ぽこけん

ぽこ&けんいちによる、海外ツーリング、国内ツーリング、テレマークスキー、温泉のホームページです


ミヤンマー

東南アジアツーリング終了 2014年3月18日

ミャンマーのタチレクへバイクで入り、明日は町の東を抜けて国道4号線をどこまで行けるのか調べようと思っていたのですが、20日帰国の予定が、急遽帰国せねばならないことになりました。

昨年、ミャンマーをバックパッカー旅行したときは、インターネット環境の悪さに閉口したのですが、ここはさすがにタイ国境の町タチレク。ちゃんとネットもつながります。昨晩大韓航空にメールで、なるべく早い便に変更してもらうようお願いしておくと、今朝すぐにメールを返してくれ、今夜の便で帰国できることになりました。

これから明日まで、大移動の開始です。

 

P31807910

ミャンマー、タチレクのコメットモーテルの横ではちょうど朝市をやっていました。見学していきます。

 

P31807972

女性がほっぺに黄色い粉を塗っています。タナカという木を削った粉です。日焼け防止のために付けるそうです。

 

P31813070

この手前の木がタナカです。何かめずらしいことでもあんのかい?みたいな顔のおばちゃん。

 

P31813091

表通りでも道路をきちんと舗装してあるのは道の真ん中付近だけ、裏通りになると土がむきだしです。乾季の今は土埃が舞っています。雨季になると道がドロドロにゆかるんでしょうね。

衛生観念もタイに比べると低くなり、ゴミも多く、川の近くは腐ったようなどぶの匂いが漂っていました。すぐとなりがタイなのにやはり国をまたぐと雰囲気が大きく変わって面白いです。それでも、ここタチレクはシャン族といってタイ人に近い民族なので、タイ人と同じ顔つきをした人が多く住んでいます。この先西へどんどん進んで行くに従いディープなミャンマーとなり、更に西へ進めばインドがあります。いつか、ぜひ通り抜けて、人々の生活や文化の変わって行く様を眺めてみたいものです。

 

P31813222

タイはオレンジ色がお坊さんのまとう布の色でしたが、ミャンマーではチベットなどと同じ小豆色です。

 

P31813284

子供のお坊さんにお布施をする市場の人たち。

 

P31813355

ミャンマーを出国します。税関の書類を回収され20バーツ支払い、イミグレーションでは入域許可証を戻してパスポートを返してもらいました。タイ側では、税関書類を税関に戻して、タビアンロット(バイクの登録証)を返してもらい、イミグレーションでTM2の書類を戻し、アライバルカードに必要事項を書いて出せば、パスポートに入国印を押してくれます。これで手続き終了。

 

チェンダオまではちょうど200キロの距離でした。これで、私たちの東南アジアツーリングも一応終了です。今後、機会があれば、インドのアッサム州などミヤンマーと国境を接する地域、フィリピン諸島、インドネシアのまだ走っていない地域、もちろん、中国やミャンマーなども行ってみたいです。

 

東南アジア ツーリングルート2

青いラインは昨シーズン(2012~2013)のインドシナツーリングルート、赤のラインが今回(2013~2014)のルートです。

今回走った距離はベトナム6900キロ、タイ4020キロ、マレーシア2820キロ、シンガポール78キロ、ミヤンマー45キロ、合計で約13800キロでした。

 

 

●アジア編まとめ

2000年から3年9か月かけて走ったユーラシア・アフリカツーリングのときに回れなかった地域があります。中国やミャンマーが陸路でのバイクの入国を認めていないので、そのときは、インドシナ半島をルートから外しました。また、スリランカや台湾という国も行きたかったのですが、島なので外しました。

 

それら、行けなかった地域を少しづつ回って行こうと2年前に旅を再開しました。2年間で訪れた地域は、韓国、北朝鮮、台湾、インドネシア、スリランカ、そしてインドシナ半島です。

 

北朝鮮とミャンマーはバイクでの旅行が難しかったので、電車やバスや車での移動でした。韓国は下関から釜山へ自分たちのバイクを運んでツーリングしました。その他の東南アジアエリアは100CC程度の小さなバイク、カブでツーリングしました。地元の人たちが生活に使っている小型バイクでの旅行は、小回りが利いてちょっと止まって写真を撮ったりと大変便利。スピードもそれほど出ないので、ゆっくりと風景を楽しむことができたと思います。

 

アジア編にここで一区切りを付けて、次は北中南米大陸ツーリングです。出発地はアメリカ、6月出発を目指して準備をはじめます。

 

にほんブログ村 旅行ブログへ  

ミャンマーのタチレクへバイクで入国 2014年3月17日

今日はタイのメーサイまでバイクで走って国境を越え、ミャンマーのタチレクへ行って来ます。

 

P31706330

昨日泊まったメーサローンの朝市。国民党残党の中国人や、少数民族の人たちの住んでいるタイでも特殊な地域です。

 

