民族も北にはたくさんいて、女性の民族衣装の華やかさには目を奪われました。少数民族の生活レベルを見ると、昨年ツーリングしたタイやラオスでは主要国民が町に住み豊で少数民族は辺境地に住んで貧しいという図式が見えたような気がしますが、ベトナム北部の場合、少数民族の人が多数派を占める町もありました。インフラも整い、普通のベトナムの田舎と同じ生活レベルで、少数民族だから貧しいという感じは見られませんでした。

 

食べ物はやはり、南部が美味しかったです。そして外食文化が発展しているので、屋台も多く、町は夜も活気がありました。北部は外食は特別なときするもの、という感覚があるようで、値段も高めで料理の種類も少ないようです。中部のホイアンやフエで見かけた、ライスペーパーで肉や野菜を巻いて食べる料理が好きだったのですが、北ではほとんど見られませんでした。

 

ベトナムの言葉はタイ語と比べても発音が聞き取りにくく、最後まで覚えられませんでした。会話集で覚えたつもりで言ってみても、発音が悪いのでしょう、相手に伝わらないことが多かったです。指さし会話集が大活躍しました。

 

戦争の傷跡は町を見て回る限りは感じることはできません。若い人の中には戦争のことを良く知らない人も居ると聞きます。戦争博物館や町にある戦争記念塔を見て、ああ、この国で戦争があったんだなぁ、と思う程度です。良く見ると古い町がほとんど残っていないことも、戦争のあった証ですね。

 

2か月のツーリングというと、ゆっくりのように感じるかもしれませんが、実際はそうでもありませんでした。まだここまでしか来ていない、急がなきゃ、という気持ちで先へ先へ進んで、これだけかかってしまった、という印象です。

 

以前から、ベトナムは東南アジアツーリングに外せない国と思っていました。

 

20142月現在、残念ながら、隣のカンボジア、ラオス、中国から外国人がバイクで出入国するのは難しいようです。全ての国境で試したわけではないので、もし、情報を持っている方がこの記事を読んだならぜひ書き込んでください。

 

アジアハイウエー1号線は東京が基点でトルコのイスタンブールを経てヨーロッパハイウエーに通じます。日本、韓国、北朝鮮、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタン、イラン、トルコへと道路は通じているのに、政治が通してくれないのが現状です。

 

今のところ、バイクで走ってヨーロッパへ行くにはロシアを横切るのが一般的ですが、この道を通ってヨーロッパまで行ければどんなに魅力的だろうか、と思います。

 

各国が陸路の扉を開き、バイクで自由に旅のできる日がくることを願っています。

 

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ベトナムからラオスへ国境越え、ならず 2014年2月7日

ディエンビエンフーから40キロ先のラオス国境へ向けて出発。

 

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これでフォーも食べ納めかなぁ、なんて思っていたんですがね。

結果から言えば、国境越えはできずに、もうしばらく大好きなフォーを食べられることになりました。

 

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最初は田園風景だったのが、ラオス国境に近づくにつれどんどん山道になって行き、とうとう峠道のてっぺんかな、というあたりでベトナム側の国境の建物が見えてきました。

 

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ここが、国境です。早速手続きしてみますが、何やらパソコンをいじりだし、プリントアウトした紙をわたされました。

 

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これが、その紙。私たちの英語能力もいまいちですが、この英語も負けず劣らずひどいものです。何となく意味をつなげてみるとこんな感じでしょうか。

「ベトナムの決まりでは、バイクの登録証名義人の国籍とパスパートの国籍が一緒でなければいけません。尚且つ、国境を接する省の住人でなければいけません。ディエンビエン省以外の方の場合は住所のある省の許可証が必要になります。外国人の持っている国際運転免許証はベトナムでは無効です。ベトナム、ラオス間はバスで行ってください。ご理解お願いします。」

おそらく、相当数の外国人が私たちと同じようにバイクでラオスへ行こうとこの国境へ来たのでしょう。そのたびごとに、国境を越えられない理由を説明しなければならない、中には怒り出す旅行者などもいて係官を困らせたこともあったかもしれません。それで考えたのがこの紙を渡すという方法というわけじゃないかと思います。

