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ベトナム

ベトナムの旅 その4 2019年10月10日

今日はベトナム最終日です。ホテルはハノイ旧市街のど真ん中にあります。町のぶらぶら歩きが楽しいエリア、特に朝方は生鮮食材や雑貨、軽食などの移動屋台も出て来て活気があります。

早朝のハノイ旧市街。

肉屋さんも朝が一番のかきいれどき

スーパーカブに荷物満載。

魚もスーパーカブで運ばれます。

物を売る人、買う人で賑わっています。

食べ物の屋台も。

朝食は旧市街の中でも賑わっていたフォー屋で食べることにします。飲食スペースは歩道。低いテーブルとイスが並べられていました。3万ドン(150円)の明朗会計。

朝食を食べ、ひと休み。飛行機は深夜便なので、ホテルに荷物を夜まで預かってもらい、日中はハノイ観光です。水上人形劇の劇場前では舞台関係らしいイベントが行われていました。舞台監督と主演女優?かも。

旧市街の花屋さんです。

相変わらず、小型バイクであふれかえるハノイ。

ハノイ大聖堂近辺のフルーツジュース屋。

旧市街の路地。

ドンスアン市場の近くの定食屋で昼食。肉、野菜、豆腐と好きなものを指さし注文、ハノイビールも付けてひとり7万5千ドン(370円)。

午後はドンスアン市場をぶらぶら歩いて見て周りました。

ハノイ旧市街のドンハー門。

夕方、水上人形劇を観劇。「天女の舞」のシーンはハイライト。

ベトナムでの最後の夕食はバインミー(フランスパンを使ったベトナム風サンドイッチ)です。思えば、ベトナムに着いて最初に食べたのもバスターミナルでのバインミーでした。

ベトナムの旅もあっという間に終わってしまいました。ホテルで荷物をピックアップした後、ハノイ鉄道駅まで歩いて、ここからエアポートバスに乗りました。飛行機は遅れましたが無事に日本に帰って来ました。

5日間という短い期間のベトナムの旅ですが、サパの棚田をツーリングしたりハノイ旧市街を歩いたり、美味しいベトナム料理を食べて充分満喫できました。

かかったお金は、
航空券 往復2万7000円×2人
ホテル代 3泊で1万円
現地での小遣い 約2万円

1年間にたった5日間の休暇を3回、というのが最近のスタイル。次回は2月に北海道の予定。今から楽しみです。

ベトナムの旅 その3 2019年10月9日

今日は午後1時のバスで首都ハノイへ移動する予定。それまで時間があるので歩いてハムロンの丘へ行ってみました。中国にありそうな怪しいミッキー発見!

丘から戻って、サパの町を散策。どんどん町が新しくなっているサパですが、市場があったあたりには昔の雰囲気が残っていました。

旧市街の一角。

バスターミナルへ向かう前にフォーで昼食。

専門店だけあって、市場のフォーとは一味違う感じ、洗練された味でした。5万ドン(250円)。

バスに6時間ゆられて首都ハノイヘ。

サパと違ってむっとする熱気に包まれたハノイ。前回と同じ宿に泊まりました。

ベトナム料理店で奮発してセットメニューを注文。もちろんハノイビールも。

オプションで春巻きも。

中華ともタイとも違うベトナム料理、ここでの食事が今回の旅で一番美味しかったです。短い旅だと予算を気にせずこんな店にも気軽に入れるってもの。

旧市街をブラブラしながら宿へ戻りました。明日はハノイを散策して深夜便で日本へ帰国の予定です。

ベトナムの旅 その2 2019年10月8日

ベトナム2日目。サパの宿で目覚め、窓の外を見てみるとどんより曇り空、小雨も降っていました。短い日程で旅行に来ているので、バイクツーリングができる日は今日と明日の午前中だけで、明日は首都ハノイに戻らなければなりません。残念な天気です。

今回は三ツ星ホテルなので朝食付きです。欧米式の朝ごはんんだったら嫌だなぁと思っていたのですが、さすがベトナム。選択肢の中にフォーもあったので迷わず注文。美味しかったです。

とりあえず、サパの町をブラブラしていたのですが、雨も上がり天気も好転してきたので、予定通りバイクをレンタルしました。1台1日5ドルと格安です。ホテルに戻って雨対策もしっかりして、いざ、バイクツーリングスタートです!

海外でのレンタルバイクは、ガソリンがほぼ空っぽ状態で借りるのですぐに給油が基本。

早速、棚田の広がる農村へゴー!