P31711892

タイ側、メーサイの国境へ来ました。イミグレーションでバイクの書類とパスポートを見せ、ミヤンマーのタチレクへバイクで行きたいというと、書類をチェックした後、その先にある税関でまず手続きをするように言われました。

 

P31712217

税関へ行くとこの書類を作ってくれました。その代り、バイクの登録証の原本、タイではタビアンロットと呼ばれている緑色のバイクの書類は税関に預けなくては行けませんでした。ミヤンマーから戻って来た時返してくれるそうです。また、私たちはミャンマーへ行っている期間を余裕を持って3日間で申請しましたが、遅れると1日につき1000バーツ(3200円)の罰金になるので充分注意するようにと言われました。

 

P31712238

次に、イミグレーションでは、私たちが準備していたTM2と呼ばれる書類にスタンプを押して、返してくれました。この書類もミヤンマーから帰ってくるときに必要になるそうです。

以上2つの書類をもらったら、パスポートコントロールへ行って、パスポートにタイの出国印をもらいます。これでタイ側の手続きは終了。

 

P31706391

タイ・ミヤンマー両国に架けられた橋を渡ってミヤンマー側へ向かいます。

 

P31712196

ミヤンマーのイミグレーションへ行くと、パスポートを預け、14日間有効のエントリーパーミット(入域許可証)を作ってもらいます。料金は500バーツ(1600円)と言われますが、アメリカドルで支払うことができますか?と聞くと10ドル(1100円)とのこと、当然アメリカドルで支払います。

イミグレーションの職員に、もし、ビザを持っていれば、このままヤンゴンの方へ旅行を続けることができるのかと聞くと可能だとのこと。私たちはタチレクまでバイクで行くが、ビザがあればバイクでタチレクの先まで行けるのかと聞くと、ビザがあっても、外国人がバイクで行けるのはタチレク周辺までとのこと。

あくまでも、タチレクのイミグレ職員の話なので、行ってみたら行けちゃうかも、そこはわかりません。ぜひ、誰かトライしてみてください。

 

P31712249

イミグレーションでパスポートを預け、エントリーパーミットをもらったら、次は税関へ向かいます。35バーツ(110円)と言われ支払うと、黄色と白の紙をホチキスで束ねてくれました。これが、何の紙なのか今一つわかりません。これで手続き終了です。

 

P31712163

無事にバイク共々ミヤンマー入国です。

 

P317129115

とりあえず、宿を決めちゃいましょーということで、コメットモーテルへ。エアコンツインが600バーツ(1920円)。エアコン無しは400バーツですが、高くてもエアコン付きにしておきます。

 

P31706492

早速町を散策します。自分用のおみやげに、ミヤンマーのバイクのナンバープレートを買いました。インテリアにも良さそうです。1枚50バーツ(160円)。

 

P31706674

この辺りがタチレクの町の中心です。

 

P31706573

その後、行けるところまで行って見ようと西へ進むとチェックポイントがありました。ここの人たちは、英語が全員話せないので要領を得ませんでしたが、とにかくここ以上は行けないそうです。パスポートとミヤンマービザがあった場合はどうなのかも英語が解らないため確認できませんでした。

 

P31706715

タチレクの町へ戻って今度は東へ進んでみます。後ろの店はセブンゴールドというコンビニ。手前はマクドナルドをパクったバーガーショップ。どちらも、中国系のお店のようです。

 

P317124410

3人乗り禁止の看板の前を3人乗りノーヘル部隊が颯爽と駆け抜けていきました。

 

P31706866

タチレク郊外、のどかな道が続きます。

 

P31707118

田舎道のお寺に立ち寄ってみました。

 

P31706977

お寺のニャン公です。

 

P31707199

路上の動物病院です。ワン公、路上で手術中。がんばれ!

 

P317127112

タチレクのガソリンスタンドです。スタンドのメーターもタイバーツ表示。1リッター33.5バーツ(107円)でした。タチレクで流通しているお金はタイバーツのようです。ミャンマーチャットはタチレクでは使われてないのでしょうか?

 

P317127313

タチレク郊外にて。

 

P317072110

お寺にあった、やたら陽気な像。

 

P317073112

お寺にあった、坊さんいっぱいの像。

 

P317072611

タチレクの町で一番目立つ丘の上のパゴー。

 

P317130116

ミャンマーの新聞。中国がミヤンマーのガスをパイプラインを通して買うとか、そんな内容のようです。左の男性の派手なジャケットはバイクタクシーの制服のようですね。下半身はもちろんズボンではなくミヤンマーの正装、ロンジーと呼ばれる腰巻き布です。

 

チェンダオ3

タチレクまでのルート。

 
にほんブログ村 旅行ブログへ  

「ぐるり東南アジア3カ国・タイカブツーリング」その10

▼ 滝野沢優子の「ぐるり東南アジア3カ国・タイカブツーリング」その10
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