 

さて、想定内です。昨日すでに越えられなかったときのことも家族会議で決定されていました。

次の目的地は、タイのチェンマイ北部のチェンダオという町です。チェンダオなまずさんという方に私たちが買ったタイカブを預かってもらっています。ここまで行けば再びツーリング再開となるのですが、問題は行く方法。

家族会議で決まった方法とは、ハノイまでバイクで戻って、飛行機でバンコクを経由しチェンマイへ飛ぶというものです。バスを乗り継ぎラオスを越えて行く方法もあり、こちらの方が安いのですが、バスは良い景色があっても止まってくれないし、脇道に入ってみたくても行ってくれないし、待ち時間があったり、いろいろ面倒で私たち向きではありません。バスを運転させてくれれば考えなくもないですが、まず、それは無理。それならばまだ、値段が高くても飛行機の方が我慢して乗っている時間が少なくていいじゃないかという選択です。

バスでの移動が苦手なんて、バックパッカーの試験があったらまず一番はじめに落第しそうですよね、でもそれがぽこけんスタイルの旅なんでしょう。

そして、まあ、なんとかなるでしょうが、しいていえばベトナム出国までの課題は二つ。

・バイクをどこでどうやって売却するか、たぶんバイク屋街へ持っていけば買ってもらえるかな?それとも、旅行者を見つけて買ってもらおうかな?

・売れたとして、ベトナムドンをどこでドルに再両替できるのか、ベトナムドンの再両替はできないなんてネットに書いてあるけど、そんなこともないと思いますよ。銀行がだめでも、外国人の泊まる宿とか、旅行代理店とか、貴金属店とか、何軒か回ればどっかで替えてくれそうな気がします。

こんなところでしょうか、うまくいけば、数日後にはタイからツーリングを再開できそうです。

 

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ということで、今度は国境から500キロ先のハノイへゴーゴーです!

道端の風景にちょっと感動。ベトナム人の知恵ですね。川に水車を設置してあります。水車の外輪には竹の筒が何本も付いていて、川の水をくみ上げては水車のてっぺんで落とします。落ちた水は竹の筒を伝って水田へ導かれていきます。そんな水車がいっぱい川沿いに並んでいました。こういうものを心行くまでまじまじと観察したいのにバスの旅ではできないんです。それでバスは無理なんです。

 

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川で遊んでいた子供たち。一番大きなお姉さん以外はみんな裸んぼう。橋も竹でできていました。

 

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ディエンビエン省から今居るソンラ省一帯はターイ族の人たちの居住区です。山岳民族のように山ではなく、平地も多い山里で農業をしている人が多いようです。高床式の家に住んで、女性は黒い腰巻を着用しています。特徴は何と言っても女性の髪形。髪をクルクルと巻いて、夏みかんほどの大きさに束ねたのが頭のてっぺんに乗っています。家の庭先で洗った髪を梳かしているターイ族の女性を見ましたが、髪の長さは自分の身長と同じくらいありました。なるほど、夏みかんほどの大きさに束ねるにはそれくらいの長さが必要なのかと感心しました。

特筆すべきはこの髪形でバイクのヘルメットを被るので、ヘルメットがやたらと上にあり、耳から下は顔が出ちゃってる状態で運転していることです。ヘルメットは顎紐で引っ張られて何とか頭の上に乗っているだけです。

そんなターイ族の村々が続くところを走っていると、太鼓に合わせて踊っている人たちがいました。

 

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今日はラオス国境から200キロ進み、ソンラという町に泊まることにします。

こんな、観光客の全く来ない普通のベトナムの町、大好きです。ラオスへバイクで行けなかったけど、これはこれでいいでしょう!