サパ市内から歩いても行ける一番手前のカトカト村はベトナム人観光客で一杯でした。少数民族の貸衣装を着てインスタ映えする写真を撮るのが人気の様です。

私たちはバイクなので更に奥へと進んで行きます。今回、もしかしたら青々と実った稲の棚田の写真が撮れるかも?と淡い期待をしていたのですが、残念ながら刈り取った後でした。9月ころ来れば良かったのでしょうか・・・

小雨も上がってくれました。

のどかな農村風景が続きます。

黒モン族の女性。雨季だからでしょうか、ゴム長を履いている人が多かったです。

道端の民家。犬と男の子が居ました。

雨で道が荒れているところもあります。

一旦、カトカト村まで戻って、車も通れる上の道から棚田を見下ろしながらのツーリングに切り替えます。

天気はすっきりしませんが、やはりこの辺りの棚田は素晴らしいなと再認識。

棚田の素晴らしい景色が続きます。

バイクも快調です。

所々、良さそうな小道を村まで降りて行ったりもしました。

つり橋です。

のんびりと棚田を見ながらのツーリング、最高です。

村でもお昼ご飯を食べれるところはあるのですが、割高だったので、一旦サパ市内まで戻って市場をぶらぶらしながら食べる場所を探すことにします。

市場の食堂です。

安い上、色々なメニューを食べることができそうです。

私たちは、このアバちゃんの店でフォーを食べることにしました。

なかなか美味しかったです。3万ドン(150円)。
市場で焼き栗も買いました。

そうこうしているとバケツをひっくり返したような雨が降ってきました。村は道がドロドロになり大変なことになっていることでしょう。サパの市場へ戻ってきて正解でした。

午後、土砂降りの雨も止んだので再びツーリング開始。明日の午後発のハノイへ戻るバスの予約も済ませました。

水牛が歩いていました。

午前中行けなかったエリアまで足を伸ばします。

素晴らしい景色が続きます。

前回来たときは棚田に水を張っている状態でした。今回は稲を刈り取り後の状態。次回はぜひ稲の実った棚田を青空の元で見てみたいと思いました。

短い旅行期間中、バイクツーリング充てられる時間は限られています。天気が良くないとはいえ、雨も上がってくれている時間も多かったので、遠くまで足を伸ばすこともでき、たくさん写真も撮れて満足できました。

ここまで来ると、観光客もほとんど居ません。ここから戻ることにします。

タヴァン村まで戻ってきました。

タヴァン村でちょっと休憩。

もう夕方になってしまいました。サパへ向かう道沿いの商店にて。

夕食はサパの新市街へ。庶民的な食堂で食べることにしました。ご飯の上に気に入ったおかずを何品か指さして乗せてもらうスタイルです。一皿5万ドン(250円)、ビールは2万ドン(100円)。

美味いです。ベトナム料理最高!
明日は首都ハノイへ戻ります。

ベトナムの旅 その1 2019年10月7日

今日から5日間のベトナム旅行です。約4年半ぶりのベトナムです。成田空港発なので、昨日のうちに千葉の実家に犬のユキを預けて車中泊。今朝9時半成田発ハノイ行きのベトジェットエアに乗り込みます。航空運賃はオプションの食事代など、全て込みでひとり往復27000円ほど。最近は本当に安く行けるようになりました。

ハノイの空港に午後2時ころ到着。今日中にサパまで行きたいので、ハノイ市内へは向かわず、ミーディン・バスターミナル行きの市バス109番を待っているところ。30分くらい待っているとようやく市バスがやってきて出発。運賃は8000ドン(40円)と安くて喜んでいるのもつかの間、車掌がスマホでベトナム語を英語翻訳した画面を見せます。何事かと覗いてみると、「CAR BROKEN」の文字。運行途中にバスが故障してしまったようで、皆ぞろぞろと下車することに。日本語の話せる乗客(写真のマスクをした青年)が乗っていて、しかもラッキーなことに行き先は私たちと同じミーディン・バスターミナル。案内してくれるとのこと。別のバスに乗り換えて無事に到着できました。

サパまでのバスのチケットはすぐ買うことができました。4時半出発でひとり26万ドン(1300円)。小腹がすいたのでフォーでも食べようと思ったのに、バスターミナルに食堂などは無し。屋台のバインミーを食べることにしました。

相変わらずバイクでいっぱいのハノイを抜けてバスは走ります。

サパまで同じバスで行くのかと思っていたら、さっきまで乗っていたバスはハノイ郊外までのピストンバスで、郊外からサパまではこの寝台バスに乗り換えるようです。

日本ではあまり見かけることのない寝台バス。ほぼフラットになり、wifiも飛んでいて快適です。

サパには夜10時近くに到着。宿もなかなか快適そう。

町のレストランは閉店してしまったので、商店でビール、スkナック菓子、カップ麺などを買ってきて無事到着を乾杯して1日目は終了しました。

さらば、ベトナム! 2014年2月9日

今日はバイクを売って、出国のためのエアチケットを手配して、余ったベトナムドンをアメリカドルに換金してとやることが盛りだくさん、忙しくなりそうです。

バイクで出発しようとDream号のセルモーターのボタンを押しますが昨日同様動かず、キックでスタートしました。昨日までは絶好調だったのにどうしちゃったのでしょうか?ドナドナされるのを察してだだをこねているわけではないでしょうが。。。