聖地チャイテイヨーから北へ向かいます。次なる目的地は高原の景勝地・イン
レー湖です。インレー湖へ向かう途中、バスの乗り換えのついでに宿泊した、
バゴーという町で、ある”できごと”がありました。

バゴーで宿泊したホテルの向かいの路上には、バスチケットやバイクタクシー
を手配する店がありました。机を1つ出しただけの店の横には、そこのオーナ
ーらしい、押しの強そうなガタイのいい男がヒマそうに立っていました。

私たちが何気なくその前を通りがかったとき、
「アイツだ! 間違いない」
と、けんいちにしては珍しく語気を荒げてつぶやきました。

実は夫のけんいち、15年前に一人でミャンマーを旅して、やはりこの町に1泊
したそうです。まだ強制両替がある時代で、公定レートよりも闇レートのほう
がずっとレートがいいので、旅行者は路上で両替するのが普通だったそうです。
用心深い我が夫のけんいち。滅多なことでは騙されないのに、ここバゴーで不
覚にも両替詐欺に遭ったことを、ずっと悔しがっていました。

奇遇にもその相手に再会してしまったのです。
けんいちのほうは会った瞬間に顔を思い出したのに、その男はまったく覚えて
ない様子で、バイクタクシーの営業をしてきます。ヤツにとっては日常茶飯事
だったのでしょう、いちいち相手の顔を覚えているはずもありません。
闇両替がなくなった現在、ヤツは一応マトモな商売をしているようでした。

まさか15年ぶりにまたヤツに出会うとは…。

さらに、宿で手配してもらったバスターミナルまでのタクシーが、なんと! 
ヤツのバイクタクシーでした!
けんいちは、奇しくも15年ぶりに出会った詐欺相手の後ろに乗る羽目になって
しまったのでした。

image_214_15_39▲パゴーの町並み
image_014_15_38▲パゴーのシュエターリャウン寝仏

image_114_15_39

▲ピッタインダウンと呼ばれるミャンマーのダルマ、押すたびに起きるという意味だそうです

その後、冷房の効きすぎるバスでインレー湖へ向かいます。

インレー湖は標高900mの高原にあり、一帯は風光明媚な観光地です。ミャンマ
ー旅行のツアーには必ず組み込まれている場所ですが、ミャンマーは激増する
観光客に対応しきれず、宿泊施設が不足気味です。インレー湖周辺はとくにひ
どく、私たちが泊まるレベルのゲストハウスにまでツアー客が押し寄せていま
す。そのため、夕方には宿はどこも満室でした。そのような状況のため宿は強
気です。料金も高めで、とても値下げの交渉などできません。
「空いていたら、ラッキー♪」という状況であるため、時には食堂や寺院の空
きスペースを有料(20ドルくらい)で開放することもあるそうです。

ここでも、タクシーをチャーターしたり、ツアーに参加するのがイヤな私たち
は、宿で自転車を借りて湖周辺をフラフラと走り回りました

image_314_15_40▲インレー湖畔の町、ニャウンシュエの尼僧さん
image_514_15_41▲小坊主さんにお弁当箱の写真撮らせて、と頼んだら照れてしまいました

image_414_15_40▲片足で舟をこぎ漁をする独自の漁法を見ることができる

image_614_15_41▲ニャウンシュエの町のワン達

ローカルな集落を訪れたり、温泉に入ったり、小さなボートに自転車を乗せて
湖を渡ったり…。途中、自転車の変速機が壊れるといったトラブルもありまし
たが、ほんのちょっと押していけば修理してくれる店が見つかります。バイク
で入国できないのであれば、自転車で旅するのも良いかもしれません。欧米人
にはインレー湖周辺のトレッキングも人気のようでした。近い将来、ミャンマ
ーのアウトドアレジャー基地になりそうです。

インレー湖の次は、西へ200kmほどのバガンを訪れました。このバガンは、カ
ンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのボロブドゥールとともに世界
三大仏教遺跡のひとつです。広大な平原地帯に3000ともいわれる大小さまざま
な仏教遺跡が林立しています。
私的にはミャンマーでの一番の見どころと思っていましたので、かなり観光地
化されているだろう…と思いきや、まだまだ庶民的な町でホッとひと安心しま
した。
image_914_15_42▲パガンの古代遺跡群

image_714_15_41▲ポッパ山

image_814_15_42▲ミャンマーで大人気の聖人ボーミーガウン

image_1014_15_43▲ミャンマーの女性は重い荷物を頭にのせて 歩く

image_1114_15_43▲パガンの町をながれるイラワジ川

パガンはA級の世界遺産に登録されてもおかしくない遺跡ですが、いろいろな
理由で登録されないようです。とてももったいないのですが、世界遺産に登録
されたら観光客が今以上にドドッと訪れ、外国資本もたくさん入って観光開発
され、アッという間に変わってしまいそうな気がします。
image_1214_15_44▲アマラプラのウー・ベイン橋、長さは1200メ-トル、木造の橋としては世界最長

image_1314_15_44▲ウー・ベイン橋

image_1414_15_45▲マンダレーヒルのニャン

最後はミャンマー中部の第2の都市、マンダレーからエア・アジアの1時間余り
のフライトでタイのバンコクへ。1月7日に入国してから2週間ほどのバックパ
ッカー旅も1月22日に無事終えることができました。
バイク旅の合間に、このような目線を変えて旅をしてみることも変化があって
良いものでしたし、改めてバイク旅の良さを実感しました。