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ウーヴァー温泉 2014年2月6日

2か月近くバイクで回ったベトナムもいよいよ最後、ディエンビエンフーから近いところに温泉があるというので行ってみます。   ウーヴァー温泉というのですが、ガイドブックでもインターネットで調べても、その位置がいまひとつはっきりしません。 P20584996 昨日のうちに、ウーヴァー温泉の進む方向くらいは確認しておこうと町の中心部のロータリーで聞いて見ました。こういうことを聞くには、経験上、女性より男性、年下よりは年上の人の方が正確な答えが返ってきます。ということで、ひとりのおじさんを見つけて聞いて見ます。 おじさんはウーヴァー温泉を知っているようです。そして南の方向を指さしています。これで今日のところはOK。ウーヴァー温泉がそれなりに有名であることと、南に進めば良いことという情報が得られました。 ありがとうと言って去ろうとしますが、おじさんの一生懸命な話は続きます。ですが、こっちはベトナム語がわからないのでさっぱり理解できません。ノートとペンを渡すと、9キロ行って、右に曲がって3キロ行って左折と詳しく地図を描いてくれます。親切なおじさんです、ありがとう! 日付変わって今日は2月6日。バイクでウーヴァー温泉へ向かうわけですが、まずは朝食。昨日は市場で食べましたが今日は、フォーハノイと大きく看板を出している専門店へ行ってみました。   P20688260 ここの店のフォーが最近ちょっとないくらいに絶品でした。太目の麺もスープも素晴らしく美味しい。薬味の生野菜やハーブも新鮮で種類が豊富、具は数種類から選べるので私たちは牛肉とつくねのミックスにしました。店も清潔です。30000ドン(150円)でした。明日もここへ来て食べようという気になりました。

 


より大きな地図で ウーヴァー温泉 を表示

 

さて、ウーヴァー温泉の場所ですが正確にはここです。 ディエンビエンフーから国道279号線を9キロ南下します。看板が出ているでもない何の変哲もない交差点を西へ(右折)進みます。途中川に架かる橋を渡ります。右折した地点から2.5キロ進むと、直進はできず右か左へ行く他ないT字路へ出ます。ここで初めてウーヴァー温泉の青い看板がでて来ます。看板には「Khoang Nong U Va  左折 1500m」と書いてありますが、実際にはここから4800mあるので数字は無視して進んでください。さらに道沿いに800m進むと、「Khoang Nong U Va  左折 1000m」の2つ目の青い看板が出てきます。数字は無視して矢印通りに4000m進むと道の右手にあるウーヴァー温泉に到着します。ディエンビエンフー中心部からの合計距離は16.3キロでした。   P20685280 ウーヴァー温泉の看板。距離は正確ではありませんが、矢印の示す方角へ進めばたどりつくことができました。   P20688342 温泉までの道はこのような田舎の田園風景を進みます。細いですが、ずっとアスファルトの道です。   P20688353 ここがウーヴァー温泉の入り口。   P206884710 温泉敷地のすぐ横には池がありました。    P20688469 ここが受付けです。   P20688394 温泉分析表も掲示されています。   P20688436 温泉のチケットを買います。   P20688447 これがチケット。ひとり50000ドン(250円)。   P20685321 温泉の並ぶ建物。個室形式のようです。   P20688405 お姉さんが風呂に温泉を入れてくれました。   P206885211 待つこと数分で湯船に温泉が満たされました。ベトナムでは3つ目の温泉。久しぶりに温かい湯に浸かりました。源泉温度は40度くらいとぬるめで、泉質は単純泉と思われます。   P206885712 2か月で約6300キロ走ったベトナムツーリングの疲れをこの温泉で癒し、明日はラオスへ国境越えしたいと思います。はたして、ベトナムで買ったバイク共々ラオスへ行けるものなのか?興味深々、どうなるのか楽しみです。

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ディエンビエンフー町歩き 2014年2月5日

ディエンビエンフーの戦いで有名なので、観光客がもっと多いかなと思っていましたが、町にはあまり外国人観光客の姿は見られません。

テト(旧正月)の休みはいつまで続くのだろうと思っていたら、今日はディエンビエンフーの市場が開いていました。ということは、5日間市場が閉鎖されていたことになります。市場が開いたということは、テト休暇も終わり、これから町が普通に機能して行くのかな?これで、町を歩いてもシャッター通り、食べる場所も無い、という不安からは解消されそうです。