 

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ハノイの旧市街では何度も通っている食堂へ行きます。猫が何匹かいる食堂でチキンのフォーやチキンライス、春巻が美味しい店。今日も猫が出迎えてくれました。

 

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ハノイ旧市街の一等地にありながら、ビールがコンビニより安いという良心的な店で感心していたのですが、数週間前と比べ、テト(旧正月)をはさんでメニューを1割から2割値上げしたようです。この、看板メニューのフォーガー(鶏肉入りフォー)だけは値段据え置きで30000ドン(150円)でした。相変わらず美味い。

 

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Dream号のセルが調子悪いから直してからの方が高く売れるかなと思って修理屋さんへ行って見てもらいました。すると、バッテリーがもう寿命で交換しないとダメとのこと。ヒューズもダメなので、交換代金は310000ドン(1500円)かかるということ。バッテリーとヒューズ交換で1500円というのは安くて驚きました。

でも、いくら安いといってもこれから売ろうというとき、新品のバッテリーに交換するというのも考え物です。あらかじめ準備しておいた、「バイクを売りたい」「どこで可能か?」というベトナム語を見せるとがぜん関心を示しました。

いくらで売りたい?と聞いてくるので、ホーチミンで2台で15000000ドン(7万5000円)で買ったけど、8000000ドン(4万円)で売れれば良いと伝えます。 店のスタッフが2台のバイクをくまなくチェックしたり、試乗したりして出してきた金額は2台で3000000ドン(1万5000円)。買った金額の5分の1です。ちょっと安すぎるんじゃないの、と一度は食い下がりますが、ここもダメだし、ここもダメと我らのバイクにケチを付けて値段を譲りません。

別の店に行って聞いてみることも、もちろん考えましたが、気分はもうタイランド。

エアチケットの手配や換金とまだまだやることが残っています。高く売ろうとするあまり、物価の高いハノイで数日を過ごすとなれば、滞在費だってばかになりません。

Dream号とWave号にはベトナムで楽しい思いをさせてもらったし、また誰かに買われて大事に乗ってもらえばそれでいいじゃないか、という気持ちになってきました。それで言い値の3000000ドン(1万5000円)で手を打つことにしました。

Dream号、Wave号、楽しかったよ、6900キロも運んでくれてありがとう!これからは、ハノイで元気に走っておくれ、さようなら!

 

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そういうわけで、バイクは予定より安い値段ではありますが、無事に売れました。

町で見かけたパグ犬。ハノイはけっこう寒いので、服を着せられている犬も多いです。

 

宿に戻ってエアアジアのサイトをチェックすると、ハノイ発バンコク行、バンコク発チェンマイ行の明日の便に空席があったので即予約。チェンマイまでの運賃はひとり1万6000円ほどでした。

明日ハノイ9時発なので、始発の6時発のシャトルバスではちょっと不安も残るため、宿でタクシーを手配しました。宿を5時30分発で3000000ドン(1500円)。これで、寝坊さえしなければ、明日の夕方にはチェンマイに行けるはずです。

 

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またまた服を着た犬。田舎と違ってハノイではペットとして可愛がられている犬をたくさん見かけます。

 

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ハノイ旧市街、どこにでもある普通のフォー屋の風景。いよいよ、本当に食べ納めです。

タイのチェンマイまでの交通手段は確保しましたが、私たちにはもうひとつ課題があります。売れたバイクの代金と手持ちのベトナムドンを何とかしなければなりません。

インターネットの情報では、アメリカドルからベトナムドンの両替はできてもその逆はできないなどと、私たちを不安にさせる情報ばかりでてきます。

結果はどうだったかというと、両替屋さんで聞いてみると1軒目で即両替OKでした。レートもドルを売る場合、買う場合で100ドルに対して1ドル程度しか変わりません。日本の銀行よりずっと良心的です。

これで、問題は全てクリアー。1日で片が付いて良かったです。

 

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ハノイ旧市街の風景。

明日はタイです。

チェンダオナマズさん宅に預かってもらっている、赤カブ号、黒カブ号に乗り換えて、明後日からマレーシアを目指してツーリングを再開したいと思います!