さて、次回からはタイカブツーリングを再スタートさせます。次なる目的地は
国境越えて、タイの東隣の国ラオスへと向かいます。
無事にラオスへ入国できるのか、ドキドキです。

来週に続く。

※ミャンマーの旅の様子は、ホームページ「ぽこけん」のブログでもレポート
しています。画像や動画もありますのでぜひご覧ください!

●バゴー
http://c.bme.jp/35/3/1968/520416

●インレー湖
http://c.bme.jp/35/3/1969/520416

●バガン
http://c.bme.jp/35/3/1970/520416

●マンダレー
http://c.bme.jp/35/3/1971/520416

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

週刊連載コラム、第91回はいかがでしたでしょうか。

ヤンゴンから出発し、聖地チャイテイヨー、インレー湖、仏教遺跡バガンと巡
りマンダレーで終了した滝野沢さんのミャンマー・バックパッカー旅。きっと
滝野沢さんの記憶にたくさんの「ミャンマーの現在」が刻まれたことでしょう。
バイクで入国できるようになったら、おそらく滝野沢さんは再度ミャンマーを
訪れるでしょう。その時のミャンマーはどのような状況になっているのでしょ
うか? 滝野沢さん、楽しみですね…!

来週も滝野沢さんのコラムをお楽しみに!

にほんブログ村 旅行ブログへ

「ぐるり東南アジア3カ国・タイカブツーリング」その9

▼ 滝野沢優子の「ぐるり東南アジア3カ国・タイカブツーリング」その9
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

ミャンマーのバックパッカー旅
まずは中心都市ヤンゴンから、東に位置する聖地チャイテイヨーを目指します。

ここは大岩の上に、危ういバランスを保って乗っている「ゴールデンロック」
で知られ、たくさんのミャンマー人巡礼者がやってきます。

ヤンゴンから車をチャーターする方法もありましたが、時間はかかってもなる
べくローカルな人々と同じ方法で移動したい我々は鉄道を利用しました。

image_611_39_49▲ヤンゴン中央駅

image_511_39_48▲鉄道網が発達しているミャンマー

ヤンゴン中央駅はまさしく「古き良きミャンマー」を象徴するような建物です。
中心都市の中央駅とはとても思えませんでしたが、ある意味で世界遺産級とも
いえます。

車両もその時代からずっと現役で使用しているのではないかというシロモノで、
当然のように乗り心地は最悪でした。一応、アッパークラスに乗ったものの、
冷房はなく、窓はあけっぱなし、リクライニングは壊れていて倒れっぱなし、
トイレは汚いです。一番まいったのは、直下型地震のような激しい縦揺れが突
然襲ってくることでした。脱線しなかっただけでもラッキーかもしれません。
まあ、運賃は$8なので仕方ありませんが…。

image_711_39_49▲古い車両なので横揺れ、縦揺れがひどかった

017_18_55

▲すさまじい揺れの中、絶妙のバランスで弁当を売り歩く

そんなこんなで、片道4時間の予定が2時間以上オーバーしてようやくチャイト
ーという町に到着。そこからギュウギュウ詰めのピックアップに乗って30分ほ
ど、キンプンという拠点の町へ。そこでチャイテイヨー参拝専用のトラックの
荷台に乗り替え、振り落とされそうな状態に耐えながら急坂山道を登ること40
分。麓の集落までたどり着き、今度は急坂の参道を45分ほど歩いて、ようやく
チャイテイヨーに到着しました。

image_911_39_50
▲これがゴールデンボール

image_1211_39_51▲落ちそうで落ちない不思議なゴールデンボール

image_1411_39_52▲金箔を貼り付ける巡礼者たち

チャイテイヨーは山頂部分が広い公園になっていて、周辺の山々も含めて聖地
とされています。朝一番に訪れたはずなのに、すでにたくさんの人々であふれ
かえっていました。ここで夜を明かす人も多いようで、あちこちでゴザや毛布
を敷いて宴会をしていたり(お酒なしで)と、ローカル色プンプンです。
僧衣のお坊さんたちもたくさんいて、ちゃんと聖地らしい雰囲気もあります。
外国人観光客はチラホラ見かけましたが、圧倒的にミャンマー人参拝客が多く
それだけに外国人観光客目当てのしつこい物売りもなく、居心地のいい聖地で
半日ほどゆっくりと過ごしたのでした。

image_011_39_46聖地チャイティーヨー入口

image_211_39_47

image_411_39_48▲日焼け止めのタナカを顔に塗った少女

image_311_39_47▲聖地への参道にある売店

チャイテイヨーからの帰路は長距離バスを利用しました。バスは鉄道と比較す
ると意外にちゃんとしていて、エアコンは効くし、年々道路状況が良くなって
いるので揺れも少なく格段に快適です。ただし、路面が良くなっているため、
予定より早く着きすぎてしまうことが難点です。