 

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ディエンビエンフーの市場の様子。全店オープンはしていませんが7割くらいの店はやってました。

 

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市場の飯は世界共通、安くて美味い。フォーが20000ドン(100円)でした。

 

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町の中心にある勝利の記念像の丘に登ってみました。ディエンビエンフーの町を眺めたところです。メインストリートをちょっと行けばもう田園風景。そして更に向こうにはベトミン軍がフランス軍を包囲した山々がグルリと町を囲っています。

 

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この風船商売が人気のようで、最近ベトナムのあちこちで見かけます。子供にねだられると買ってしまうお父さん方が多いようです。

 

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床屋さんのことを、南ベトナムでは「ホットトック」、北ベトナムでは「カットトック」と言います。大通りに鏡を吊るして椅子をひとつ置けばもう立派な床屋さんです。こちらの店は鏡に散髪料金が表示されていました。30000ドン(150円)というと、ちょうどフォー1杯の値段と一緒だから日本でいうと500円くらいの感覚でしょうか。

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インドシナ戦争でベトナムはフランスに勝利しますが、そのクライマックス、ディエンビエンフーの戦いで、最後までフランス軍が立てこもったのがこのA1の丘でした。入場料15000ドン(75円)。当時使われていた戦車も展示されています。

 

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奥の大きな穴はベトミン軍に爆撃された跡。溝はフランス軍がベトミン軍を迎え撃つためのもの塹壕です。

ディエンビエンフーの戦いでベトナムがフランスに勝って、ベトナムは北緯17度で南北に分断され、ドロ沼のベトナム戦争に入っていくわけですが、その前後の事を補足しておきます。

 


 

ベトナムは1800年代後半から長いことフランスの植民地でした。 第二次世界大戦で1940年にドイツがフランスを占領したのをきっかけに、今度はドイツの同盟国である日本がベトナムに進駐します。

そんな時代の中、ホーチミンが植民地支配に抵抗する組織、ベトミン(ベトナム独立同盟会)を作り活動を開始しました。

1945年に日本の降伏で第二次世界大戦が終結。同年9月ホーチミンがベトナム民主共和国の独立を宣言しますが、翌1946年、再支配を試みるフランス軍とホーチミン率いるベトミン軍が衝突してインドシナ戦争が勃発します。 植民地支配をする側のフランス対、される側のベトナムの戦いという形で始まったインドシナ戦争でしたが、1950年の朝鮮戦争をきっかけに、ベトミン軍をソ連が後押しし、フランスにはアメリカが援助する、民主主義対共産主義という冷戦構造の戦争に発展しました。

※私たちも今まで知りませんでしたが、ベトミン軍には、実は第二次大戦で敗戦し帰国しなかった600名の残留日本兵が志願し入隊しています。彼らは日本名の他にベトナム名を持ち、ベトナム社会に溶け込み、新ベトナム人と呼ばれていました。多くはベトミンへ戦い方の指導をする教官として活動し、ベトナム政府から表彰されたり勲章をもらっている人も多数いたということです。

ベトミン軍は飛行機も無いし、持っている武器も古くて貧弱、対してフランス軍は高性能の兵器や航空機を大量に持っていました。ところが、ベトミン軍のゲリラ攻撃にフランス軍は苦戦します。

1953年、その打開策として、フランス軍はラオス国境のディエンビエンフーに滑走路を備えた巨大軍事基地を作りました。ここに基地を作れば、ソ連や中国からベトミン軍への援助物資のルートを断つことが出来るし、険しい山々に囲まれた基地は、飛行機を持たないベトミン軍には攻略不可能と考えていました。

ところが、フランス軍が不可能と考えた深い山の中を自転車、1輪リヤカー、そりなどを使って物資を運びながらベトミン軍は突き進み、ディエンビエンフーを見下ろす山々にたどり着きました。

1954年、フランス軍16000人、それを囲むようにベトミン軍4万人で基地を包囲し、ゲリラ戦でベトミン軍が勝利。インドシナ戦争は終結し、ジュネーブ協定でベトナムは南北に分断されます。北はホーチミンを首相とした社会主義政府、南はアメリカの押したゴジンジェム政権が誕生しますが、治まりが着かず、ベトナム戦争へと流れて行きます。