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ベトナム縦断6900キロ、カブの旅、ハノイへゴールイン! 2014 年2月8日

ここ、ソンラからハノイまでは300キロ。いつものペースなら2日かかるけど、行けることなら今日一気にハノイまで走りたいところです。ベトナム南部のホーチミン市を出発し、2か月かけてディエンビエンフーにたどり着いたところで気分的にはベトナムツーリング終了。

 

ラオスへ出国できなかったので、後は、バイクを売ってタイのチェンマイへ飛ぶために首都のハノイへ戻るところです。

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ソンラで泊まった宿です。地震が少ないんでしょうね、狭い土地に細長い6階建ての宿でした。

 

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昨晩買ってみて美味しかったので今朝も今晩用に買いました。お米で作った自家製焼酎、500ml8000ドン(40円)味もいいし、なかなか効きますよ。

 

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昨日夕食を食べて印象の良かった店に朝も行ってみました。満席で大繁盛しています。

 

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注文したのは、フォーボータイ(半生牛肉入りフォー)。薄くスライスされた半生牛肉が食べているうちにスープの熱でちょうどいい具合になってきます。超美味で30000ドン(150円)。

 

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ターイ族の人たちが暮らす農村を見ながらハノイ方面へ走ります。ターイ族はその名の通りタイ王国、あのバンコクのあるタイですよ、そのタイ系民族だということです。あまり山の中ではなく、お米を効率よく作れるような土地に集落があり、町があるようです。

 

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タイも美人が多いけど、このおばさんもなかなか美人。

 

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こちらも、ターイ族の町で野菜を売っていたおばさん。笑顔につられて白菜のひとつも買いたくなってしまいます。

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昨日もターイ族の女性について書きましたが、何といってもこの髪形がすごいんです。髪の長さは身長ほどもあり、それをクルクルと束ねて頭のてっぺんに、夏みかんほどの大きさの団子状にして束ねています。今日、めでたくターイ族の女性ライダーの撮影に成功したので公開します。わかりますか?ヘルメットの位置が明らかにおかしいでしょう?

 

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お昼は街道沿いの食堂へ。魚のトマトと香野菜煮込み、スープ、野菜、ごはんで2人で10000ドン(500円)。味も値段も大満足の食堂でした。

 

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食堂の子犬ワン公2匹です。

 

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田園風景を通ってハノイへ向かいます。カブ載せカブ。

 

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峠から見たマイチャウ。ここは数週間前にも同じ道を通りました。あのときよりも水の張られた田んぼが多くなった気がします。

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バイクを売らなければならないので、ハノイの町中来たとのころで洗車屋さんに洗ってもらいました。ケンタッキー・フライド・チキンが目の前にある立地なので洗車屋さんもちょっと高めの130000ドン(150円)。

このあと、水に濡れた影響でしょうか、Dream号のセルモーター、ホーン、ウインカーなどが使えなくなり、信号待ちでエンジンもプスンと止まるようになってしまいました。バッテリーのコードが断線状態になってしまったのでしょうか?

これから、売ろうって時に全く困ったものです。セルが回らないんじゃイメージガタ落ちです。水分が乾燥すれば治るのかな?ちょっと心配です。

 

サパ17

 ハノイまでのルートです。

 

ベトナム1

2か月、6900キロのベトナム縦断ツーリングも終了です。

 

ベトナムを旅行するのに、110ccの小さなホンダのバイク、カブを選択したのは正解でした。

 

ベトナムは南北に長い国です。南から北へ、ときには気になる脇道を西へ東へ入りながらまわるには、小回りの利くカブが最適です。ガソリン代が1リッター120円とそう安くないベトナム、燃費がリッター50キロは嬉しい限りで、調子が悪くなっても、どこででもすぐ直してもらえました。

 

天気や気候をひとつとっても、南ではこんなに暑くてツーリングできるかな、と心配になったかと思えば、北のハノイでは寒くてダウンジャケットを買おうか迷ったこともありました。山岳地帯はもっと寒いだろうと覚悟していったら晴天続きでハノイよりずっと暖かかったり、変化に富んでいました。

 

人々の性格も南の人はおおらかであっけらかんとしているのに比べ、北は感情を外に出さない風に見えました。また、少数民族も北にはたくさんいて、女性の民族衣装の華やかさには目を奪われました。少数民族の生活レベルを見ると、昨年ツーリングしたタイやラオスでは主要国民が町に住み豊で少数民族は辺境地に住んで貧しいという図式が見えたような気がしますが、ベトナム北部の場合、少数民族の人が多数派を占める町もありました。インフラも整い、普通のベトナムの田舎と同じ生活レベルで、少数民族だから貧しいという感じは見られませんでした。

 