「早く着いて何の問題があるの?」と思われるでしょうが、夜行バスだと困る
のです。朝7時の到着でちょうどいいと思って乗ったら、まだ外は真っ暗な朝4
時くらいにバスを下されたこともありました。明るくなるまでバスターミナル
で過ごせればいいのですが、ミャンマーにはそれもありません。何もない路上
に下されるだけだったり、ターミナルといっても屋根もないただの広場でお店
も開店していなかったり…。

自分のバイクで旅しているとこんなことはありません。景色が見られない夜行
バスを使うこともないし、暗い時間に路上に放り出されることもありません。
自由に行動できるバイク旅に慣れてしまった私たちにとって、移動を他者に委
ねるしかないバックパッカー旅は不便なことこのうえありません。

また、「ツーリスト街道」(と私は呼んでいる)に乗らざるを得ない状況にな
ることも、どうにも気に入りません。

たとえば、バックパック旅では、宿(たいていガイドブックに載っている宿)
へ到着すると次の目的地を聞かれ、希望すればそこまでの長距離バスのチケッ
トを手配してくれます。料金をボッたくられるわけでもないし、出発のときも
宿で待っていればピックアップしてくれるので、乗り遅れることもなく、ある
意味ではとても便利ですが、その一方で同じ行程で旅する他の旅行者と常に一
緒という状況になりがちです。

数年前に訪れたラオスでもそうでしたが、現地の人々が観光旅行などしない国
では、観光地から観光地、宿から宿へ運んでくれる外国人ツーリスト専用のバ
スがしつらえられ、「ツーリスト街道」ができあがります。

それに乗ってしまうと、今度は現地の人と一緒になる機会がなく、個人旅行で
ありながらツアー状態になってしまいます。かといって、そこからはずれてロ
ーカルな手段で旅をするのは至難の業です。

個人的には、バスターミナルへ行って苦労して目的のバスを探し出し、人数が
集まるのを何時間も待ったり、ギュウギュウ詰め状態に耐えたりすることも旅
の醍醐味であると思うのですが…。

そういう点で、ミャンマーの旅では最初の鉄道の移動が一番つらかったけれど、
一番よかったのかなと思います。「古き良きミャンマー」を体験できたという
点でも鉄道の旅は正解でした。そういえば、外国人ツーリストはほとんど見か
けませんでした。

ミャンマーのバックパッカー旅、この後は北へ向かい、インレー湖、バガン、
マンダレーと続きます。

来週に続く。

※ホームページ「ぽこけん」のブログでも旅のレポートをしています。
画像や動画もありますのでぜひご覧ください!

●聖地ゴールデンロックへ1
http://c.bme.jp/35/3/1802/520416

●聖地ゴールデンロックへ2
http://c.bme.jp/35/3/1803/520416

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

週刊連載コラム、第90回はいかがでしたでしょうか。

聖地チャイテイヨーへ向かった滝野沢さん。なるべくローカルな人々と同じ移
動手段を選び、鉄道、ギュウギュウ詰めのピックアップ、参拝専用のトラック
の荷台を乗り継ぎ、たどり着いたチャイテイヨーでした。
ほとんどが最悪の乗り心地だったと思いますが、”ミャンマーのいま”が身を
持って実体験できたのではないでしょうか。また、このような経験が後々いい
思い出になるのだと思います。

来週も滝野沢さんのコラムをお楽しみに!

にほんブログ村 旅行ブログへ

「ぐるり東南アジア3カ国・タイカブツーリング」その8

▼ 滝野沢優子の「ぐるり東南アジア3カ国・タイカブツーリング」その8
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

2013年1月7日。格安航空会社最大手のエア・アジアでミャンマーへ出発すべく、
タイ北部のチェンマイから首都バンコクのドンムアン空港へ向かいます。

ドンムアン空港といえば、かつてはタイの空の玄関で、バックパッカーなら誰
もが一度は利用したことのある郷愁の空港です。あの頃のタイは、もっと混沌
としていて、猥雑で、無秩序で、汚くて…。でも、おもしろかったなぁ…。

その後、経済発展したタイは東南アジアをリードする存在になり、かなり先進
国側に近い位置にいると私は認識しています。

便利で快適な反面、刺激も少なくなってしまい、私の中ではバンコクは旅先と
いうよりも東南アジアの旅の拠点という感覚です。旅慣れてしまったから…、
という理由もあるけれど、なんだかさみしいです。