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フランス軍最後の砦、A1の丘に落とされたベトミン軍の爆弾跡がすり鉢状に残されています。 東南アジアの小国、かつて自分たちが支配していた国にまさか負けるなどとは、フランスは思いもしなかったでしょうね。

現在、ベトナムでは普通の風景である、カブに牛や植木や冷蔵庫を積んで運んでいる姿が想像できれば、あるいは、ベトミン軍は軍事物資をディエンビエンフーを囲む山々へ運び、自分たちの基地を攻めてくるかもしれないということもわかったのではないでしょうか?

フランスはベトナムを60年近くも植民地として支配しながら、ベトナム人の頭の良さ、応用力、器用さ、忍耐力、勤勉さなどを本当には理解していなかったのだと思います。そして、フランスが退いたあとやってきたアメリカはそれ以上にベトナム人というものを知らなかったのだと思います。

 

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陽射しが強くて暑くてたまらんです。ちょっと前まで寒くてブルブル震えていたのに嬉しい限り。のどが渇いて南ベトナム以来久しぶりにサトウキビジュースを飲みます。ご飯もコーヒーも南ベトナムの2倍くらいするから、サトウキビジュースも高いかな?と思ったらやっぱり2~3倍の10000ドン(50円)。

 

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路上で売っていたパイナップルを買って食べました。上手いこと皮をむいて売っています。 1個15000ドン(75円)。甘くておいしかったです。

 

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昼食は町の中心部の食堂で。出来合いのおかずを指さし注文するクアンコムビンザンの店は見つからず、改めて注文して調理してもらう形式の店へ入りました。魚のトマト炒め、春巻き、ご飯、ビール、2人で110000ドン(550円)。特に魚のトマト炒めの味が良かったです。値段も適正価格で満足でした。

 

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午後はディエンビエンフーの戦いの博物館へ行って見ました。入場料は一人15000ドン(75円)。左はけんいち、中央はホーチミン、右はヴォーグエンザップ(ホーチミンの一番弟子)。

 

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フランス軍が攻略不可能と考えていた険しい山々を、このような自転車に武器や食料を積んで突き進んで行ったことが展示されていました。考えてみれば、今もこのような荷物満載の自転車やカブが町を走っているじゃありませんか!辛い植民地支配から解放される希望を持って、このスタイルでジャングルの山を越え谷を越え、勝ことを信じて進み続けました。攻略不可能、絶対安全の神話がフランスを負けに追い込んだ要因でしょう。

 

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物資を運んだ木製の一輪車も展示されています。

 

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フランス軍司令部横にある、旧ムオンタイン橋。戦争時代は破壊されましたが、今は橋が架けなおされて周辺は野菜や果物が売られる市場として活気がありました。私たちはこの橋のたもとでマンゴーを2個、20000ドン(100円)で買いました。

 

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夕方、朝も登った勝利の記念像のある丘に登ってみました。朝は逆光だった記念像を順光で撮影し直します。

 

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 勝利の記念像のある丘から見た夕方のディエンビエンフーの町と田んぼです。

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ベトナムツーリング、ラストラン、ディエンビエンフー到着 2014年2月4日

宿をチェックアウトする前に、少数民族の人たちも集まるというマーケットへ朝食がてら行って見ました。

 

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マーケットにいたワン公、後ろで野菜を売っているのは少数民族のおばさんたち。

 

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今日の朝食はブン(米の丸い麺)。ネギがたっぷりで具のつくねが美味しかったです。30000ドン(150円)。

 

宿に戻ってチェックアウトしようとしますが、宿の人が出かけてしまって誰もいません。パスポートを預けているので部屋の鍵だけ置いて出ていくわけにも行かず、待つこと1時間半。旅をしていると色々なことがあるものです。チェックアウトしたくてもできないというのは初めての経験でした。

 