食べ物はやはり、南部が美味しかったです。そして外食文化が発展しているので、屋台も多く、町は夜も活気がありました。北部は外食は特別なときするもの、という感覚があるようで、値段も高めで料理の種類も少ないようです。中部のホイアンやフエで見かけた、ライスペーパーで肉や野菜を巻いて食べる料理が好きだったのですが、北ではほとんど見られませんでした。

 

ベトナムの言葉はタイ語と比べても発音が聞き取りにくく、最後まで覚えられませんでした。会話集で覚えたつもりで言ってみても、発音が悪いのでしょう、相手に伝わらないことが多かったです。指さし会話集が大活躍しました。

 

戦争の傷跡は町を見て回る限りは感じることはできません。若い人の中には戦争のことを良く知らない人も居ると聞きます。戦争博物館や町にある戦争記念塔を見て、ああ、この国で戦争があったんだなぁ、と思う程度です。良く見ると古い町がほとんど残っていないことも、戦争のあった証ですね。

 

2か月のツーリングというと、ゆっくりのように感じるかもしれませんが、実際はそうでもありませんでした。まだここまでしか来ていない、急がなきゃ、という気持ちで先へ先へ進んで、これだけかかってしまった、という印象です。

 

以前から、ベトナムは東南アジアツーリングに外せない国と思っていました。

 

20142月現在、残念ながら、隣のカンボジア、ラオス、中国から外国人がバイクで出入国するのは難しいようです。全ての国境で試したわけではないので、もし、情報を持っている方がこの記事を読んだならぜひ書き込んでください。

 

アジアハイウエー1号線は東京が基点でトルコのイスタンブールを経てヨーロッパハイウエーに通じます。日本、韓国、北朝鮮、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタン、イラン、トルコへと道路は通じているのに、政治が通してくれないのが現状です。

 

今のところ、バイクで走ってヨーロッパへ行くにはロシアを横切るのが一般的ですが、この道を通ってヨーロッパまで行ければどんなに魅力的だろうか、と思います。

 

各国が陸路の扉を開き、バイクで自由に旅のできる日がくることを願っています。

 

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ベトナムからラオスへ国境越え、ならず 2014年2月7日

ディエンビエンフーから40キロ先のラオス国境へ向けて出発。

 

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これでフォーも食べ納めかなぁ、なんて思っていたんですがね。

結果から言えば、国境越えはできずに、もうしばらく大好きなフォーを食べられることになりました。

 

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最初は田園風景だったのが、ラオス国境に近づくにつれどんどん山道になって行き、とうとう峠道のてっぺんかな、というあたりでベトナム側の国境の建物が見えてきました。

 

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ここが、国境です。早速手続きしてみますが、何やらパソコンをいじりだし、プリントアウトした紙をわたされました。

 

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これが、その紙。私たちの英語能力もいまいちですが、この英語も負けず劣らずひどいものです。何となく意味をつなげてみるとこんな感じでしょうか。

「ベトナムの決まりでは、バイクの登録証名義人の国籍とパスパートの国籍が一緒でなければいけません。尚且つ、国境を接する省の住人でなければいけません。ディエンビエン省以外の方の場合は住所のある省の許可証が必要になります。外国人の持っている国際運転免許証はベトナムでは無効です。ベトナム、ラオス間はバスで行ってください。ご理解お願いします。」

おそらく、相当数の外国人が私たちと同じようにバイクでラオスへ行こうとこの国境へ来たのでしょう。そのたびごとに、国境を越えられない理由を説明しなければならない、中には怒り出す旅行者などもいて係官を困らせたこともあったかもしれません。それで考えたのがこの紙を渡すという方法というわけじゃないかと思います。

 

さて、想定内です。昨日すでに越えられなかったときのことも家族会議で決定されていました。

次の目的地は、タイのチェンマイ北部のチェンダオという町です。チェンダオなまずさんという方に私たちが買ったタイカブを預かってもらっています。ここまで行けば再びツーリング再開となるのですが、問題は行く方法。

家族会議で決まった方法とは、ハノイまでバイクで戻って、飛行機でバンコクを経由しチェンマイへ飛ぶというものです。バスを乗り継ぎラオスを越えて行く方法もあり、こちらの方が安いのですが、バスは良い景色があっても止まってくれないし、脇道に入ってみたくても行ってくれないし、待ち時間があったり、いろいろ面倒で私たち向きではありません。バスを運転させてくれれば考えなくもないですが、まず、それは無理。それならばまだ、値段が高くても飛行機の方が我慢して乗っている時間が少なくていいじゃないかという選択です。

バスでの移動が苦手なんて、バックパッカーの試験があったらまず一番はじめに落第しそうですよね、でもそれがぽこけんスタイルの旅なんでしょう。

そして、まあ、なんとかなるでしょうが、しいていえばベトナム出国までの課題は二つ。

・バイクをどこでどうやって売却するか、たぶんバイク屋街へ持っていけば買ってもらえるかな?それとも、旅行者を見つけて買ってもらおうかな?