そんなタイの古き良き時代の象徴だったドンムアン空港。2006年にスワンナプ
ーム空港が開港してからはまったく利用する機会がなくなってしまい、どうな
っているのだろう…と思っていたら、エア・アジアを中心にいくつかの格安航
空会社の拠点空港として、けっこうな賑わいをみせていました。
519_21_38

▲ヤンゴン市内の路上で売られていたカレンダー、軍事政権時代には考えられないことだった

さて、これから訪れるミャンマーといえば、軍事政権によって何年も軟禁状態
であったアウンサン・スーチーさんが解放されたことが耳に新しいですが、そ
れはごく最近、2010年のことです。

その後、各国がビジネスチャンスを狙ってミャンマーに押し寄せ、観光客も激
増しています。アジアで今、もっとも注目されている国と言っても過言はない
でしょう。この調子だと、タイよりもずっと短期間で変わってしまいそうです。

バイクでの入国はまだできませんが、「古き良き時代のミャンマー」を体感す
べく、今回、無理して東南アジアツーリングの途中でミャンマー行きのバック
パッカー旅を組み込んだのです。

ミャンマーの旅は約2週間。

南部のヤンゴンから入り、聖地チャイテイヨー、風光明媚なインレー湖、最大
の見どころで仏教建築群のあるバガン、第2の都市・中部のマンダレーと、南
から北へ向かって観光ポイントを繋ぐ定番コース。何しろミャンマー初心者だ
し、バックパッカーなので、あまり寄り道はできません。

image_010_33_46▲エアアジアでミャンマーのヤンゴンへ

ヤンゴンへはバンコクからほんの1時間のフライト。満席のエア・アジアは、
アッという間にヤンゴン空港に到着しました。

東南アジアのハブ空港であるタイのスワンナプート空港と比べると、ヤンゴン
の空港は小さくて質素。街には光が少なく、広告もわずかで、すっきりした感
でした。社会主義国みたい!?(ミャンマーはどうでしたでしょう…?)
でも、それだけじゃなくて、なにかが足りない…。なんだろう?
そうだ! バイクがいない!

719_21_41▲首都ヤンゴンの中心部、タイの地方都市とくらべても圧倒的に暗い

タイではあれだけたくさんのスクーターが走っていたのに、ミャンマーに到着
したとたんに1台も走っていないのです!
自転車もごくごく少ないし、どうなっちゃってるのでしょう…?

ミャンマーではバイクを販売していないのか? そこまで遅れているのか? 
と思いましたが、ヤンゴン市内はバイクの乗り入れが禁止されているとのこと。
良かった…。地方へ行ったら、しっかりスクーターが走っていました。

そんなことで、ヤンゴン市内にはバイクは走っていないけれど、街は埃っぽい
し、あちこちで車のクラクションが鳴り響き、無秩序な状態です。こんな町中
に、タイのようにスクーターがドドッと押し寄せたとしたら、絶対に収集つか
なくなるので、市街地でのバイク走行を規制しているのかもしれません。
012_31_50▲路上の貸し電話屋さん
image_410_03_08▲男女ともロンジーという腰巻布姿が一般的

携帯電話はまだ普及してないようで、路上の電話屋さんも健在。噛みタバコの
屋台があちこちにあり、ロンジー姿(布をスカートのようにして巻いて履く民
族衣装)も多く、女性や子供は顔に「タナカ」という白い粉を頬に塗っていま
す。

近代的でおしゃれなバンコクと比べると、同じ時代の、すぐ隣の国とは思えま
せん。何十年か前の、私の知らない時代のタイにタイムスリップしたようです。

また、人々の顔つきもタイとは確実に違います。インド、バングラディシュに
接しているため、浅黒くて彫りの深いインド系の人々も多く、バングラディシ
ュに近い雰囲気ですが、人口密度も低くて人々もやさしく、のんびりした雰囲
気です。

中央アジアを旅したときにも感じましたが、陸路でアジアからヨーロッパへ旅
をすると、少しずつ人種も文化も変わっていく様子がよくわかり、おもしろい
のです。中央アジアでは、ウズベキスタンがそうでしたが、東南アジアでは、
ミャンマーがまさに分岐点のようです。

612_31_59▲ごちゃごちゃと無秩序なヤンゴンの裏通り

image_210_03_07
▲ホテルの屋上から見た町の様子

512_31_58▲路線バスの車内

image_010_03_02▲路上の屋台

image_510_03_08▲ヤンゴンのお寺

619_21_39

▲お寺の内部

ヤンゴンでの初めての夜は、路上の食堂で1杯60円の生ビールで乾杯!
お酒に関してはタイよりずっとオープンで、安食堂でもたいてい生ビールがあ
り、ビアホールもありました。お店では、地方から上京してきたのか、口減ら
しか、小学生から中学生くらいの子供たちが大勢働いていました。
このような光景も、もうタイではほとんど見られなくなりました。

初めての国ということもあって、なんだかワクワクしています。
ヤンゴンには2泊し、いよいよバックパッカー旅へ出発です。

来週に続く。

※ホームページ「ぽこけん」のブログでも旅のレポートをしています。
画像や動画もありますのでぜひご覧ください!