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しばらくはアスファルトの快適な道でしたが、40キロの区間、埃っぽいダートに変わりました。ベトナムの国道でここまで道がひどいのは初めてです。体中埃まみれになりました。ラオスを思い出します。やはり、道が良いということはありがたいことだと実感します。

 

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ムオンライという町に着きました。ダムの両脇にびっしりと同じ形の家が不自然に立ち並んでいます。ダム建設で古い町は沈み、移転させられたのでしょうか。この町も家はたくさんあるのに食事処が少ないです。北ベトナムの田舎は、地元の人が外食をあまりしないから食堂が少ないんでしょうね。屋台がたくさんあった南ベトナムが恋しいです。何とか、営業しているフォー屋を見つけて食べることができました。1杯30000ドン(150円)。

 

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水が出ているところがあったので埃まみれの顔を洗います。冷たくて気持ちいい。これでさっぱりしました。

 

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ディエンビエンフーに近づくと、初めて見る民族衣装の人たちがたくさん集まっていました。何族の人たちでしょう?

 

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写真を撮らせてほしいとお願いすると快く応じてくれました。

 

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ディエンビエンフー付近は標高も低く、もう田植えが始まっていました。夕方というのに暑いくらいの気温です。

 

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ベトナムツーリング最後の町、ディエンビエンフーの町に着きました。この辺りが町の中心のようです。目の前に見える丘の上にあるのが勝利の記念像。

すぐ近くに宿が数軒並ぶ通りがあり、チェックイン。1泊200000ドン(1000円)です。

 

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夕食は春巻きと揚げ豆腐、スープ、生野菜、ご飯。2人で100000ドン(500円)。

 

サパ14

ディエンビエンフーまでのルート。

 

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旧正月で賑わうサパ 2014年2月3日

朝食を食べようと市場へ歩いて行くとびっくりです!

どこからやって来たのかサパの町は人だらけ。旧正月前はバックパッカーがちらほらいるくらいの静かな町だったのに。。。

サパはこの辺りの少数民族の首都的な存在なのでしょうか?皆さん何をするでもないのですが、女子中学生がコスプレを競いに原宿に繰り出すような感覚で旧正月、晴れ着の民族衣装でサパに集結しているようです。

それから、旧正月前はほとんどいなかった中国人とベトナム人の観光客が一気に増えました。バックパッカーとは嗜好が違うので少数民族の村のトレッキングなどはしないでしょうが、高原のヨーロッパ的な雰囲気が中国人にはウケているのではないかと思います。

 

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子供たちもモン族の衣装で周辺の村からサパへ遊びに来ています。刺繍入りの黒の上下がモン族男性のスタイルのようです。大人の人になると、首にネックレのような鎖を巻いている人もたくさん見かけました。

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サパの市場で朝食、1地番奥のおばちゃんの店は何度行っても明朗会計。フォー20000ドン(100円)、コーヒー15000ドン(75円)。コーヒーはベトナム中南部じゃないと獲れないので高めなのはしかたがありません。

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刺繍のお土産を売る店。ここで3つほど赤ザオ族の女性から刺繍のお財布のようなものを買いました。1コ20000ドン(100円)。

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こちらも、ザオ族の女性。

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サパの広場に集まるモン族の女性たち。

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とかく、民族衣装というと目立つので女性の写真ばかり撮ってしまいますが、おじさん達だってちゃんとオシャレしてサパへ遊びに来ています。

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バイクで来たお母さんと女の子。この子なんかは、普段は洋服だけど、旧正月なので民族衣装に着替えたという感じでしょうね。

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ホントに皆さん、何をするでもないんですね。サパに来ることがイベントみたいな感じなのだと思います。

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この民族衣装の人はサパでは少数派でした。髪の毛をグルグルとねじって頭の上で縛るのがスタイルのようです。昨日花モン族エリアを回っていたとき見た、エプロンと帽子が特徴的だった子供たちと同じ民族のような気がします。

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サパを出発、山を越えて西へ向かいます。今日も雲ひとつない快晴です。

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標高3143メートルのファンシバン山付近の峠を越えると今度は一気に下り坂。山々はとんがっているけど、付近を流れる渓谷は日本と同じように澄んでいて岩魚でも居そうな雰囲気です。