・売れたとして、ベトナムドンをどこでドルに再両替できるのか、ベトナムドンの再両替はできないなんてネットに書いてあるけど、そんなこともないと思いますよ。銀行がだめでも、外国人の泊まる宿とか、旅行代理店とか、貴金属店とか、何軒か回ればどっかで替えてくれそうな気がします。

こんなところでしょうか、うまくいけば、数日後にはタイからツーリングを再開できそうです。

 

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ということで、今度は国境から500キロ先のハノイへゴーゴーです!

道端の風景にちょっと感動。ベトナム人の知恵ですね。川に水車を設置してあります。水車の外輪には竹の筒が何本も付いていて、川の水をくみ上げては水車のてっぺんで落とします。落ちた水は竹の筒を伝って水田へ導かれていきます。そんな水車がいっぱい川沿いに並んでいました。こういうものを心行くまでまじまじと観察したいのにバスの旅ではできないんです。それでバスは無理なんです。

 

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川で遊んでいた子供たち。一番大きなお姉さん以外はみんな裸んぼう。橋も竹でできていました。

 

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ディエンビエン省から今居るソンラ省一帯はターイ族の人たちの居住区です。山岳民族のように山ではなく、平地も多い山里で農業をしている人が多いようです。高床式の家に住んで、女性は黒い腰巻を着用しています。特徴は何と言っても女性の髪形。髪をクルクルと巻いて、夏みかんほどの大きさに束ねたのが頭のてっぺんに乗っています。家の庭先で洗った髪を梳かしているターイ族の女性を見ましたが、髪の長さは自分の身長と同じくらいありました。なるほど、夏みかんほどの大きさに束ねるにはそれくらいの長さが必要なのかと感心しました。

特筆すべきはこの髪形でバイクのヘルメットを被るので、ヘルメットがやたらと上にあり、耳から下は顔が出ちゃってる状態で運転していることです。ヘルメットは顎紐で引っ張られて何とか頭の上に乗っているだけです。

そんなターイ族の村々が続くところを走っていると、太鼓に合わせて踊っている人たちがいました。

 

サパ15

今日はラオス国境から200キロ進み、ソンラという町に泊まることにします。

こんな、観光客の全く来ない普通のベトナムの町、大好きです。ラオスへバイクで行けなかったけど、これはこれでいいでしょう!

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ウーヴァー温泉 2014年2月6日

2か月近くバイクで回ったベトナムもいよいよ最後、ディエンビエンフーから近いところに温泉があるというので行ってみます。   ウーヴァー温泉というのですが、ガイドブックでもインターネットで調べても、その位置がいまひとつはっきりしません。 P20584996 昨日のうちに、ウーヴァー温泉の進む方向くらいは確認しておこうと町の中心部のロータリーで聞いて見ました。こういうことを聞くには、経験上、女性より男性、年下よりは年上の人の方が正確な答えが返ってきます。ということで、ひとりのおじさんを見つけて聞いて見ます。 おじさんはウーヴァー温泉を知っているようです。そして南の方向を指さしています。これで今日のところはOK。ウーヴァー温泉がそれなりに有名であることと、南に進めば良いことという情報が得られました。 ありがとうと言って去ろうとしますが、おじさんの一生懸命な話は続きます。ですが、こっちはベトナム語がわからないのでさっぱり理解できません。ノートとペンを渡すと、9キロ行って、右に曲がって3キロ行って左折と詳しく地図を描いてくれます。親切なおじさんです、ありがとう! 日付変わって今日は2月6日。バイクでウーヴァー温泉へ向かうわけですが、まずは朝食。昨日は市場で食べましたが今日は、フォーハノイと大きく看板を出している専門店へ行ってみました。   P20688260 ここの店のフォーが最近ちょっとないくらいに絶品でした。太目の麺もスープも素晴らしく美味しい。薬味の生野菜やハーブも新鮮で種類が豊富、具は数種類から選べるので私たちは牛肉とつくねのミックスにしました。店も清潔です。30000ドン(150円)でした。明日もここへ来て食べようという気になりました。

 


より大きな地図で ウーヴァー温泉 を表示

 