●ミャンマーの首都ヤンゴンへ飛んできました
http://c.bme.jp/35/3/1704/520416

●最新ヤンゴン事情
http://c.bme.jp/35/3/1705/520416

●聖地ゴールデンロックへ1
http://c.bme.jp/35/3/1706/520416

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

週刊連載コラム、第89回はいかがでしたでしょうか。

無事、ミャンマー南部のヤンゴンに到着した滝野沢さん。
空港から市内へ向かう時間が、最もワクワク・ドキドキする瞬間だと思います。
「街には光が少なく、広告もわずかで、すっきり」な感じと、「バイクが1台
も走っていない」光景に少し違和感を覚えつつ、「猥雑で、無秩序なところ」
に古き良き東南アジアの姿を体感したのではないでしょうか。
人種や文化の分岐点である「ミャンマー・バックパッカー旅」が楽しみです。

来週も滝野沢さんのコラムをお楽しみに!

にほんブログ村 旅行ブログへ

ミャンマー第2の都市マンダレー (2013年1月17日~20日)

609_38_35バガンからミャンマー第2の都市マンダレーへバスで向かう途中のドライブイン。メニューもない素朴な食堂でチキンカレーを頼むと、10種類以上もの副ゃらスープが付いてきました。ミャンマー式の食事はこのように副菜が並ぶと聞ていましたが、実際に出会ったのはこれが初めて。今まで、観光地や都会でミャンマーカレーを頼んでも、副菜をこれ程だしてくれる店には当たりませんでした。これで1500チャット(150円)と料金も安く大満足。

 

709_38_36ヤンゴン以来の大都会。交通量が多い割に信号も少なく、無秩序に車やバイクが走り回っています。イケメンの警官が交通整理していました。

209_38_29街全体を眺められる丘、マンダレーヒルへ登ってみました。丘全体がお寺になっていて、参道が頂上まで続いていました。頂上付近にいた猫です。

309_38_30マンダレーヒルを下りて、アマラプラという町のお寺でラム酒を持った陽気な神様発見。

 

409_38_32アマラプラには湖があり、木製の長いウー・ベイン橋というのが架かっています。ここの夕暮れの景色を見にミャンマー人も含め観光客がたくさん来ていました。

 

509_38_33ウー・ベイン橋を渡るお坊さん。夕暮れは素晴らしかったのですが、このあと真っ暗になってからマンダレーの街まで戻るのが一苦労でした。どの乗合トラックがマンダレーの私たちのホテルの近くまで行くのか分からず、薬局の英語の話せる人に、トラックを止めてもらい、何とか帰ってきました。

 

109_38_27翌日はイラワジ川を船で渡って対岸のミングォンへ行きました。

 

009_38_25

 

1009_38_42

ミングォンのお寺には大きな鐘がありました。

809_38_39

 

909_38_40ミングォンの犬たち、とてもかわいがられていましたよ。

マンダレーから飛行機でタイのバンコク経由でチェンマイまで飛び、バイクを置かせていただいているチェンダオナマズさん宅へ戻りました。再びツーリングを再開し、今度は国境を越えラオスへ向かいます。

 

 

 

にほんブログ村 旅行ブログへ

バガンの夕日はすばらしかった (2013年1月14~17日)

517_50_51かつて都だったバガンへやってきました。多くの古い遺跡や寺院が残っていることで有名ですが、中には現役の寺院もあります。ここにもダルマがいました。

617_50_53みやげ物のポストカード売りの少女。ミャンマーの人は明るく親切でしつこくないので買ってあげたくなります。残念ながら今の時代、ポストカードは外国人観光客にはあまり受けていないようでした。

117_50_45高台から見たバガンの夕日。小さなとんがり屋根がパヤー(寺院)の遺跡です。それらが360度無数に広がっています。この風景は何百年前と変わらないのでしょうね。

1017_50_59

 

717_50_55

バガン観光起点の町ニャンウーに戻って、セブンイレブンという名の雑貨店で「オキ」という洗剤を買いました。ジャパニーズテクノロジーの洗剤と書いてありました。

217_50_47翌日は数人でタクシーをシェアしてポッパ山というところへ出かけました。タクシーと聞かされていましたが、実際はトラックの荷台にのせられましたが。地面からニョキニョキと山が盛り上がったのが見えてきました。これがポッパ山です。ナッ信仰(土着の精霊のようなもの?)の聖地だそうです。

 