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国道4C号線と32号線の分岐、トムドゥオンで昼食。分岐点のため、バスを待つお客さんなどのために数軒商店や食堂が並んでいました。ブン(米の麺)が20000ドン(100円)。食べたら出発。こちらはベトナム人と変わらないつもりでいるのに、どこか雰囲気が違うんでしょうね。何か変な奴らいるぞ、みたいな感じでしょうか、回りの人のチラ見が気になる食堂でした。

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三角の山がたくさん見え出したところの麓がライチャウ、今日宿泊する町です。

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町の中心部にあるタイバックホテル。星が3つ付いていましたが何十年前からの看板がそのままなのでしょう。町の中心部というのに広い敷地があることから国営のゲストハウスだと思われます。山小屋風の旧館はインターネットの無線ランも使えて150000ドン(750円)と安くて快適。バイクもドアに横付けと理想的。

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問題は旧正月4日目というのに閉まっている食堂が多いということ。1軒営業している店に入ってみました。右奥の人と同じものを下さいと注文しました。いくらですか?と聞くと7と指で合図するので70000ドン(350円)を出すと、2人だと140000ドン(700円)だということ。

奥の親子がそれほど払うとも思えないし、この食堂にはご飯と肉と野菜しかないのだから、同じものを注文する以外ないのです。料金が気に入らないからといって外へ出ても、営業している店はここだけ。

作戦変更です。適正価格と思える60000ドン(300円)を店主に渡し、これで2人で食べられるものを下さいとお願いしました。すると、右奥の親子と同じ肉野菜炒めとご飯の山盛りが来ました。店主としてもこのメニュー以外材料がないのだから作りようがありません。

値段を聞かずに注文したとして、要求額の半額以下を突き付けて店を出るのも後味の良いものではありません。北ベトナムでは面倒でも、最初に値段を聞く方が良いのかもしれません。

昔から、世界中を旅する人たちにベトナムでの金銭トラブルは有名です。特に北ベトナムが評判が悪いのですが、こういうことっだったのか、と実感します。すっかり、値段を先に聞く癖が付いてしまいました。

タイやラオスでは、お金を高く請求される経験をほとんどしていません。カンボジアもベトナムほどではありませんでした。北ベトナム、旅行先としては面白いのですが、お金面では注意が必要みたいです。

サパ13

サパから峠を越えてライチャウへ来ました。

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花モン族エリアツーリング 2014年2月2日

朝起きて宿のベランダから広場を見ると、通る人はまばらです。もし、日曜マーケットをやるなら民族衣装の人たちがたくさん歩いているはずです。やはり、今日はテト(旧正月)3日目ということでマーケットは休みのようです。

マーケットの賑わいが見られないのは残念ですが、旧正月ということで、それなりに花モン族の人たちは集まってきていました。

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市場は休みでも、路上で野菜を売る人たちはいました。

 

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食事処は休みのところもありますが、営業している店もありました。フォーが30000ドン(150円)。珍しく太麺タイプ。

 

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市場は休みでも、旧正月の3日目、皆さん着飾ってバックハーの町を歩いています。2人の若い女性に声を掛け、写真を撮らせてもらいます。

 

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こちらは、携帯中の女子高生?

 

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 香菜売りのおばちゃん。

 

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携帯やスマホはかなり普及していますし、バイクを持っている人も多いです。バックハーは山の中ですが、ここまでの道もきっちり舗装されています。山の中でも電気はあります。お隣のラオスに比べると少数民族の人たちが豊かに暮らしているように見えます。とはいっても、この辺りはベトナム国内ではもっと貧しい地域のようですが。

 

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ベロ出しおばあちゃん。

 

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こちらは、セレブ系の奥様。

 

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こちらは中学生くらいの女の子。

 

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赤ちゃんを背負ったお母さん。

 

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友達同士で歩く女の子たち。

 

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花モン族ライダーもたくさんいました。

 