さて、ウーヴァー温泉の場所ですが正確にはここです。 ディエンビエンフーから国道279号線を9キロ南下します。看板が出ているでもない何の変哲もない交差点を西へ(右折)進みます。途中川に架かる橋を渡ります。右折した地点から2.5キロ進むと、直進はできず右か左へ行く他ないT字路へ出ます。ここで初めてウーヴァー温泉の青い看板がでて来ます。看板には「Khoang Nong U Va  左折 1500m」と書いてありますが、実際にはここから4800mあるので数字は無視して進んでください。さらに道沿いに800m進むと、「Khoang Nong U Va  左折 1000m」の2つ目の青い看板が出てきます。数字は無視して矢印通りに4000m進むと道の右手にあるウーヴァー温泉に到着します。ディエンビエンフー中心部からの合計距離は16.3キロでした。   P20685280 ウーヴァー温泉の看板。距離は正確ではありませんが、矢印の示す方角へ進めばたどりつくことができました。   P20688342 温泉までの道はこのような田舎の田園風景を進みます。細いですが、ずっとアスファルトの道です。   P20688353 ここがウーヴァー温泉の入り口。   P206884710 温泉敷地のすぐ横には池がありました。    P20688469 ここが受付けです。   P20688394 温泉分析表も掲示されています。   P20688436 温泉のチケットを買います。   P20688447 これがチケット。ひとり50000ドン(250円)。   P20685321 温泉の並ぶ建物。個室形式のようです。   P20688405 お姉さんが風呂に温泉を入れてくれました。   P206885211 待つこと数分で湯船に温泉が満たされました。ベトナムでは3つ目の温泉。久しぶりに温かい湯に浸かりました。源泉温度は40度くらいとぬるめで、泉質は単純泉と思われます。   P206885712 2か月で約6300キロ走ったベトナムツーリングの疲れをこの温泉で癒し、明日はラオスへ国境越えしたいと思います。はたして、ベトナムで買ったバイク共々ラオスへ行けるものなのか?興味深々、どうなるのか楽しみです。

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ディエンビエンフー町歩き 2014年2月5日

ディエンビエンフーの戦いで有名なので、観光客がもっと多いかなと思っていましたが、町にはあまり外国人観光客の姿は見られません。

テト(旧正月)の休みはいつまで続くのだろうと思っていたら、今日はディエンビエンフーの市場が開いていました。ということは、5日間市場が閉鎖されていたことになります。市場が開いたということは、テト休暇も終わり、これから町が普通に機能して行くのかな?これで、町を歩いてもシャッター通り、食べる場所も無い、という不安からは解消されそうです。

 

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ディエンビエンフーの市場の様子。全店オープンはしていませんが7割くらいの店はやってました。

 

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市場の飯は世界共通、安くて美味い。フォーが20000ドン(100円)でした。

 

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町の中心にある勝利の記念像の丘に登ってみました。ディエンビエンフーの町を眺めたところです。メインストリートをちょっと行けばもう田園風景。そして更に向こうにはベトミン軍がフランス軍を包囲した山々がグルリと町を囲っています。

 

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この風船商売が人気のようで、最近ベトナムのあちこちで見かけます。子供にねだられると買ってしまうお父さん方が多いようです。

 

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床屋さんのことを、南ベトナムでは「ホットトック」、北ベトナムでは「カットトック」と言います。大通りに鏡を吊るして椅子をひとつ置けばもう立派な床屋さんです。こちらの店は鏡に散髪料金が表示されていました。30000ドン(150円)というと、ちょうどフォー1杯の値段と一緒だから日本でいうと500円くらいの感覚でしょうか。

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インドシナ戦争でベトナムはフランスに勝利しますが、そのクライマックス、ディエンビエンフーの戦いで、最後までフランス軍が立てこもったのがこのA1の丘でした。入場料15000ドン(75円)。当時使われていた戦車も展示されています。

 

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奥の大きな穴はベトミン軍に爆撃された跡。溝はフランス軍がベトミン軍を迎え撃つためのもの塹壕です。

ディエンビエンフーの戦いでベトナムがフランスに勝って、ベトナムは北緯17度で南北に分断され、ドロ沼のベトナム戦争に入っていくわけですが、その前後の事を補足しておきます。

 


 

ベトナムは1800年代後半から長いことフランスの植民地でした。 第二次世界大戦で1940年にドイツがフランスを占領したのをきっかけに、今度はドイツの同盟国である日本がベトナムに進駐します。

そんな時代の中、ホーチミンが植民地支配に抵抗する組織、ベトミン(ベトナム独立同盟会)を作り活動を開始しました。

1945年に日本の降伏で第二次世界大戦が終結。同年9月ホーチミンがベトナム民主共和国の独立を宣言しますが、翌1946年、再支配を試みるフランス軍とホーチミン率いるベトミン軍が衝突してインドシナ戦争が勃発します。 植民地支配をする側のフランス対、される側のベトナムの戦いという形で始まったインドシナ戦争でしたが、1950年の朝鮮戦争をきっかけに、ベトミン軍をソ連が後押しし、フランスにはアメリカが援助する、民主主義対共産主義という冷戦構造の戦争に発展しました。