317_50_48このにらみを利かせた何々組の組長みたいな人の像がたくさんあってみな拝んでいました。実際酒を飲んだりタバコを吸っている姿の像もあり、ちょっと不良っぽい神様のようです。このおじさん神様の名前はボーミーガウンというそうです。あと、何度もでてきているダルマもたくさんありました。ダルマはピッタイントンというそうです。

417_50_49ポッパ山の参道にいた猫。カメラを向けると不思議そうにレンズをのぞいていました。

 

017_50_43滞在しているニャンウーの町からイラワジ川へ降りたところで見た夕日。今日の夕日もなかなかきれい。

 

917_50_57夕日を見た後、喉が渇いたのでビール問屋に入り隅のテーブルで飲ませてもらいました。旦那さんの作業着の胸にはなぜか「石井」の文字が、そのほか、ここで働く従業員には「八木」さんも。日本の作業着の中古がこんなところで活躍しているのですね。

 

 
にほんブログ村 旅行ブログへ

インレー湖で足で舵をとる漁師 (2013年1月12日~14日)

021_24_28バゴーから夜行バスでインレー湖へ来ました。バスが朝4時というとんでもない時間に到着、しかもターミナルなどなく路上に下ろされますが、ツーリスト目当てのタクシーが待ち構えているので、他の旅行者とシェアしてホテルの集まるニャンウーの町へ向かいました。写真は女の子のお坊さん。ミャンマーは尼僧さんが多いです。

 

221_24_31インレー湖には、足で舵を取りながら漁をする人たちがいます。

 

121_24_30宿で自転車を借りて、インレー湖畔をサイクリング。10キロほど先にある、カウンダイン温泉へ行ってきました。入浴料、外国人は8ドルと高くプールみたいですが、せっかくなので入ってみることに。無色無臭の温泉ですが、一応かけ流しでした。

007_32_25周辺ではまだまだ牛車が大活躍。

 

321_24_32ニャンウーのお寺でこんなものを発見。血だらけで目をむいてひっくり返った人が、カラスにつつかれているおぞましい姿。悪いことをすると地獄へ落ちるということをあらわしているのでしょうか。

 

107_32_26

 

207_32_27夜は伝統芸能の人形劇を見に行きました。なかなか見ごたえがありました。

 

 

 
にほんブログ村 旅行ブログへ

バゴーで生ビールと揚げだし豆腐 (2013年1月10~11日)

217_56_51バゴーの町にやってきました。クラクションが鳴り響き、ほこっりぽい町です。地元ではサイカーと呼ばれる自転車のサイドカータクシーも走っています。

 

521_10_45巨大な寝釈迦があります。家の大きさと比べてみてください。

 

421_10_44こちらは、さっきの寝釈迦よりは小さいですが、一番有名で装飾などの完成度も高いシュエターリャウン寝仏。男前でV6の岡田准一に似ていると思いませんか。

 

021_10_38次はトンネル状の寺院、シュエグーレーパヤーへ行きました。

 

121_10_39ちょっと古いですが、欽ちゃんの「良い子、悪い子、普通の子」みたいな坊さんの像がありました。

 

221_10_41あちらこちらで目にするダルマの像。いったい何なのでしょうか。ミャンマーはこれらの像を見て歩くのも楽しいです。

117_56_49バゴーの町のバーへ行ってみました。お客は地元の人ばかり。生ビールも飲めます。

 

017_56_48おつまみは、ガラスケースの中にあるものを指差せばOK。これは、揚げ豆腐の中にひき肉をはさんだものでした。おいしかったですよ。生ビールは600チャット(60円)、揚げ出し豆腐は30チャット(30円)。

 

にほんブログ村 旅行ブログへ

聖地ゴールデンロックへ ② (2013年1月10日)

118_23_21ゴールデンロックへは、政府のトラックの荷台に乗って行きます。許可がない一般車両ははいれません。ご覧のようなすし詰め状態で40分くらい、急坂急カーブの山道をのぼるのですが、ものすごくスリリングでした。

 

1912_32_18トラックの終点、ヤテタウンからは徒歩で45分、みやげ物やが並ぶ急坂の参道を歩きます。早朝から大勢の巡礼者が登っていきます。中にはお寺の境内にゴザを引いて寝泊りしている人もいるようです。

 

2112_32_22これが、ゴールデンロックです。落ちそうで落ちない不思議な大岩。一帯はチャイティーヨーと呼ばれる聖地で、山頂は広い公園になっています。

 

018_23_19

 

2012_32_20こんなバージョンも撮ってみました。金箔をはってお祈りする巡礼者たち。女性はここまで近づくことはできません。

2612_32_30

 

2512_32_28ゴールデンロック以外にも、岩の上に仏塔がたくさん立っていました。三輪明宏さんもいらっしゃいましたよ。

 

2712_32_31参道の猫。

2312_32_25

2812_32_33左はミャンマーで流行りのインド式弁当箱を持つ少年。右はミャンマーの美少女。

 

 

にほんブログ村 旅行ブログへ