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広場の前を歩く親子。

日曜マーケットが開かれなかったので、集まった人も少なく残念でした。次回来るときは、棚田が緑の季節に、そして日曜日にはバックハーへ来るように計画したいと思いました。

来た道を戻るのではなく、バックハーから北上し中国国境付近をぐるりとツーリング、もう少し花モン族エリアを見て回ります。

 

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シマカイという村 に寄ってみました。

 

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シマカイの村で串焼き肉を食べ歩きする女の子たち。普段民族衣装を着ているかどうかはわかりませんが、今日着ているのは晴れ着なんだと思います。

 

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刺繍がきれいです。

 

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棚田を見ながら、花モン族エリアのツーリングは続きます。

 

 

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今日も天気が良く春のような気候。道は中国国境沿いに進んでいきます。

 

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さらに進んで行くと、見たことのない民族衣装を着た人たちの一角があり、写真を撮らせてもらいました。

 

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帽子とエプロンが特徴的です。何族の人たちでしょうか。

 

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さらに、山道を抜けてラオカイへ出て、今日は数日前滞在したサパまで戻りました。

 

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夕食はサパのレストランでピザとビール。サパはベトナムを代表する観光地、西洋料理のレストランが軒を連ねています。味もなかなか良かったです。ピザは26センチサイズのモッツァレラチーズ、アンチョビ、ハム、オレガノ入りが105000ドン(525円)、ビールはタイガービール500㏄が25000ドン(125円)でした。

いよいよ、ベトナムも終盤戦、次はディエンビエンフーへ向かいます。

 

サパ12

今日のツーリングルート。バックハーからラオカイ経由でサパへ向かいました。花モン族が多く済む地域はバックハーからムオンクオンまでの中国国境付近。

 

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小春日和、花モン族に会いにバックハーへ 2014年2月1日

旧正月2日目。

昨日に引き続き、今日も暖かいです。ももひきと長袖下着を買い、持っている衣類を全て着込んでもまだ寒く、ダウンジャケットを買おうかどうか迷っていたのは何だったんでしょう?

ベトナム最北部の2月は、花が咲き小鳥もさえずっています。まさに春が来た!という感じ。ツーリングしていてもそよ風が心地良く感じます。

昨日に比べ営業している店も増えてきました。ラオカイ市内の国道70号線との分岐でフォー屋を見つけたので朝食。30000ドン(150円)でした。

 

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国道70号線を走っていると、初めて花モン族の女性に遭遇。水牛を連れて歩いていました。花モン族はベトナムで一番民族衣装が華やかなことで知られています。これは、作業着なので地味に抑えているのだと思われます。

今日向かうバックハー方面には花モン族の村がたくさんあるそうで、日曜マーケットにはたくさんの花モン族が集まるということです。明日は日曜日なのですが、旧正月3日目なので市が開かれるかどうかはわかりません。それでも、花モン族の人たちのエリアをツーリングするのは楽しそうなので行ってみることにします。

バックハーは小さな町ですが、ホテルがたくさんありました。やはり、花モン族の日曜マーケットを見るために外国人がたくさん来るからでしょう。とりあえず、ベランダから広場が見渡せる200000ドン(1000円)のニャーンギー(ゲストハウス)にチェックイン。

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その後、町をぶらぶら歩き昼食はフォー、30000ドン(150円)。麺がこれでもか!と入っていて満腹。チャーシューもたっぷりで美味しかったです。

しかし、閉まっている商店は多いしツーリストもぜんぜん居ません。やはり、明日の日曜市はないのかな?

 

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それでも、花モン族の人たちはちらほら居ることは居ました。お母さん、も子供も派手に着飾っていますね。

 

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おばあさんの衣装も華やかです。

 

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こちらは、何かおしゃべりしながら歩くおばさんたち。

 

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バックハーのワン公。最初吠えていましたが、のちにスリスリ寄ってきては甘えていました。

 

 

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バックハーの町で夕食を食べられるところを探すものの、レストラン、食堂は旧正月のため全てクローズ。一軒だけおかゆの屋台が開いてて良かった!1杯20000ドン(100円)でした。

 

サパ11

バックハーまでのルート。

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