※私たちも今まで知りませんでしたが、ベトミン軍には、実は第二次大戦で敗戦し帰国しなかった600名の残留日本兵が志願し入隊しています。彼らは日本名の他にベトナム名を持ち、ベトナム社会に溶け込み、新ベトナム人と呼ばれていました。多くはベトミンへ戦い方の指導をする教官として活動し、ベトナム政府から表彰されたり勲章をもらっている人も多数いたということです。

ベトミン軍は飛行機も無いし、持っている武器も古くて貧弱、対してフランス軍は高性能の兵器や航空機を大量に持っていました。ところが、ベトミン軍のゲリラ攻撃にフランス軍は苦戦します。

1953年、その打開策として、フランス軍はラオス国境のディエンビエンフーに滑走路を備えた巨大軍事基地を作りました。ここに基地を作れば、ソ連や中国からベトミン軍への援助物資のルートを断つことが出来るし、険しい山々に囲まれた基地は、飛行機を持たないベトミン軍には攻略不可能と考えていました。

ところが、フランス軍が不可能と考えた深い山の中を自転車、1輪リヤカー、そりなどを使って物資を運びながらベトミン軍は突き進み、ディエンビエンフーを見下ろす山々にたどり着きました。

1954年、フランス軍16000人、それを囲むようにベトミン軍4万人で基地を包囲し、ゲリラ戦でベトミン軍が勝利。インドシナ戦争は終結し、ジュネーブ協定でベトナムは南北に分断されます。北はホーチミンを首相とした社会主義政府、南はアメリカの押したゴジンジェム政権が誕生しますが、治まりが着かず、ベトナム戦争へと流れて行きます。


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フランス軍最後の砦、A1の丘に落とされたベトミン軍の爆弾跡がすり鉢状に残されています。 東南アジアの小国、かつて自分たちが支配していた国にまさか負けるなどとは、フランスは思いもしなかったでしょうね。

現在、ベトナムでは普通の風景である、カブに牛や植木や冷蔵庫を積んで運んでいる姿が想像できれば、あるいは、ベトミン軍は軍事物資をディエンビエンフーを囲む山々へ運び、自分たちの基地を攻めてくるかもしれないということもわかったのではないでしょうか?

フランスはベトナムを60年近くも植民地として支配しながら、ベトナム人の頭の良さ、応用力、器用さ、忍耐力、勤勉さなどを本当には理解していなかったのだと思います。そして、フランスが退いたあとやってきたアメリカはそれ以上にベトナム人というものを知らなかったのだと思います。

 

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陽射しが強くて暑くてたまらんです。ちょっと前まで寒くてブルブル震えていたのに嬉しい限り。のどが渇いて南ベトナム以来久しぶりにサトウキビジュースを飲みます。ご飯もコーヒーも南ベトナムの2倍くらいするから、サトウキビジュースも高いかな?と思ったらやっぱり2~3倍の10000ドン(50円)。

 

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路上で売っていたパイナップルを買って食べました。上手いこと皮をむいて売っています。 1個15000ドン(75円)。甘くておいしかったです。

 

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昼食は町の中心部の食堂で。出来合いのおかずを指さし注文するクアンコムビンザンの店は見つからず、改めて注文して調理してもらう形式の店へ入りました。魚のトマト炒め、春巻き、ご飯、ビール、2人で110000ドン(550円)。特に魚のトマト炒めの味が良かったです。値段も適正価格で満足でした。

 

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午後はディエンビエンフーの戦いの博物館へ行って見ました。入場料は一人15000ドン(75円)。左はけんいち、中央はホーチミン、右はヴォーグエンザップ(ホーチミンの一番弟子)。

 

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フランス軍が攻略不可能と考えていた険しい山々を、このような自転車に武器や食料を積んで突き進んで行ったことが展示されていました。考えてみれば、今もこのような荷物満載の自転車やカブが町を走っているじゃありませんか!辛い植民地支配から解放される希望を持って、このスタイルでジャングルの山を越え谷を越え、勝ことを信じて進み続けました。攻略不可能、絶対安全の神話がフランスを負けに追い込んだ要因でしょう。

 

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物資を運んだ木製の一輪車も展示されています。

 

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フランス軍司令部横にある、旧ムオンタイン橋。戦争時代は破壊されましたが、今は橋が架けなおされて周辺は野菜や果物が売られる市場として活気がありました。私たちはこの橋のたもとでマンゴーを2個、20000ドン(100円)で買いました。

 

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夕方、朝も登った勝利の記念像のある丘に登ってみました。朝は逆光だった記念像を順光で撮影し直します。

 

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 勝利の記念像のある丘から見た夕方のディエンビエンフーの町と田んぼです。

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